本屋さんと私

『手紙にそえる季節の言葉365日』山下景子(朝日新聞出版)

 

 日々働いていると、たとえば著者さんにお手紙を書いたり、なにかを送るときに一筆添えたり、なにかしら「書く」ことが多いです。これは出版社特有のことかもしれませんが、手紙は書かずとも、働く人はみな、メールは毎日打っているはず。
 けれどそんなメールの文面も、「お世話になります」「お身体ご自愛ください」の繰り返しだったり......添える一言、ほかに何かないのか!と思わず自分にツッコミを入れたくなってしまうボキャブラリーのなさに嘆いていたところ、一冊の本に出会いました。
 『美人の日本語』(幻冬舎)、『二十四節気と七十二候の季節手帖』(成美堂出版)など、美しい日本語にまつわるご著書を多く出されている山下景子さんの最新刊『手紙にそえる季節の言葉365日』(朝日新聞出版)です。手紙やメールに添えるのにちょうどいい季節の言葉が、例文とともに1年365日分紹介されているこの本。こんな本を待っていた...!と感動するとともに、ああ、日本語ってこんなに美しいんだと、改めてその楽しさを教えてくれる一冊なんです(PC横の必須本!)。
 今回の「本屋さんと私」では、著者である山下景子さんにインタビュー。本の話、日本語の話、たくさん伺ってきました。

(聞き手:新居未希、友成響子、構成:友成響子、写真:新居未希)

第142回 心に言葉を思い浮かべるだけで(山下景子さん編)

2015.04.27更新

言葉ひとつで心が通い合う

―― 『手紙にそえる季節の言葉365日』、実は毎日いちどは開いて活用しています。仕事上のメールでも、用件を伝えるだけではなくて、もっと気の利いたひと言をつけ加えたいと思うことも多く、そんなときにすごく使わせていただいています。

山下ありがとうございます。いまの時代、手紙よりも圧倒的にメールを使う機会が多いですよね。この本で紹介している言葉も、手紙だけでなくメールにも活かしてもらえたらと思っているんです。ビジネス上のメールでも、用件だけだとやっぱり味気ない。ひと言でも「本当にそうだな」「ああ、それそれ」というような言葉が入っているだけで、心が通い合ったような気持ちになりますよね。

―― いわゆるマナー本や手紙の例文集などは、かしこまり過ぎて実際に真似するのが難しい言い回しも多いですが、ここにある例文は、表現がやわらかくて、参考にしやすいです。この本はどういう経緯で出されたのですか?

山下2013年に出た『二十四節気と七十二候の季節手帖』という本で、二十四節気ごとに「時候のあいさつ」というコーナーがあって、折々の季節に使えるフレーズをひと言ずつ紹介していました。それが読者から好評だったということで、次は「手紙」をテーマにした本を、と編集者から依頼がありまして......。
 拝啓・敬具などの「頭語」や「結語」といったいわゆる手紙の決まりごとも、コラムで少しだけ説明していますが、メインは折々の季節に伝えたい言葉の解説で、そこに短い用例をそえています。内容からすると、書店で季節の言葉や歳時記のコーナーに置いてもらえたらなと思うのですが、今のところ手紙やマナー本などのコーナーで見かけることが多くて、すこし残念な気もします。中身を見ていただいた方は、わかってくださると思うのですが。


春は日本人にとって新しい季節

―― 毎日一語ずつ、365日分が日付順に掲載されているという構成も使いやすいですね。1月ではなく4月から始まるのはなぜでしょうか?

山下1月から始まると、「あけましておめでとう」というような年賀のあいさつから始まることになりますよね。それより、桜にちなんだ言葉から始まったほうが素敵なのではないかなと思いました。日本人にとって、新しい季節って感覚的に春、それも桜の季節なんですよね。

―― たしかにそうですね。

山下それに、春は紹介したくなるような美しい言葉がたくさんあるんです。「花日和」「桜どれ」「山笑う」「花筏(はないかだ)」......。あまりに多すぎて、選ぶのに迷うほど。でも、そのぶん春の原稿は筆が進みやすいんです(笑)。

―― 季節によって違うのですね。言葉が少ない季節というのもあるのでしょうか?

