本屋さんと私

『ノルゲ Norge』佐伯一麦(講談社)

 

 読み終わって何年も経っているのに、その小説の世界の風景が心の中に鮮明に残り続けている作品というのがあります。佐伯一麦さんの小説は私にとってそういう存在で、なかでも『ノルゲ Norge』(2007年、講談社)は、まるで自分がその景色を見てきたかのように、作中の光景が今でも目の前に思い浮かびます。

 1984年に作家デビューされて以来、30年以上にわたり「私小説」と呼ばれる長編小説を中心にご執筆を続けてこられた佐伯一麦さん。20年ほど前から郷里の仙台市に住まわれ、東日本大震災も体験されました。

 今回は緑に囲まれた素敵なご自宅で、私小説とは、文学とは、書きつづけることについて、本屋さんについて、たくさんうかがいました。作品から感じる印象と同じく、言葉が温かく深く響いてくるようなお話、どうぞお楽しみください。

(構成:星野友里 構成補助・写真:八巻祐子 )

第152回 今生きている人だけに書いているわけでもない

2015.08.11更新

一人の作家の全体像を知る

―― 佐伯さんは高校の頃にあまり授業が面白くなくて、文学作品を読み耽っていたとエッセイで拝読しましたが、もうちょっと前の、本の記憶はありますか?

『十五少年漂流記』ジュール・ヴェルヌ(新潮文庫)

佐伯幼稚園の時かなあ。三人きょうだいの一番下だったんで、上の姉や兄が読んでいた小さい子向けのものを自分が読みはじめたのが最初で。よく覚えているのは幼稚園か小学生はじめぐらいだったかな。その時に自分で、冒険小説を書こうとしてました。大きな台風があって、子どもたちが取り残されるみたいなね。『十五少年漂流記』とか、ああいうのを読んでると「自分でも」と思って。父親にわら半紙の束のノートにつくってもらって、それに書いたり。ただ、そこから素直に小説を書くようにはならなくて、野球をやったり、あと無線をやったりもしたんで、どっちかっていうと理系でした。高校の時に、原子力や遺伝子操作の問題に触れて、科学の内包している悪や罪の問題だとかいろいろと思うところがあってそれが変わって、最初は文学の批評を目指していました。いちおう、明治の言文一致以降の小説で読んでおかないといけないものは、ずいぶん読みましたけれども。

 小学校のときから新聞配達をして、それはほとんど本とレコードを買うためで。あとは高校の図書館が充実していて、全集をよく読みましたね。高校時代に影響を受けた小林秀雄も「なるべく全集を読め」と言ってますけど、同じ作家でもいろんな時期があるし、いろんな作品があるんで、個々の、一つひとつの作品というよりは、一人の作家の全体像を知るのは大切だと思います。一つだけ読んでもわからない。人間だって、いろんな面があるわけだから。『ノルゲ』を書いた時でも、北欧のノルウェーという土地で春夏秋冬経てみないと、夏の、今の時期だと白夜で、冬になると全然もう夜が明けない極夜だという、その両極端を両方知らないと、全体がわからないわけだから。そういうところはあると思います。


紙袋を持って本屋さんには行けない

―― その頃、あるいは最近でも、印象に残っている本屋さんはありますか。

佐伯僕は18歳で東京に出て、アパート借りて、職を探したりしてたんですけれども。その頃に中野のブロードウェイにあった書店で夜勤のアルバイトをするようになって、半年くらいやったのかな。ちょうど、高橋三千綱さんが芥川賞を獲ったあたりで、下駄を履いてサイン会かなんかで来ていて。北島三郎さんが近所で住んでいて、まあ、僕だけじゃあないんだけれども「ちょっとお兄ちゃん達、うちの倅に参考書と何か適当にみつくろって」と言われたりね。本屋さんとはそう意味でかかわりがあって。

 僕はどっちかっていうと法律とか経済書とかそういう担当が多かったんですけれども。そのときに教えられたのは、「一日一回は自分の担当している棚の本には触りなさい」と。それをやっていると、たまに高い箱入りの本が軽くてね。中抜かれているわけですね。「ああ・・・やられたー」と。紙袋を持って、そこに入れるという手口がいちばん多かったんで、俺たちはそういう紙袋を持っているような人がいると、隠語で「コーヒーです」って、万引き注意という意味で。だから今でも紙袋持って本屋さんには行けないですね(笑)。あとは本屋さんに行ってもなんかこう、背がデコボコになっていると直したくなったりとか。そういうのはあります。

