本屋さんと私

『沈みゆく大国アメリカ〈逃げ切れ! 日本の医療〉』堤未果(集英社新書)

   

 2008年に発刊された『ルポ 貧困大国アメリカ』 (岩波新書)が大きな話題を呼び、その後も行きすぎた拝金主義やマネーゲームが招く問題に警鐘を鳴らし続けられている堤未果さん。

昨年11月に『沈みゆく大国アメリカ 』(集英社新書)、今年5月には『沈みゆく大国アメリカ〈逃げ切れ! 日本の医療〉』 (同)を上梓され、「いのちの沙汰も金次第」になりつつあるアメリカと、同じ潮流に飲み込まれようとしている日本の姿を、引力のある筆致で描かれています。

 普段、それほど医療について身近に感じているわけではないのですが、この2冊を読んだとき、その現状をあまりに知らなかった自分にショックを受けるとともに、たくさんの方に読んでほしいと、強く思いました。

 日本とアメリカの医療について、政治について、そして好きな本や本屋さんについて。インタビューでは、こちらをまっすぐに見てお話しくださったのが、とても印象的でした。どうぞお楽しみください。

(構成:星野友里、構成補助・写真:大條裕志)

第148回 「情報」ではなく「感じて」ほしい本(堤未果さん編)

2015.07.13更新


医療に無駄があるのかどうか?

―― 私たちはただ日々の生活を送るだけで、すでにマネーゲームに巻き込まれてしまっているというご指摘が、弊社刊の『「消費」をやめる』(平川克美著)にも通じる問題意識だと思いました。市場原理主義が医療に合わない、それは端的に言ってなぜでしょうか?

まず、医療を市場原理の中に入れるということは、それを商品にするということです。でも、医療というのは人間のいのちに関わるものであって、そもそも商売にして儲けを出すといった性質のものではありません。

 たとえば、商売にして儲けを出すとなると、誰でも無駄を切り捨てて効率よく利益が上がるようにしますよね。けれど、医療において利益を出すための無駄とはなんでしょうか? 医師が目の前の患者さんのいのちを救おうと全力をつくす「ヒポクラテスの誓い」よりも利益を優先すれば、やがてそれは「いのちの沙汰は金次第」になってしまう。四半期の利益やバランスシートに表れる数字ではない価値のあるものが、医療や教育です。アメリカの現場を見ているとよくわかるのですが、ここをお金儲けにしてしまうと、やっぱり人間も社会もおかしくなってしまいますね。

―― 今回は、一冊目が「アメリカ編」で二冊目が「日本編」という位置づけですね。

一冊目を書いているうちに、日本でもどんどん医療の自由化が進んできてしまって、「これは、第四章で警告するぐらいじゃ間に合わないな」と思い、急きょ続編の緊急出版に踏み切ったのです。そもそもうちの父もそうでしたが、私たち日本人は国民健康保険を、あまりにも当たり前のものだと思っているんですよね。まるで空気のように。

―― はい、思ってました。

だから、「マネーゲームでハゲタカが・・・」と言っても「えっ、何それ? わたし、保険証がどんな仕組みかも知らない・・・」という反応がとても多い。「そうか、そこから始める必要があるんだな」。じゃあ、自戒も込めて、国民皆保険制度の歴史やその価値をわかりやすく書いた本を急いで出さなきゃいけないなと。

―― そうだったのですね。

不思議なもので、私たちは、手にしているものの価値に気づいていないときは、守り方もピンとこない。でも、「ああ、自分はこんな宝物を持っていたんだ!」と気づいた瞬間に、「失いたくない」と思う。そこから変わってゆく。見えないものが見えたとき、私たちの未来は未知数になるんです。

 家族を例に挙げましょう。
 自分の妻がいきなり病気になってしまったとき、それまでは当たり前の存在だと思っていたけれど、「日頃文句ばかり言っていたが、実はこんなにも大事な存在だったのか」「いま自分に何ができるだろう」って考えますよね? 国が国民を守る「制度」というのも、実は大きな意味ではそれと同じなんです。


