本屋さんと私

『きみは赤ちゃん』川上未映子(文藝春秋)

 「ほんとうに、すっっっばらしいエッセイなんです!!!」
 ある日オフィスに、編集部・アライの興奮の声がこだましていました。その勢いで自社本と同じかそれ以上の勢いでいろんな人に推しまくり、気がつけばミシマ社メンバー全員が読んでいたエッセイが、川上未映子さんの『きみは赤ちゃん』です。

 ご自身が経験された妊娠・出産・子育てに関して書かれているのですが、笑いも涙も苦しみも痛みもぐるっと書きつつ、重苦しくなく、こんな本ほかにはない! 女性はもちろん、男性にもぜひ読んでほしい! とわーわー言うておりましたら、なんと著者である川上未映子さんにお会いできることに!
 1児の父・ミシマと、未婚の女子・アライが、お話をうかがってきました。

(聞き手:三島邦弘・新居未希、構成・写真:新居未希、構成補助:東海林未歩)

第125回 赤ん坊のすべてが、自分の身体と繋がっている

2014.09.26更新

命が自分の能力とイコール

―― あとやっぱり、発育の違いとかをすごい気にしてしまって「普段は既成観念を揺さぶるのが仕事なのに」と書いてらっしゃるのがすごい響きました(笑)。

川上そうそう(笑)。「まあスマートねえ、7カ月?」とか言われて、「9カ月やのに......ちっちゃいねや」とか思ってしまうんですよね。それで、男性である夫はまた「気にするな」「個性だよ」って言うんですよ。そんなんわかってるねん。そんなん個人差があるとか、そんなペラい情報は、ペラい励ましはすでに持ってるっちゅうねん、私に何言うてくれてんの、みたいな気持ちになるわけですよ。

―― (笑)。

川上そうじゃなくて、生んだ直後の1カ月間のときの母親の追い込まれ方って、半端ないんです。「この1カ月は黄だんを見逃すな」とかね、ここ1カ月がこの生命が維持できるかどうかの勝負だから、常によく見て何かあったらすぐに教えてください、とか言われるわけ。熱とか、室温管理とか、うんちの色とかさ、吐き戻しの有無とかさ、もうすごいすっごい追い込まれんの。そのときに、「体重が増えなかったら母乳の出や質が悪いのか」とか、赤ん坊の命が、自分の能力とイコールなわけですよ。

―― うんうん。

川上おなかにいるときから、ずっと続いてるわけですよね。赤ん坊のすべてが全部自分の身体と繋がってる。生まれてからもそう。「体重が増えていない」とか言われると、自分のせいだと思ってしまう。だからこの子のちっちゃいことが悪いとかじゃなくて、「できたはずのことを自分はできてなかったんじゃないか」ってことで、すごい追い込まれんの。だから個性とかそういうものじゃないのよね。やっぱりどう考えても刷り込まれちゃうのよね。男性は身体で繋がったことがないから、「すくすくみんなのペースで育てよ」みたいな感じですよね。やっぱり父親は社会的存在なんです。そこ、すごい感じる。


言葉をどう伝えるか

川上乳幼児って、なんていうのかな、自分の責任が具現化してる感じなんです。
 グラフとかすっごい見てた。そうじゃない人もいるけど、私なんかはそうだった。よくまあ、あんなに目も霞んでるのに、何時間何分寝たかとか片乳8分50秒とか書いてたりしてた。3カ月のとき、そのことで号泣したもんなあ。生きてた、私たちまだ生きてる、みたいな感じだった。

―― 軽く「気にするなよ」って言えないですね。

川上でもね、「気にするなよ」って言われて「そっか」って思える人もいると思うのね。
 でも、同じところまで来てくれて「そうか、そうだよね、悩むよね。でも、できるだけくよくよせずにやってみようよ」って言ってくれるのと、「なに、そんなこと考えてもしょうがないじゃん」というのはまったく違うじゃん。だからやっぱり、言葉って大事ですよね。それをどういう感じで伝えるか、っていうのが。

―― たしかに。言ってる中身が一緒でも、角度によって全然違いますよね。

川上うん。全然違うと思う。


『きみは赤ちゃん』は一大プロジェクト!

―― 以前読んだ川上さんのエッセイを読み返してみると、「あれ...これってもしかして、2時間しか寝れへんときに書いてる?」「わ、これも」「これもや!」というのがたくさんで、すごくびっくりしました。

川上そうなんです、産休をとらなかったから、ずっと仕事してた。霞み目で目が見えにくいし、机に向かう時間がないから、赤ん坊抱っこしながらずっと頭の中で作文して、こうかこうかって頭の中でまず文章を作るんです。何回も何回も文章を考えたら、大体それを暗記できる。それをパソコンにむかって20分で書く、みたいな感じでしたね。

―― 出産前は、産んでからも休みはとらずにずっと仕事しようっていうふうに思われてたんですか?

川上うん、さすがに1カ月間は何があるかわからへんから、1カ月分は前倒しで入稿して。この本は原稿用紙500枚弱あるんですけど、これとは別に、1年間の日記つけてて。食べたものとか、作業記録とか、あべが何言ったかとか全部。

―― (笑)。

川上どこに行った、何時に起きた、三食のメニューとか、全部書いてるんですよね。それだけで、300枚......もっとあるかなあ、だから『きみは赤ちゃん』プロジェクトでは、気づけばぜんぶで1000枚くらい書いてて。自分の中では一大プロジェクト感がありました。

―― 克明にこれだけ記憶を描写されてるのがほんとうにすごいです。なかなかこんなふうに、この距離感で知れないです。振り返ることで、川上さん自身が変わられたというか、よかったことはありますか?

川上記録という形では、書き留めるというレベルのものも含めて、毎日その都度iPhoneなんかに、夜中充電しながら書いているんだけど、でも今回は人に読んでもらうという体裁で一から書くわけなので、理解が深まっていった気がする......。そのとき何が本当に問題だったのかとか、一塊として思ってたけどこの内容はこうやってんなとか。おなじひとつのことにたいしても、何回も書く、考えることによって、やっぱり発見があるんですね。


   

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

川上未映子(かわかみ・みえこ)

1976年大阪府生まれ。2007年、初めての中編小説「わたくし率 イン 歯ー、または世界」が第137回芥川賞候補となる。同年、早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞を受賞。2008年、「乳と卵」が第138回芥川賞を受賞。2009年、詩集『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で中原中也賞を受賞。同年、長編小説『ヘヴン』を発表し、2010年、芸術選奨文部科学大臣新人賞、紫式部文学賞を受賞。2013年、詩集『水瓶』で高見順賞、短編集『愛の夢とか』で谷崎潤一郎賞を受賞。他の主な著書に『すべて真夜中の恋人たち』など。2011年に作家の阿部和重氏と結婚、12年に男児を出産した。

バックナンバー