本屋さんと私

  

 幻想と現実の入り混じった世界や社会問題を鋭い筆致で描きつづけている作家、星野智幸さん。大江健三郎賞を受賞した『俺俺』が2013年に映画化されたことも記憶に新しいですが、小説の世界だけではなく、時事短評やエッセイなどでも幅広く活躍されています。

 そんな星野さんの初エッセイ集『未来の記憶は蘭のなかで作られる』が、2014年末に刊行されました。1997年にデビューをされてからの17年間に書かれた、身辺雑記、社会時評的な思索、旅の記憶、文学についてからサッカーのことまで。過去にさかのぼるように並べられたエッセイたちは、ときに胸をえぐり、揺さぶり、輝かせ、彩りを与えてくれます。

 そしてとにかく美しい文章と丁寧な言葉たちは、素晴らしいのひと言に尽きます。ふだん生きているなかで、気づかなかったこと、見ないふりをしていたこと、思い至らなかったたくさんのこと。そんな端々に思いを巡らせる、一人ひとりにとって、大切な一冊になること間違いありません。
 珠玉の言葉たちを紡ぎ出す星野さんに、エッセイ集のお話から、文学について、メキシコについて、自分を生きるということについて、たくさん伺いました。

(構成・写真:新居未希、構成補助:中谷利明)

第146回 空虚な言葉を使わない、ということ

2015.05.19更新

日本ラテン化計画!

―― メキシコで「他人に迷惑をかけていいんだ」と思えて、それを日本に持ち帰ってきたとき、「みんなと同じじゃないといけない」という同調圧力が強い日本の社会との違和感というものは、きっとお持ちだったのではないかなと思うのですが......それは、どうやってご自身のなかで折り合いをつけていかれたのでしょうか?

星野僕が帰国したときは、ちょうどバブルが弾け始めたときだったんですね。その時代は単純労働の人手がすごく不足していたので、日系ペルー人や日系ブラジル人の移民が、日本にどんどん入ってきていたんですよ。イラン人も多かった。
 そういう人たちが海外からたくさん入ってきていて、ちょっとしたコミュニティのようなものがそれぞれ構成されていたんですね。だから「こういう人が日本の社会の中に混ざっていけば、日本ラテン化計画はどんどん進行していくぞ!」と思っていたので、けっこう楽観的でした。

―― 日本ラテン化計画! 楽しそうです......。

星野日本の中に外国があって、風穴が空いてるような状態で、それがこれからどんどん広がっていくだろうと僕は思いこんでいたのですが、90年代の半ばを過ぎても、なぜかなかなかそうなっていかない。外国人労働者たちはゲットーのなかに押し込まれているような感じで、全然混ざり合っていかないんだということを感じ始めました。
 その後字幕翻訳の仕事をしたりして、作家として1997年にデビューをしました。フリーで仕事はしていたので、そこまで同調せずに生きていける立場ではあったのはありがたかったです。


自分として生きていくために

―― 90年代に星野さんが感じられた日本の変化というのは、たとえばどういうものだったのでしょうか?

星野時代としては、1995年に阪神淡路大震災とオウム真理教の事件がありましたよね。僕はそのときメキシコにいたので、日本の空気というのはよく知らなくて。だから帰ってきても、日本がどのように変化したかというのがよくわからず、自分だけ能天気でいたわけです。
 ただ1997年に酒鬼薔薇事件が起こったときには、事件に対する世間の反応が少し異常で、暴力的なバッシングの萌芽があったように感じます。あのときに物議を醸したことの一つが、捕まった少年の実名と顔写真を週刊誌が掲載したことでした。あのときはまだ批判的な空気のほうが強かったと思うんですが、一方では顔と実名が晒されることに「ざまぁみやがれ」みたいな空気もグワッと出ていました。そのときに、今までの同調圧力みたいなものとは少し次元の違う世界がきているな、と感じたんですよね。

―― というと......?

