本屋さんと私

『ノルゲ Norge』佐伯一麦(講談社)

 

 読み終わって何年も経っているのに、その小説の世界の風景が心の中に鮮明に残り続けている作品というのがあります。佐伯一麦さんの小説は私にとってそういう存在で、なかでも『ノルゲ Norge』(2007年、講談社)は、まるで自分がその景色を見てきたかのように、作中の光景が今でも目の前に思い浮かびます。

 1984年に作家デビューされて以来、30年以上にわたり「私小説」と呼ばれる長編小説を中心にご執筆を続けてこられた佐伯一麦さん。20年ほど前から郷里の仙台市に住まわれ、東日本大震災も体験されました。

 今回は緑に囲まれた素敵なご自宅で、私小説とは、文学とは、書きつづけることについて、本屋さんについて、たくさんうかがいました。作品から感じる印象と同じく、言葉が温かく深く響いてくるようなお話、どうぞお楽しみください。

(構成:星野友里 構成補助・写真:八巻祐子 )

第151回 自分という不可解な他者(佐伯一麦さん編)

2015.08.10更新


「自画像」と「見慣れているもの」を書く

―― エッセイのなかで、大庭みな子さんと「本当に生きている命の感じが伝わってくる文学を大切にしたい」というお話をしたと書かれていたのが印象的でした。ブログやSNSで、自分のことを発信する人はたくさんいる時代ですが、佐伯さんの私小説は、どこかそれらとは対極にあるように感じます。

佐伯高校時代にゴッホの展覧会が東京であって足を運んだことがありました。ゴッホは自画像をたくさん描いた画家ですが、私小説も、自分が経験したことを伝えていくというよりは、自分にとってその自分というのは、いちばん不可解な他者でもあるわけで。自分が自分を認識するっていうとちょっと堅い言い方にはなるけれども、それはどういうことなのかなあ、ということが、出発点であったわけですね。あとは、自分をモデルにするんだったら、モデル料もかからない(笑)

―― そうですね(笑)

佐伯それと、私小説の表現というのは、どうしても自分の身の周りが題材になることが多い。ゴッホは麦畑の絵もいっぱい描いていますが、そういう世界中にどこにでもありふれていて、誰もが見慣れているものは、意外とちゃんと見ていないものだったりもしてね。麦畑だって、麦まきの時期から刈り取りの時期まで、一日として同じような姿というのはないわけであって、それを仔細に観察して描くことが、一つの芸術的な表現になり得るんだってことだよね。僕もやっぱりそういう精神から、自分の身の回りの植物なりの変化を事細かく書くところがあるんですけども。自分にとっての私小説というのは、自画像ということと、見慣れているものを描くという、その二つなのかなあ、とは思うんですけどもね。


内面の世界から、外の世界へ

―― 日常が作家モードといいますか、神経をある程度集中させて過ごされるというのは、想像すると、ちょっと大変そうなのかなという気がします。

『木の一族』佐伯一麦(新潮文庫)

 

佐伯そうですねぇ。やはりそれは少しずつ慣れていったのかな。デビューしたての頃はどっちかというと、自分の内面の葛藤であったり、普通ならあんまり人に言いたくないようなことを、ある意味で告白するとか、そういうことを書かないでもなかったんだけれども。さっきお話に出た、大庭みな子さんと対談したあたり、『木の一族』を書いたあたりから、自分の心の中をえぐりだすとか、暴き出すとか、そういう感じよりも、自分が接している世界、鳥の声や植物とかね、私というものの周りを描くことによって、「私」というものの輪郭も書けるのではないかなと、段々思うようになってきて。それまではたまねぎの皮をどんどんむいていくように自分の心の中を、どんどん探っていくような形だったのが、外に目を向けるようになったんだよね。

 それから大きな転機になったのは、東京で電気工をしたり、北関東の工場で働いていてアスベストを吸ってしまったこともあったりして体を壊して、仙台にに移って来ざるを得なくなったころに、僕が「海燕」でデビューした時の編集長だった寺田博さんという方が、「私小説っていうのは作者の私を書くっていうよりも、むしろ自分が接した他人を書く・・・私小説は他人を書けるんだよ」というふうに言われて。それってコロンブスの卵みたいなもので、なるほどな、と思うところがあって。そのあたりから、同じ私小説と言っても、書き方が変わってきたところがあった。

―― たしかに、佐伯さんの私小説を読んでいても、いわゆるエゴのようなものを感じません。自分でもわからないはずの自分を、とにかく外に対して発信し続けなければならない状況に疲れている人も多い気がしていて、そういう中で佐伯さんの作品を読むと、ホッとするのではないかな、と。


小説は、ビタミンであり、実用であり、毒でもある

佐伯文学というのは、直接生きるための・・・なんていうのかね、必要不可欠な酸素だったり、水だったり、血や肉をつくるものと違うかもしれない。先日批評家の若松英輔さんとも話したんだけど、ビタミンみたいなものじゃないかっていう話になった。ビタミンは欠乏してもすぐ死なないけれども、体の調子が悪くなったり、疲れがとれなかったりする。文学的な言葉みたいなものを、すぐには役に立たない、効率的ではないと疎かにしていると、人間というのが生きてはいるけれども、何となくこうスカスカな感じに、何かが欠乏するような、そういうことはあると思いますけどね。

―― そう思います。

佐伯あと僕なんかの世代だと、小説は日常的に役立ってきたというのかな。日常の振舞いみたいもの。例えば、中年以降になったりすると葬式に出たりとか、冠婚葬祭での人との交わり方とか、そういうのは結構、小説を読むことによって学んだところが僕自身はあるような気はするんです。実用的に読むところもあったと思うんですよね。

 もう一つは、僕らの頃だと、あんまり哲学的なものとか読むと自殺しちゃうとか、親は子どもが本を読むのを、あんまり良しとしなかったんだよね。僕なんか本が好きで、買ってきた本を二階の自分の部屋に並べておいたら、床が抜けるからと親が心配したりとかね。そうすると逆に欠乏感が高まって、本を読みたいって気持ちになった。今は、本を読みましょう、読みなさいって奨励されているから、何となくそういうのも逆効果かもしれない。

―― たしかにそうですね。

佐伯それと小説というのは、ためになるっていうのもあるけど、毒もあるわけだよね。ドストエフスキーの『罪と罰』に共感したっていったらさ、自分の考えだったら、ばあさん殺してもいいんだって、そういう毒もあるわけだからね。なまじ小説を読んだばかりに人生をまちがえたっていうひともいるだろうし。だから、それは功罪の両方踏まえていったほうがいいんじゃないかなと思うんだけど。何となくこう、いいことの中にはちょっとは悪いこともあったりとか、そういうのを見ていくってのは、大事だと思うんですけどね。

<つづきます>


   

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佐伯一麦(さえき・かずみ)

1959年、宮城県生まれ。
宮城県立仙台第一高等学校卒業。
週刊誌記者、電気工等の職業につく傍ら、創作を志す。1984年「木を接ぐ」で海燕新人賞を、1990年『ショート・サーキット』で野間文芸新人賞、1991年『ア・ルース・ボーイ』で三島由紀夫賞、1997年『遠き山に日は落ちて』で木山捷平文学賞、2004年『鉄塔家族』で大仏次郎賞、2007年『ノルゲ Norge』で野間文芸賞を受賞。他に『石の肺――僕のアスベスト履歴書』『とりどりの円を描く』『麦主義者の小説論』『還れぬ家』『渡良瀬』など多数の著書がある。

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