本屋さんと私


 現代社会は、ファストフードやコンビニ食、イタリアンに中華料理、言い出したらきりがないくらいたくさんの食べ物に溢れていて、なにかを食べたいと思えばすぐに手に入れることができます。
 食べることがすき。料理をすることがすき。そんな人は、きっとたくさんいるだろうなあ。

『ナチスのキッチン』藤原辰史(水声社)

 けれどたとえば、今日食べたサラダのなかに入っていたトマトは、たくさんの農薬がふりかけられてできています。そしてその農薬は、近代化されたハイテクな機械でまかれていて、そしてその農薬を使うことによって、農家のおじさんが......。そんなふうに、毎日わたしたちが必ず手にしている「食べ物」のすがたの後ろ側を、想像したり、考えたことはあるでしょうか?
 すべての食べ物には、歴史があります。そしてそれをめぐる政治があり、思想がある。
 そんな当たり前のようでそうではない、普段はまったく考えも及ばないことに気がつけたことは、とても衝撃的でした。

 そんな驚きをたくさん与えてくれたのが、『ナチスのキッチン』や『食べること考えること』の著者であり、京都大学人文科学研究所の准教授である、藤原辰史さんです。ずっと聞きたかったあんな話やこんな話、そして本屋さんの話を、たくさん伺ってきました。

(構成:太田明日香・新居未希、写真:新居未希)

第131回 共食だけではなくて、共考しないとだめだ

2014.11.11更新

食べることを「共考」する

―― あの、先生の本を読んで、すべてが驚きだったんですね。こんなにも食べることは好きなのに、自分が何も知らなかったということが、すごくわかった。たとえば、鶏肉が国産でもそのエサが輸入品だと、輸入がストップしたら鶏肉が自給できなくなるとか、有機野菜にいいイメージがあったけど、ナチスも有機野菜を推していたとか。

藤原そうやって気づいていただけたのはとてもうれしいです。でもそれは、僕も知らなかったことなんですよね。僕は、2歳から大学に入学する18歳までは、島根に住んでいたんですね。父親が農業試験場に勤めていて、実家も農家で、農業が身近にあった環境で育ちました。にも関わらず、うちの牛舎で買っている牛がどこのエサを食べているか、まったく知らなかったんだよね。
 僕は、自分が書く本は啓蒙書ではなくて、共に考える「共考」ということをテーマにしています。共に食べるという意味の「共食」という言葉がありますが、僕は共食だけではなくて、共考しないとだめだと思っているんです。もちろん、「弧考」も決して欠いてはいけませんが。『ナチスのキッチン』も、歴史的事実を読者のみなさんに提示して、歴史の中でどんなふうに食べ物が作られてきたのかについて、お互いに気づいていくきっかけになれればと思って書きました。

―― あと、トラクターや農薬にも歴史があって、今当たり前にある技術が、時代を遡ると、世界を変えるものだったというのが垣間見られて、おもしろかったです。農業というと、伝統的で変わらないものというイメージがあったのですが、自然に見える風景も、高い技術の積み重ねなんですよね。

『稲の大東亜共栄圏』藤原辰史(吉川弘文館)

藤原農村の水田風景を見ているとのどかに見えるけど、土には化学肥料が播かれ、稲穂には農薬がついているし、農薬はとてもバイオケミカルなものだし、稲の実のひとつひとつの細胞には品種改良などの技術が使われています。『稲の大東亜共栄圏』でも書きましたが、作物、昔は交配させて品種を固定させてきたけど、今は直接遺伝子をいじって作れる。20世紀始めからの日本の育種技術の結晶なんですね。

―― うんうん。

藤原水田に水を張るための水路を作るには、ものすごく高度な水利技術が使われていたりします。しかも今は田んぼの区画整理が行われていて、昔は小さな田んぼがたくさんあったのを、ブルドーザーで整備してまっすぐに平に工事している。そこには、新宿の摩天楼と変わらないくらいの技術が投じられているわけですよ。
 さらにすごいのは農業機械です。稲作には、主に、トラクター、田植機、コンバイン、乾燥機の4つの機械が必要です。そのひとつひとつの機械に恐ろしく高度な技術が使われている。さらに機械が導入されることで、栽培方法や文化も変わります。たとえば、コンバインは藁の茎を切って田んぼに戻すので、藁を使う技術が廃れていったりします。