星野僕はいわゆるバブル世代なのですが、世間的にバブル世代の人間の多くは好き勝手やっていたという言い方をされます。けれど実際には、そんなことはまったくなかったと僕は感じているんです。
 「すごく楽しく軽く、恋愛とお金に生きなければいけない。それをうまくこなせない人間はダサい、クズだ」みたいな強迫観念があって、みんなそれに追い立てられるようにして、カッコつけて楽しまなければならないと必死だったと思うんですね。そういう同調圧力から脱落した人がオウム真理教に入っていったわけですし、あのときには同調圧力はそういう形ではっきりと存在していて、そうじゃなきゃオウム真理教というものはなかったと思います。

―― 本当にそうだと思います。

星野だけど結局、脱落していない一般の人の目にはそういう流れは見えていなかったし、オウム真理教の事件が起きた後も、あれは一部の変な人がやった事件として切り離した。その結果、自分たちの社会の中にある同調圧力の問題として考えるということは、最初から捨て去られてしまったわけですよね。
 森達也さんがよく「オウムの事件を契機に、問題を起こすのは自分たちとは違うおかしな人間だ、として切り捨てていくメンタリティが確立した」とおっしゃっていますが、僕もまったくその通りだと思います。そしてそれを実感したのが、酒鬼薔薇事件のときでした。

―― なるほど。

星野とにかく同調圧力に屈しないためには、言葉の形式化と同じで、みんなが言っている空虚な言葉を一緒には言わないというのが一番大事です。自分の実感や自分の生きてきた人生から考えた言葉で、なんとかものを言おうと努力することが肝心だと思っていて。そうしていけば社会の中で、さすがにラテン的とまでは言えないですけど、「自分として生きていける」と思います。


見ないようにしているところに目を向ける

―― はじめて星野さんの小説を拝読したとき、正直「あ、怖いな」と感じました。それは、今まで見ないふりをしていた自分を、まっすぐ見つめなければいけないという怖さでした。

星野うん、それはよく言われます。
 僕自身にも、たとえばオウム真理教の事件でわかってきたような、「見ないようにしてきたこと」というのはいろいろあるんです。そういうことに目を向けるべきなのではないか、という気持ちで小説を書いているので、その側面がかなり強く出ているんだと思います。見ないふりをしてきた積み重ねで、今の政治や社会があるんでしょうし。

―― 本当にそうですね。

星野何も見ないで先送りにしたり無かったことにしたり、あと、悪い意味での前向きさってありますよね。僕はそれを「希望依存症」と呼んでますが。なぜそうなったのかの根本に目を向けずに、「いいよいいよ、前向こうよ!」と忘れて、同じことを繰り返して、しかもその度により根が深くなっていくんですよね。
 今となると、その根っこはとてつもなくネガティブなものと化していて、それだけに目を向けるのもより怖いし、めげるし、困難な状況になっています。それでも、目を背けていることに正面から向き合うほか、この悪循環を止めることはできないと思います。

―― エッセイ集のなかの「宗教国家日本」という時事短評にも、「みんな安心したいのだ」ということを書かれていましたが、本当にそうだなぁと思います。誰かを蹴落としたり貶したり、自分が上に立っているんだと安心したい。そのこともしっかり見つめないといけないと思います。

星野いまの日本を生きる中で、多くの人が苦しくて疲れていて、逃げたくなる状況に置かれていることは否定できないし、それを単に「あなたがもっとがんばらなくちゃダメなんだよ」というふうには言えないと思うんですよね。だけど苦しさから逃れるために、自分より下の不幸をつくる方向に向かえば向かうほど、結局すべて自分に跳ね返ってきて苦しくなっていく。
 いまの社会では、みんなが「ひと息つきたい」という気持ちは共有されているはずなんです。ほとんどの人が抱いている「ひと息つきたい」という欲求は、恐ろしいほどのエネルギーですよね。であるのなら、そのエネルギーを、下に不幸をつくることに注ぐんじゃなくて、たんに本当にひと息ついて吐き出せばいいじゃないかと思うんですよ。みんなで一斉に早く帰っちゃうとかね。一人でやるのが難しいなら、いっせいに休んじゃえばいいんじゃないかと思います。

