本屋さんと私

 本を開けば広がる文字の世界。読み手はその文字を拾って、文字のあいだを泳いで、ときにつまづきながら読み進めていく・・・

 でも、その文字たちがどんな表情をしているか、意識をしてみたことはあるでしょうか?

『文字の食卓』正木香子(本の雑誌社)

温かい? 冷たい?
柔らかい? 堅い?
甘い? 辛い?

――そんなこと、なかなか考えませんよね。でも実は、文字にも"味"があるんです。

 今回お話いただいたのは、『文字の食卓』(本の雑誌社)、『本を読む人のための書体入門』(星海社新書)の著者、正木香子さん。「絶対音感」ならぬ「絶対文字感」の持ち主です。
 文字の専門家というわけではないけれど、文字に対する思いが人一倍強い正木さんは、いわば「文字の伝道師」。

 活版や写植の文字が減り、デジタルフォントが増えるなかでも、「もっと文字を味わう人が増えていったら幸せ」という正木さんに、滋味豊かな文字のお話をうかがいました。

(聞き手・構成:池畑索季・松重鮎子 写真:成田有沙)

第118回 美味しい文字が増えたら幸せだな

2014.06.18更新

その1その2もあわせてどうぞ


同名異フォント?

―― 本を選んだり、読んだりするときに、なにか気になるポイントはありますか?

正木そうですね・・・。いつも意識しているわけではないんですけど、でもまあ、やっぱり書体は気になりますね。すごく好きな書体を使っていたら思わず買ってしまいます。写植の書体が大好きなんですけど、今でも写植書体を使おうと思ったら、パソコンじゃなくて、版下っていう台紙に切った文字をぺたぺた貼って、まさに原本みたいなやつをつくって、それを印刷所に入れて・・・。

―― すごいアナログな世界ですよね。

正木そう、カッターと糊で、こう、貼ってですね。20年くらい前までみんなそれをやっていたわけなんですけど、今では少なくなってしまって。
でも、それをいまだに続けてる装丁家の方が何人かいらっしゃるんですよ。そういった方は、もうなんというか・・・ほんとに大好きで。本屋さんで新刊を見つけると、「ああ!」って思わず反応しちゃって。自分が好きな文章と好きな文字が一体になっているっていうのは、もう、すごく幸せ。生きる力が湧いてくるくらい幸せ(笑)。

―― 写植からデジタルフォントに変わってきている中で、逆にデジタルフォントの中で「このフォントいいな」と感じるようなものもあるんですか?

正木デジタルフォントでも好きな書体はたくさんありますし、それぞれに良さがあると思います。まったく同じ名前で、活字も、写植も、デジタルもあるっていうものもなかにはあるんですけど、私からしてみると、もう全部読み心地が違う。だから、ほとんど違う書体みたいな感じなんだけど、名前が一緒なのでどんどんデジタルフォントが増えていって、写植や活字はなくなっていっちゃう、というようなこともあって。
「読み心地が違うんだから、どっちも残しておいてくれよ」って思ったりはしますね。


文字って実は、そんなに鮮明じゃなくてもいいのかもしれない

―― 活字とか写植のものは、やっぱりデジタルでは再現できないものなのでしょうか?

正木技術的に再現できないのかどうかはよくわからないんですけど、でもやっぱり、デジタルのフォントは鮮明というか、図形のデータとして完成されているんですよね。

―― 粗がない・・・?

正木パソコンの画面上でどれだけでも大きくできるし小さくもできるっていう。でも、活字は、必ずひとつの大きさでしかあり得ないし、写植も、写真の原理なので、やっぱり無限に拡大できないとか、あるんですよね。ちょっと輪郭がやさしいというか・・・。それが、デジタルとそうじゃないものとの違いなのかな。文字って実は、そんなに鮮明じゃなくてもいいのかもしれないなって思うときはありますね。


読書遍歴=読"書体"遍歴

―― タイポグラフィのような専門的な角度からではなく、あくまで「読み手にとっての書体」という視点に正木さんならではの面白さがあると思うのですが、その点については何か思い入れなどあるのでしょうか?

正木そうですね。そもそも書体を批評するつもりはなくて、あくまでも、「書体見本帳をつくろう」っていうのがコンセプトだったんです。でもその結果、最後まで書いてみると、読書遍歴になってたんですよ(笑)。

―― たしかに、どんなときに、どんなものを読んでいたのか、読書経歴のようなものがよく表れていますよね。

正木そうなんですよ。私にとっての「読書遍歴」っていうのが、イコール「読"書体"遍歴」だったということに書きながら気づいていって。それは、自分が読者として文字をいかに受け取っていたかっていう歴史で、一番大事なことなんじゃないかなって。

―― 文字をどう受け止めたか・・・

正木「これが好き」って言うために書体の名前は必要だったんだけど、でもそれ以上に必要だったのは、その文字の印象を自分がどう受け止めて、自分のなかでどう消化していったかっていうことのほう。そういった目線で文字や書体について書いたものはないだろうと思ったので・・・。

―― その意味では、僕も含めて世の中の人全員、本当はそれぞれの書体遍歴を持っているはずですよね。

正木持っているはずです。潜在的な「文字っ子」さんは、たぶん日本中にいっぱいいて、自分にそれに気づいていないだけ。だから文字に対して自覚的に味わう人が増えて、それで、すごい美味しい文字がどんどん増えていったら幸せだなぁって。私がしているのは、そういうプロジェクトです(笑)。

―― ありがとうございました。


*** *** ***

《イベントのお知らせ》

 8月30日に、朝日カルチャーセンター新宿教室で「読書好きのための書体の味わい方」という講座を開かれるそうです。

―― どんなイベントなんですか?

正木普段は意識しなくても、書体によって本との出会い方が変わったり、本の読み方が変わったり、つくり手の思いがこんなふうに解釈ができるのか、とか、書体から読み取れることってけっこうあると思うんです。そうやって本を読むのが私は楽しいので、読書の楽しみを通じて、「味のある」文字ってなんだろうということを考えてみたいんです。

―― ソムリエ的な感じですよね、文字のソムリエ。

正木それはちょっと大げさなんですけど、文学からマンガまで、いろんな本をとりあげながら珠玉の美味しい文字をご紹介したいと思っています。

―― 面白そう・・・。

正木そういった活動も、予定をしております(笑)。


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正木香子(まさき・きょうこ)

1981年生まれ、福岡県出身。早稲田大学第一文学部卒業。幼いころから活字や写植の文字に魅せられ、絶対音感ならぬ「絶対文字感」を養う。 2011年にウェブサイト『文字の食卓|世界にひとつだけの書体見本帳』を開設。「書体の滋味豊かな味わい」をテーマに連載した文字と言葉を めぐる読書エッセイが今までにない読者目線の書体批評として話題となり、「文字の食卓展」を開催する。文字を食して言葉を味わう「文字食」 日々実践をモットーに、エッセイ・コラム・ルポルタージュなどの執筆を行う。
著書に『文字の食卓』(本の雑誌社)『本を読む人のための書体入門』(星海社新書)。

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