山下冬は少なめですね。......でも案外、苦労したのは夏かもしれません。夏まっさかりの暑い時期は、そもそも情緒のある美しい言葉が少ないんです。その上、旧暦の時代に比べて、いまは暑い時期が長いでしょう。現代は、暑い時期が夏だという感覚の人が多いので、夏が終わったと思うと、秋が来て、すぐ冬になってしまうと思っている人が多いのではないでしょうか。

―― 秋があっという間に過ぎてしまうなという実感は、すごくあります。

山下旧暦の時代は8月7日ごろに立秋がきたら、一応秋です。現代では、そういう感覚の人はあまりいませんね。
 ところが古くから伝えられてきた日本語は、旧暦の季節感と深くつながっているものが多いので、そういった現代との季節感のずれを、本の中でいかに違和感なくまとめるか、言葉選びには苦労しました。現代の長い夏に合わせて、暑くても通用するような言葉をたくさん選んでいると、こんどは秋の言葉が少なくなってしまうという具合です。
  紅葉の時期も冬にずれ込んでいますね。立冬(11月7日ごろ)を過ぎてから、紅葉のピークがくる傾向になっています。


兆しを感じながら新しい季節を迎えたい

山下でも、そもそも暦と実際の季節感は、ぴたりと合っているものではないんですよ。「季節を先取りする」感性をもっていたのが、本来の日本人。もともと季節の目安とされた二十四節気(一年を約15日おきに区切ったもの)は中国で生まれたものなので、中国の季節感とは合っていたのかもしれませんが、日本にもち込まれた時点で、どうしても季節を先取りする形になってしまいました。「立春」にしても、日本ではまだ寒い時期に春を迎えるわけです。ましてや昔は、今よりもずっと寒かっただろうと思います。

 きっと日本人には、先取り、先取りと、何でも先に心構えをしてから実際に迎えるという方があっていたんじゃないでしょうか。お客様を迎えるときにもそうですよね。ずいぶん前から準備しておいて、「さあどうぞ」とお迎えする。現代でもできればそういう気持ちで季節をとらえたい、兆しを感じながら過ごしたい、そんなふうに思うので、私は、旧暦の季節感で暮らしているんですよ。
 夏から秋へ移り変わる空の様子をあらわす「行き合いの空」、秋になって木の葉がうっすらと色づき始めた状態を表す「薄紅葉(うすもみじ)」――。日本語には"兆し"を味わうような言葉も多いです。


―― 言葉ひとつで、日々の視点が変わりそうですね。たとえば本の中にも出ている「枯れ木星」という言葉なども、前向きな印象がしてすごくいい言葉だなあと思いました。

山下寒い冬の時期、葉を落としてしまった木々の枝越しに見える星のことですね。寒空の星だけでも美しいのですが、枯れ木といっしょに眺めると、かえってあたたかみが感じられたり、希望の星のように見えたりするのではないでしょうか。

―― 本のなかで出会う言葉から、そういった新しい視点に気付かされてハッとすることも多かったです。


いい言葉が並ぶとキラキラした感じがする

―― どの著書にも膨大な数の言葉が登場しますが、言葉はどのように集めていらっしゃるのでしょうか?

山下もともと作詞作曲をしていたので、歌のタイトルや歌詞に使えそうな言葉をたくさん書き留めたノートがあって、そのなかから選んでいました。でも過去のストックはもう使い果たしてしまったので、最近は新たに探したり、いい言葉に出会ったら控えておいたりして、パソコン上にデータベースをつくっています。あまりに言葉が増えすぎて、手書きのノートでは手に負えなくなったこともありますが、パソコンだと「星」と入れると星に関わる言葉だけを検索できますし......本当に便利ですよね、パソコン(笑)。