―― 脱サラして農業とか、田舎でほっこりとかいうイメージがあるけれど、全然違いますね。

藤原僕も偉そうに書いているけど、そういうことに気づいたのは、実家を離れてからですね。農業はすごく機械的で画一化されていて、外国からの輸入にさらされているけど、それでもおもしろいし魅力的な産業、産業というよりかは、行為だと思うんですよね。
 『食べること考えること』で「農業や漁業という仕事は、イチローよりも体を使い、アインシュタインよりも頭を使う、難しいけどやりがいのある仕事」(p.83)と書いたのは、そういう思いがあったからなんです。農業もIT産業の人たちと同じくらい技術を使っているっていうのは、読者に忘れないでほしい、というよりは自分に向けて言っている節もあります。



農業を一つの文化として捉えたい

―― 先生は、どうして農業史や食べ物の研究をされるようになったのでしょうか。

藤原ある種の罪滅ぼしですね。自分がいちばん農業の近くにいるときには、部活動や受験勉強をしてたんですよ。農業の辛さとか大切さとかにまったく気づいてないで、その恵みだけを享受していたけれど、離れてみてようやく農業がどれだけ社会システムや、化学システムの中に組み込まれているかということと、自分が研究して本を書くことよりも何倍も素晴らしいことをやっているのかに気づいた。しかし、気づいたときにはもう遅いということで、僕に残されたのは文章を書くことしかなくなっていたのです。

―― 文系で農業のほうにいったのは、どうしてですか?

藤原文系で農業をやるのは、そんなにまれじゃないんです。僕は農学部の出身ではなくて、総合人間学部という学部の出身なんですが、農学部には文系の農業経済学という分野があるんです。そこでは、社会科学的な手法を使って、調査したり、統計をとったり、歴史を調べたりします。
 ただ僕は、農学部じゃなくて、歴史研究から入りました。そういう方法を選んだ理由の一つは、今まで農業を文化的に捉える視点がすごく弱かったからです。僕は農業を経済ではなくて、一つの文化として捉えたかった。そうすると意外と研究している人がいなくて驚きました。ひょっとすると、文化なんていうと、戦時中に流行った「農本主義」に近くなる、という恐れが潜在的にあるのかもしれませんね。

―― 「農本主義」......?

藤原農本主義というのは、「農は国のもとなり」という考え方のことです。これは国家思想と結びついて、国家の源は農だ、農の源は天皇だ、だから天皇の下に一致団結して戦争していこうというふうに利用されていきました。
 だから、農業を文化的に考えることは一種のタブーとなっていて、みんなあまりやらないんです。僕はそれとは違う、農業の思想や文化そのものに迫っていきたいという思いがあって、こういう研究をしています。もちろん、そのためには事実をきちんと知らないとだめなんですよね。トラクターにも農作業にもそれぞれ経歴があって、それを知ることによって深く理解できるわけですから。


台所の中に一つの性しかないという不自然な状況

―― 『食べること考えること』のなかで、「キッチンの中に一つの性しかないのはもったいない」というようなことが書いてあったのに、すごく共感しました。料理人には男性のほうが多いのに、なんで台所には主婦なんだろう。女の人じゃないと台所に立てないわけじゃないのに、どうしてだろうと、ずっと不思議に思ってたんです。

藤原 そういうところに目をつけていただいて、とても嬉しいです。最近では料理をする男性も増えてきて、台所に女性しかいないという状況は少しずつ変わっていますね。台所をいろんな性に開放する方法として、いろんなところに台所を持つという方法もあります。たとえば、隣近所に住んでいる友だちとキッチンを共有して、お互いに当番を決めて作り合ってみる。すると、家族から離れて食べる場所を確保できるようになる。そういうふうに、レストラン以外の場所でいろんなところに食べる場所を確保できるようになると、必ずしも女の人がキッチンに立つ必要がなくなってくる。