流れが出てくるための下準備は徹底的にやる

―― 拝読していて、物語のような流れを感じたのですが、知りたい情報や実例をもつ証言者たちにどうやって出会われていったのか、ということも気になりました。

いろんなやり方があるんですけれど、私の場合はテーマが一つに決まったら、まずそれについてあらゆる立場からの文献を片っ端から読みます。新書は短いですが、新書一冊を書くのに、英語の本だけで最低数十冊は読みます。それから日本語の文献や論文をみてゆく。そのテーマに関する歴史的な年表も必ず調べます。そして、特にこういう本を書くときは一次情報が非常に大切なので、政府の文書や関連法を読みますね。

 そうして本や文献、法律やその時代の新聞記事などを読んでいってベースになる情報が固まると、だんだん全体像が見えてくる。次に現場です。この時点で「ここへ行ってみたい」「この人の話を聴きたい」という長いメモができている。現場に行く飛行機を予約して、本の作者に直接会いに行ったり、直接ホワイトハウスに問い合わせて国会議員にアポを取ったりします。

 人間の出会いってそういうものだと思うんですけれど、直接会って話をすることで、感動や驚きが生まれますよね。そうするとそこから自然に次の人脈・次に行くべき場所へと導かれてゆきます。この流れは本当に不思議な偶然が重なって、自然とどんどん生まれてくる。こうなったら後は頭で考えるのをやめてゆだねます。だけどここにくるまでの下準備は、まず全部自分で徹底的にやるわけです。

―― 新聞等では読んだこともなかった情報がたくさんありました。

今はむしろ、大手の新聞に載っていない情報のほうが重要なカギを握っていることが多いですね。ネットの発達で情報が昔より簡単に手に入るように見えて、実は相当寡占化してしまっているからです。よく新聞記者の方に「どうしてこの情報を知っているんですか? どうやって取材されているんですか?」と言われますが、父から受け継いだ昔ながらのやり方、基本的な一次情報を読みこむとか、歴史をひも解いて長いスパンでテーマをみたり、現場に足を運んだり、器用なほうではないので、そういう地道なことをやっているだけです。
 逆に、これをしないと、無数にある点のようなネット情報も新聞記事もバラバラのまま入ってきてしまう。頭の中で大きな絵としてつなげるには、情報以外のものが必要だと感じます。


「情報」ではなく「感じて」ほしい本

―― 一冊目の冒頭、お父様の「国民皆保険を守ってくれ」という遺言にまつわるエピソードが書かれています。あえて、ある種プライベートなことも綴られた理由を教えていただけますか?

この本を書くきっかけとして、父の闘病と死が大きなきっかけと気づきをくれたからです。
 確かに、『貧困大国アメリカ』シリーズでは、私的なことは一切排除して書きました。版元の岩波書店さんの性質もあって、同社の書物は文献に使われたりするので、あまりパーソナルではなくフラットに、ただ事実を書くことを求められていたこともありましたね。

 でも今回出したこの二冊は、誰もに「感じて」ほしかった。つまり、新しい情報として入れるだけではなく、自分だったらどうだろう? と想像力をフルに使いながら読んでほしかったんです。「ああこういう事実があるんだな」というのと、それを自分で感じ「自分や家族がこの状況になったらどうするか?」と想像することとは、本から得るものの深さが違う。今回は人間のいのちとその向きあい方がテーマだったので、尚さらそう思いましたね。

―― まさにそういう伝わり方をしている気がします。

今回、とくに二冊目の日本編の反響がすごく大きくて、たとえば献本のお礼でいただくお手紙に、直筆のものが多かったんです。やっぱりいのちの問題は普遍的で、誰もが人生のどこかで必ず当事者になるテーマなんですよね。高齢の方から、入院されている方、若い方、会社員、医療関係者、国内だけでなく米国在住の方々からなど、直筆のお手紙を本当にたくさんいただいています。「生き方まで考えさせられた」という言葉も少なくありません。

―― その気持ちわかります。象徴的なお話ですね。


<つづきます>

   

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堤未果(つつみ・みか)

ジャーナリスト。ニューヨーク市立大学大学院で修士号取得。国連、証券会社を経て現職。

2006年『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命』(海鳴社出版)で黒田清日本 ジャーナリスト会議新人賞を受賞。

2008年『ルポ 貧困大国アメリカ』(岩波新書)で日本エッセイスト・クラブ賞、新書大賞を受賞。

近著に『沈みゆく大国アメリカ』『沈みゆく大国 アメリカ〈逃げ切れ! 日本の医療〉』(ともに集英社新書)などがある。

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