―― 便利ですね(笑)。山下さんの著書では、巻末に本書内の言葉が収録されたものもありますが、これも言葉を探す際に役立ちますね。

山下初めての著書『美人の日本語』には索引をつけていなかったのですが、発刊後、読者からの問い合わせが入ったときに探すのが大変ですと、出版社の担当者がおっしゃられたので、二作目の『美人のいろは』には索引をつけることになりました。『美人の日本語』も文庫化されたときに索引がつきました。
 昔の手書きのノートを眺めたときに、いい言葉がいっぱい並んでいて、キラキラした感じがするなあと思っていたのですが、索引を眺めると、そのときに似たような気持ちになります。

―― 索引は便利なだけでなく、全体を俯瞰して眺められる楽しみもありますね。見ていて気付いたのですが「初」がつく言葉ってかなり多いんだな、とか......。

山下それはきっと、私が「初」という語が好きだからだと思いますよ(笑)。同じく好きな「花」から始まる言葉も多いです。

―― なるほど、そうなんですね。


「想い言葉」

山下言葉は、「話し言葉」と「書き言葉」に分けられますが、私はもうひとつ、「想い言葉」というのもあると思っているんです。これは、辞書にはない、私が作った言葉ですけど、心に言葉を思い浮かべるだけで、あたたかい気持ちになったり、前向きになれたり、ほっとしたりする言葉のことです。
 ただ、単語を知っているだけでは「想い言葉」にはなりません。その言葉に、背景や思い入れが重なって、はじめて自分自身へのプラスになる言葉になると思うのです。そんな「想い言葉」を、世の中のたくさんの人と共有したいと思ったのが出発点です。
 また、あまり知られていないような言葉でも、その言葉をだれかと共有することで、お互いの絆を強くすることもできますね。

―― それは、たとえばどういったことでしょう?
 
山下私はふだん主人と散歩しているときでも、何か見つけたら、すぐに口に出して言うんです。「ほら、蘖(ひこばえ)!」(※蘖=切り株や木の根元から出る若芽)とか。もし相手が知らない言葉なら、説明します。それによって共通の思い出の場面が強調されるし、絆の言葉として心にも残ると思います。
 それが書き言葉で、ましてや手紙で使うとなると、お互いに知っているという前提がないと相手に伝わらないかもしれません。一語一語、説明しすぎるわけにもいかないので、そのあたりは手紙のむずかしい面ですね。
 
―― 最近はSNSなどで手軽にコミュニケーションがとれる反面、顔が見えない相手に対してとげとげしい言葉づかいをする人も増えています。そういう険しいやりとりを見ていると、心のなかまでピリピリしてきそうで......。あたたかい言葉をたくさん知って、心をもっと豊かにしたいものだなと思います。

山下顔つきに出ますよね。いい言葉を遣う時って、険しい顔にはなりませんよね。逆に言葉遣いがすごいから、顔つきが険しくなるというのもあるかもしれないし、言葉と心と表情って、お互いに関係し合っているものかもしれませんね。


<つづきます>

  

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山下景子(やました・けいこ)

兵庫県神戸市生まれ。 現在、神戸市在住。
武庫川女子短期大学国文科卒業後、作詞家を目指し、「北海道・北の讃歌コンクール」「愛知・名古屋マイソング」で最優秀曲など、数々の賞を受賞する。
作詞のために集めた美しい言葉の切れ端を、メールマガジン「センスを磨き、幸せを呼ぶ~夢の言の葉~」で発行中。
初めての著書『美人の日本語』(幻冬舎)は、26万部を超えるベストセラーに。
その他の著書に『花の日本語』『ほめことば練習帳』 『現存12天守閣』『美人の日常語』(以上、幻冬舎)、 『しあわせの言の葉』(宝島社)、 『日本人の心を伝える思いやりの日本語』(青春出版社) 、『美人の古典』『イケメン☆平家物語』(PHP研究所)、 『暦を楽しむ美人のことば』(角川ソフィア文庫)、『オトメの和歌』(明治書院)、『二十四節気と七十二候の季節手帖』(成美堂出版)、『大切な人に使いたい美しい日本語』(大和書房)、『手紙にそえる季節の言葉365日』(朝日新聞出版)等がある。

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