本屋さんと私

『西加奈子と地元の本屋』(140B)

 2014年6月、『西加奈子と地元の本屋』という本が発売になりました。代表の三島をはじめ、西加奈子ファンの多いミシマ社メンバー。「西加奈子さんの特集本が出るらしい」と聞いて以降ずっとソワソワしていたのですが、発刊元がミシマ社とも縁の深い大阪の出版社「140B」だと知り、「ええっ、これはほっとかれへん!」と大暴走。編集部に突撃取材をおこなったり、西加奈子さん原作の映画『円卓 こっこ、ひと夏のイマジン』の試写会に突入したりしているうちに、大阪の本屋さんと出版社が一緒につくったこの本の魅力に、どんどん取り憑かれてしまったのでした。

 そしてなんとこの本の発刊記念として、2014年8月3日、西加奈子さんと弊社代表・三島邦弘のトークイベントが開催されました。ああ、好きなあまりの大暴走って、してみるものなんですね・・・! と大感動(マネはしないでください)。
 大阪の本屋さん・ダイハン書房の山ノ上純さんを進行役に、本の話や本屋の話、はたまたプロレスの話まで!? 縦横無尽に進んだ爆笑対談を、全3回でお届けします。
 いやあ、西加奈子さん、ほんまに最高! もっと大好きになりました。

(構成・写真:新居未希、構成補助:市道野愛)

第122回 「場所をとる」からこそ残るもの

2014.08.27更新

「場所をとる」ことが大切です

三島ほんとうに買い方って重要だと思っています。ミシマ社の本もAmazonのようなネット書店でも購入できますが、個人としてはやっぱりネットではもう買わないって決めていて。決めてるんですけど、そうするとどんどん買う本がたまっていきますね。

―― 買わずに置いてる、っていうことですよね。

三島そうなんです、手帳とかに書いておいて、しばらくしたら近くの本屋さんに取り置きしてもらったりして。

―― やっぱり欲しいときに欲しい! っていう勢いというか、勢いのまますぐにボタンをクリックして購入できるのは、ネットならではですね。

三島でもやっぱり本屋さんで買うよろこびってかけがえがないんですよ。なんか、ガーン! とくるものがある。

西「野生時代」で窪美澄さんと対談させてもらったときに、「引っ越しのときに本を持って行ってもらえるかどうか」ってすごい思うよねって話をしてたんです。電子書籍ならそういうとき、楽は楽なんですよね、きっと。

三島そうですね。

西でも私は、音楽もいまだにレコードとかCDだし、それと本が家にはたくさんあって。物理的に場所をとるんですよね。でも、その「場所をとる」っていう感覚が実はすごく大切で、本屋さんって街の場所をとる最たるものというか。この感覚ってすごい言葉にするのは難しいんですけど、場所をとることとか、持つこと、重さを感じること、そういうのって残っていく気もするし。

三島うん、うん。

西もちろん、言葉ってネット上にあろうが言葉は言葉なんだけど、紙になる、質量を持つってすごい大切で。それがアナログの強さかな、それは街の本屋さんも一緒かなって。そこにある、ひとがいるって実はすごく大切なんじゃないかと思うんです。

三島はい。それはすごく思いますね。


自分の自分性からは逃れられない

三島いま、出版社はほとんど東京にありますよね。谷崎純一郎の本に「私の見た大阪及び大阪人」っていうエッセイがあって、この中に関東大震災の後関西に引っ越してきた頃「それにつけてもすべての作家が京都を捨てて東京を志すのは大きく言えば日本文学の損失であると考えられる」と書いてあるんですね。

西うん、うん。

三島僕は京都に来てからこの文章に出会ったんですけれども、自分のなかでなかなか放っておけないものがありました。作家の方が東京に行かなきゃいけないっていうのは、結局こっちに出版社がないことへの裏返しでもあるのかな、と思っていた部分があったので。

西私は、26歳で東京に出ました。もちろん出版社が東京にあったからというのもあるんですけど、大阪に小学校5年生からずっと住んでたから、友だちも家族もいるし、街もある程度どこにいったら誰に会えるかわかるっていう状態やったんです。だから、それを捨ててひとりになる、という感じでした。なんで東京かって言うと、やっぱりなんかセンチメンタルなんでしょうね。居心地のいい場所で一人になるんじゃなくて、都会で一人になる。さみしいんです。人がいればいるだけ自分の個性がなくなっていくし、神経も磨り減る。私はそれを求めてたんやと思います。

三島すごくよくわかります。自分も東京に出た頃、同じような思いをしました。

西今はメールで原稿を送れるし、海外で暮らしていらっしゃる作家さんもいる。実際にそれが可能なんですよね。それでも東京にいる意味って、そのヒリヒリ感を感じたいから、というのはあるのかもしれない。けど、作風によっては北海道にいたほうがいい方もいる。