―― そんなご経験があったんですね。

佐伯本というのはだから、今でもそうだけれども、読むだけではなくて、手に触れるものでもあるんですよね。自分の本が出ても、本の手触りとか、なんていうのかな・・・本というのは、そういう総体なんだというのかな。だから今でもなるべくだったら、やっぱりネットで買うよりは本屋さんで買いたいなと思います。

 新刊本っていうのは、なんかいつもこう、卸したてのワイシャツみたいにね、ピリッとしていますよね。でも本屋さんで、ずーっと売れ残っていて、埃を被っているようなものでも、何となくこう初老の味が・・・初老か中年かわからないけど、味のあるおじさん風な、いい意味で古びた本なんかもあったりしてさ。そういうのは、いいもんだよなあと思うんですよ。自分がちょっとくたびれたり、疲れたなあという時なんかだと、新刊の本だとなんか真新しくて、眩しすぎるような・・・。そういう味わいは、ネットじゃ味わえないですよね。


本を読むとは、死者の言葉に耳を傾けること

――エッセイの中で、若手の方の作品に対して「作品としての完成度は素晴らしいけれども、もう少し影響を受けた人の痕跡があっても良いのではないか」という趣旨のコメントされていたのが印象に残りました。先人の影響を受けるということについて、お伺いしたいなと思います。

佐伯そうですね。今、文壇っていうのはなくなったような気がしますけども、さっきの私小説にしても、自分一人だけで書くものではないと思うんですね。本を読んできたから自分でも書こうと思うわけであって。今までの膨大に書かれてきたものの中に、自分で何が一言二言ぐらいだけでも、そこに自分なりのものを付け加えられるか、というもので。まっさらなものから自分で何かを作るっていうものではないんじゃないかなと。年々、書けば書くほど、そういう気がするんですけども。とくに今は震災なんかもあったりすると、古典を読んだり、そこからつながっているものがあるんだなとつくづく思ったりもするんですよね。

 言葉というのは、今生きている人だけのものではなくて、歴史の中で古来からずっと続いている、綿々とした流れの中から伝わって来ているものだから。読書するというのは、一人で読むわけだけども、孤独ではないんです。同じものを見ていても、こんなふうな見方をする人がいるのかとか、こんなふうにも書けるのかとかね。ブログなんかで読書感想文を書いてあるのもいっぱいあるけれど、自分が思ったのとは違うとか、自分はそう思わないとか、なんかがっかりしたとか、拒絶的なものが目立つ気もしますね。

 本というのは基本的に、他者を受け入れるというか、自分とは違う人がいるんだな、というのに触れるのが面白いんですね。自分と同じようなものを読んだってあんまり発見もないんで。こんな変なことを考えている奴がいるのかと。僕は書評とかでどうしても必要に迫られれば違うけども、新刊は三年ぐらい経って初めて読むのが多いんですね。今話題になっている又吉さんの『火花』なんかも、送られては来ているんだけども、たぶん、三年後ぐらいに縁があったら読もうかなと思っていて。

多くの本は、さっきのドストエフスキーなんかもそうだけど、みんなもう書き手は死んでいる。でも、今よく震災以降に「死者を忘れるな」とか、「死者の言葉に耳を傾けろ」とかいろいろいわれているけれども、本を読むということ自体、死者の言葉に耳を傾けていることだから。それは震災があろうがなかろうが、元来文学というものは、死者の言葉に触れることでもあったんだよね。死者と対話するというか。

 だからそうなると、小説を書いていても、なんというか、今生きている人だけに書いているわけでもないんだよね、こちらもね。自分が書いているものも、そういう、死者を含む流れの中から生まれてきているという気はしますけどもね。

<つづきます>


    

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佐伯一麦(さえき・かずみ)

1959年、宮城県生まれ。
宮城県立仙台第一高等学校卒業。
週刊誌記者、電気工等の職業につく傍ら、創作を志す。1984年「木を接ぐ」で海燕新人賞を、1990年『ショート・サーキット』で野間文芸新人賞、1991年『ア・ルース・ボーイ』で三島由紀夫賞、1997年『遠き山に日は落ちて』で木山捷平文学賞、2004年『鉄塔家族』で大仏次郎賞、2007年『ノルゲ Norge』で野間文芸賞を受賞。他に『石の肺――僕のアスベスト履歴書』『とりどりの円を描く』『麦主義者の小説論』『還れぬ家』『渡良瀬』など多数の著書がある。

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