―― そういえば『ナチスのキッチン』にも、失敗したけど、1900年初頭にドイツで共同キッチンが作られたという話が載っていましたね。

藤原共同キッチンはハードルが高いので、台所と食卓をたまに外に開放したり、別のところに台所を作ったりするといいと思うんですよ。家族という枠で考えると、女性に対する役割圧がものすごく高い。

―― 役割圧、ですか。

藤原しっかりごはんを食べて子どもを生んでくださいとか、毎日違うごはんを作ってくださいとか、しかもそれがほかほかじゃないとだめとか、そういうことをあらわす僕の造語です。共働きになった場合はさらに、「子どもを独りで食べさせるなんて」というふうに女性に批判が向く。でもそれは非常に不条理だと思うんです。どうしてお父さんやお父さんを雇っている会社に向かないのか。
 家庭内で男女で分担するということでもいいんだけど、そうするとどっちが作るとか、この味じゃないと嫌だとか、煮詰まってきてしまう。そうじゃなくて、いろんな人がいろんな場所にある台所を使えるようになると、台所の中に一つの性しかいないという極めて不自然なことが、解消されていくと思うんです。誰もが子どもはここで食べてたら安心じゃないのというような場所があれば、どんなにいいか。たとえば、近所に世話焼きおばちゃんがいたら......なんて(笑)。

―― 世話焼きおばちゃん、最高ですね! 私は、三食真面目に作っていた時期は、毎日ごはんのことしか考えられなくなってしまって、すごく辛くなりました。

藤原そうでしょう。食事というのは、食べ終わったら次は何にするっていうふうに、ずっと考えなきゃいけない。でも、外食にしちゃうとお金がかかる。だから大変なんですよね。
 それを外食じゃなくて、世話焼きおじさんとか世話焼きおばさんとかいれば、ちょっと気が抜けるでしょう。子どもをそこに預かってもらったりできればいいんだけど、そんなことが起これば、現代社会の礎である家族制度が面白く変化すると思うんですよ。ただ、そんなに遠い未来じゃないと思いませんか? 専業主婦は出口がないからこそ、家族から離れて食べ物を確保できる場が大事じゃないかと思いますね。


食べることは楽しいこと

―― 先日、作家の川上未映子さんにお話を伺ったときに、川上さんが「そうじや洗濯といった家事とごはんの献立を考えるのは別物」だということをおっしゃっていました。それを聞いて本当にそうだなって思いました。

藤原おっしゃる通りです。だから逆に言うと、食べ物を作るのは楽しいはずなんです。掃除とか洗濯はルーティーンでこなせるけど、料理はとてもスリリングです。凝ろうと思えば一日中台所に立っていられる。そこがおもしろいところだと思っていて、だったら、その喜びを分かち合えるといいですよね。
 三食作るのが辛くなるというのは、逆に言うと楽しさが感じられなくなるからだと思うんです。しかもそれを、家族への愛情という言葉でコーティングされてしまう。そういうコーティングされる前の段階で、もうちょっと休憩時間を増やすとか、別の人が、あるいは別の人と一緒に作るとかすればいいんですよね。

――  『ナチスのキッチン』のあとがきにも「みんなで一緒に作って、食べて、片づけることは、実に楽しく、美しい」とあって(p.426)、それを忘れちゃだめだなって思いました。

藤原本当ですよ。今は食べることがルーティーンワークにさせられていて、食べることが楽しいということを忘れさせるんです。本当は、いろんな人が交わる場所で作ったり食べたりすればいいわけで、作る人が一定である必要はない。もっと時間がかかってめんどうくさいことに時間を費やすような世の中になればいいと思っています。僕もほとんどワーカホリックなので、暇さえあれば勉強しちゃうのでよくないけど、暇さえあれば、食事だけじゃなく、いろんなことができるはずだと思うんですよね。


    

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藤原辰史(ふじはら・たつし)

1976年北海道生まれ、島根県育ち。京都大学人文科学研究所准教授。専攻は農業思想史、農業技術史。著書に『稲の大東亜共栄圏』(吉川弘文館)、『カブラの冬』(人文書院)、『ナチスのキッチン』(水声社)、『食べること考えること』(共和国)などがある。

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