三島土地の影響ってどうしてもありますよね。

西すごいあります。この答えセコいんやけど、やっぱり人によるというか。たとえば金原ひとみさんが、あの作風でニュージーランドで書けるのかとか。それを見たい、読みたいっていうことももちろんあるんですけど(笑)。私は、「大阪の作家やから大阪で書いたらいいやん」じゃなくて、「どこでも書いたらいいやん」っていうふうになればいいなあと思っていて。

三島うんうん。

西でも逆に、どこに行ったとしても自分の自分性からは逃れられないとも思ってるんです。変な話なんですけど、全部私の網膜からしか見られないって言うのがすごく窮屈なときがあって。でもそれに感動するときもあるし、「どこに行っても私は私なんや」っていうのを書きたいなって。

三島なるほど、なるほど。どこの場所にいても、自分性・土地性から完全に抜け出ることはできないわけですね。

西私は大阪が長かったんで、どこに行っても「カッコつけると自分が恥ずい」みたいな感覚があるんです。それってすごい大阪やな〜と思う(笑)。でもそれが、大阪やな~っていうことも嬉しいんやけど、もっともっと粒のほうまで行って、「これは自分やな」って思えるようになりたいというか。自分性から逃れられないのであれば、まず一旦全部受け止めたいっていうのはあります。


嘘書いて、悩んで、苦しむ

三島西さんはプロットを書かずに作品を書いてらっしゃるんですよね? それってほんとうに、体力がすごい必要ですよね。

西作家でマラソンや筋トレしてる人って多いんですよ。やっぱ健康じゃないとできない。私たちがやっていることって身体からすごく離れてるようやけど、実はすごい密接なんやってのは、最近すごい思います。

三島西さんがやってらっしゃることって、すごく身体的ですよね。プロットなしで書ききるっていうのは、その世界をまず肉体から一歩も逃さずすべて受け止めるっていうのを、完成する瞬間までずっとやってらっしゃるということだと思うんです。

西どんな仕事でもそうやと思うんですけど、今なんかとくにね、仕事を選んだりできないですよね。私たちなんかは好きなことをして、それが仕事になっているけど、「好きなことをする」ってすごい恵まれてることじゃないですか。だから最初はやりたい、楽しい、好きって思ってるけど、だんだん技術みたいなんが身について、うまいこと回せるようになって。

三島うんうん。

西デビューしてからすぐのころに、飲み会にめっちゃ腹立つ人がおって、ちょっとキレて帰ったことがあって。そんときに友だちが「あんた作家になったんやから、もう大人になりなさい。そういう人もおんねんから」って。でもその感じが、すごい嫌やったんです。「そんな人もおる」っていう言葉でどんだけの人を無罪にしてきたか、その言葉でそいつの暴虐を許したくないというか。でも、そう思ってたのにやっぱり今は腹立つことあっても「もうええわ」ってなってるんですよね。自分が言うことちゃう、他の人が言ってほしいなーって。

三島ああ~。

西そういうたびに昔の自分に嘘ついてるみたいですっごい恥ずかしいし、自分の気持ちに素直になりたいんですけど、なかなかそうはならない。だんだんできひんことは増えてるかもしれないです。初期の、スパークする感じはなくなっているのかも。作品に関して言っても。

三島でも、それも作品に向いていってるということなんだと思います。

西あとはね、親を人質にとられて「書け!」って言われてるわけじゃないのでね(笑)。好きでやってることやから、絶対それは忘れたらあかんなって思います。

三島あはは(笑)。

西たまにね、自分で小説書いてても、やっぱり書けなかったり苦しくてむっちゃ悩んだりするんですけど、そういう自分をちょっと笑ってまうというか。「これ、嘘やん!」って思うんですよね。嘘書いて、悩んで、何してんねんみたいな(笑)。たまにもう一人の自分がめっちゃ笑ろてるっていうときはあります。

三島人質にとられてるわけじゃないって言われたらほんとそうですね。

西いや、ほんとそう(笑)。ただね、苦しいことは絶対あるんですよね、仕事なんて苦しいことが9割で。ただ、その1割楽しいことがたまらない。


    

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西加奈子(にし・かなこ)

1977年イラン・テヘラン生まれ。エジプト・カイロと大阪で育つ。2004年『あおい』でデビュー。07年『通天閣』で織田作之助賞、13年『ふくわらい』で河合隼雄物語賞を受賞。著書に『さくら』『きいろいゾウ』『きりこについて』『炎上する君』『円卓』『漁港の肉子ちゃん』『舞台』など多数。

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