―― そう、本当にひと息ついてしまえばいいんですよね。誰かと一緒に、みんなで。

星野そこでもキーワードになるのは、「人には迷惑をかけてもいいんですよ」ということなんですよ。電車が5分遅れたからっていいじゃん、友人が5分遅れてきてもカリカリしないかわりに、自分も5分遅れてもいいじゃん、というふうに。
 5分くらいだったらお互い遅れようよ、って思うんです。そういう小さなことが許せなくなると、心の行きどころがどんどん狭められていってしまうと思うんですよね。


その後の社会に種蒔く気持ちで

―― 普段はとくに思わないのですが、選挙などをきっかけに、自分はマイノリティーなんだなと感じることがあります。こうして星野さんや社内で話をしていると、「やっぱり内と外で分けてるのっておかしいよね」「白黒なんでも二極にするのはよくないね」「そうだよね!」となるんですが、そこから外に出てみると、まったくそんな考えを理解してもらえなかったり......。

星野うん、僕もそうなんですよ、本当に。

―― 星野さんは小説によって、そのマイノリティーをマジョリティにしようとされているのかな、と思ったのですが。

星野震災前までは、確かにそういう意思で書いていました。でも震災の後、日本が急激に反動化したというか、右傾化したことが露わになって以降は、もう「自分の言っていることは通用しない」という気持ちを持ちながらやっています。だけどだからといってやめてしまったら、諦念とともに世の勢いにただ押し流されて、身を任せるだけになる。それは嫌なので。通用しないし、もう抵抗という言葉も当てはまらないのですが、「自分は同調しないことを続けていますよ」という態度を保ち続けたい。

―― うん、うん。

星野若干悲観的なものの見方になりますが、こういう流れが巨大になっていくと、止められないところまで行きかねないということも覚悟しておく必要があると思っています。むしろ絶対に底を打って跳ね返るときがあるんだから、その未来を見据えて物事を作っておこう、ということなんです。 
 いま起きている悪いことをすべて「直ちに止ねば!」と思うと、あまりに膨大すぎるがゆえに、それだけでエネルギーを消耗してしまって、結局最後は巻き込まれて何もできない状態のまま力を失ってしまう。だから僕は、むしろその後のために力を溜めるくらいの、その後の社会に種を蒔くような気持ちでものを書いたり発言をしていこうと思っています。それでそういう人が増えたら、結局、今の流れをどん底まで落ちる前に止めることもできるんじゃないかな、と思うんですよ。

―― その後の社会に、種を蒔く。

星野とにかく目の前のものを止めることだけに必死になってしまうと、より大きな動きを見失って、気づかないうちに飲み込まれてしまうと思うんです。もちろん、たとえばデモで意思表示ができる間はし続けないと、今度はそれすらできない世の中になってしまいますから、それはそれで必要ではあるんですけどね。
 でもそういう動きだけではなくて、最悪が来るかもしれないことも想定しながら、その先に向かって種を蒔く気持ちを持つことも、自分を持ちこたえさせるために必要かなと思いますね。そしてそういうふうにみんなが考えれば、結局は物事は変わるんじゃないかなと思うんです。


<つづきます>

    

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星野智幸(ほしの・ともゆき)

1965年アメリカ・ロサンゼルス市生まれ。早稲田大学卒業。新聞社に勤務した後、91年から95年のあいだに二度にわたってメキシコへ留学。97年、『最後の吐息』で第34回文藝賞を受賞しデビュー。2000年、『目覚めよと人魚は歌う』で第13回三島由紀夫賞、03年『ファンタジスタ』で第25回野間文芸新人賞、11年『俺俺』で第5回大江健三郎賞、15年『夜は終わらない』で第66回読売文学賞を受賞。14年11月、初のエッセイ集となる『未来の記憶は蘭のなかで作られる』を刊行した。

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