本屋さんと私

『人生最後のご馳走』青山ゆみこ(幻冬舎)

 

 「自分の食べるものが自分を形づくる」という、当たり前だけど、一番大切なこと。この9月に出版された青山ゆみこさんの『人生最後のご馳走』(幻冬舎)の「はじめに」には、《一般の病棟で、まるで画一的なモノのように扱われて「自分」がなくなる気がしたという患者さんもいた》とあります。
 本書で取り上げられているのは、淀川キリスト教病院ホスピス・こどもホスピス病院で行われている、患者さんが希望した料理を作る「リクエスト食」という「食」のケアの取り組みです。患者さん14名や病院スタッフへのインタビューを通して浮かび上がるのは、患者さんやその家族、そして彼らを支える病院スタッフのあたたかな物語。
 こんなに素敵なインタビュー、そして文章を書かれる青山さんはいったいどんな方なんだろう......。新人タブチが本のこと、そしてインタビューについて伺ってきました。全3回のインタビュー、今日はその2回目をお届けします!

(聞き手・構成・写真:田渕洋二郎)

第161回 認知症高齢者のグループホーム「むつみ庵」と、ホスピス

2015.11.11更新

―― もともと「ホスピス」に関心をお持ちだったのですか?

青山実はそうではないんですよ。ただ、ホスピスを取材しようと思ったきっかけはありました。
 宗教学者で、如来寺住職の釈徹宗先生が、大阪の池田市で「むつみ庵」という認知症高齢者のグループホームを運営されています。たまたまそちらにお邪魔する機会があったんです。わたしにとっては、それが初めて目にした終末期を過ごすための場所でした。ある意味「終の棲家」ですよね。
 むつみ庵は古民家を改装した木造の一軒家で、入居者の皆さんがスタッフと共に共同生活を行っています。それまで認知症の方って、徘徊とか異食といった、なんだか怖いようなイメージを持っていたんですけど、むつみ庵では皆さんがあまりに穏やかに普通に暮らしていてびっくりしたんです。

 その古民家は、もともと植木屋さんのお宅だったそうで、庭が広くて立派な植木がたくさん植えられています。家の中からその庭へといつでも出られるように開け放しにしていて、皆さん自由に過ごされています。そうすると、どこか遠くへ行ってしまったりという危険な徘徊する人がいないそうです。それまでに暮らしてきたように、普通の家で過ごされているので、環境の変化や拘束によるストレスもなく、認知症の異常行動のようなものはあまり出ないらしくて。そのせいか、一見して皆さんが認知症だとはわからないほどでした。なんだかね、認知症という病名はあるかもしれないけど、ここで暮らして命を全うすることは、ひとつの自然死のようなものなんだなと思いました。

 それも含めて、病院での死を当たり前のように感じていたわたしには、それまで暮らしてきたように最後を迎えられる場所があることが、衝撃ともいえる驚きでした。
 淀川キリスト教病院のホスピスのリクエスト食の取り組みを知ったのは、むつみ庵にお邪魔してすぐのときだったんです。ホスピスという病院ではあるけれど、そこも普通に食べて普通に最期を迎えるという場所なのかな。そんな場所があるなら見てみたいと、強く関心を持つようになったんです。

むつみ庵 公式HPより

―― むつみ庵は、バリアフリーのいわゆる高齢者施設とは違うようですね。

青山そうなんです。全然違う。普通の古民家だから、段差も土間も縁側もあります。階段なんてわたしでも注意して上り下りするくらい結構急なんですよ。でも、そういうことが結果的に認知症の方にも良いそうで、段があれば危ないから注意して歩こうとするし、生活する感覚が落ちないんだそうです。
 むつみ庵では、最期までそうやって普通に暮らして命をまっとうされた方がおられます。私がお邪魔した時点で、それまでお二人看取られたと釈先生にお聞きしました。
 
 昔の人も、そんなふうに自分の家で普通に暮らして、亡くなっていったんですよね。でも、わたしもそうだけど、現代では、病院で死ぬのが当たり前みたいに思い込んでいる。あれ、なんでそんなことになったのかなって、今さらのように疑問を持つようになって。むつみ庵でも、死亡確認は医師に行ってもらうそうですが、それは病院で亡くなるということとはまったく違いますよね。

 淀川キリスト教病院のホスピスは、病院なんだけど、できる限り普通に暮らして、つまりその人らしく生ききるという考え方をされていて、むつみ庵とも近いものを感じることが多かったです。


がんばりすぎる日本の医療

―― 北欧などでは自宅で亡くなることも多いそうですね。

青山日本は高度な医療が発達しているせいもあり、病気になると「治療」に対して頑張りすぎちゃう気がするんです。もちろん、わたしも病気は辛いし、治る方法があるならできる限りの治療を受けたい。それはそれとしてあるんだけど、日本人の傾向として、辛くても、「頑張ることに意味がある」とされるでしょう。できることがあるのにやらないのは「悪」に見られたり。医療の現場でも、そういう無言の圧力がかかっているような気がするんです。

 お話を聞いた患者さんに、こんな方がおられました。痛くて苦しい治療を優先して、一般生活は送れなくなるけど2〜3カ月長く生きるか、自分がやりたいことに時間を使うために、延命治療をやめて緩和ケアを受けながら1カ月を生きるか選べと言われたら、自分は後者を選ぶ。だからホスピスに来たんだって。
 どちらがいいかはご本人にしか決められませんし、もっと言うと、ご本人にも決められないことなのかもしれません。ただ、選択肢があることは、悪いことではないように思うんです。

 わたし自身がそうでしたが、ホスピスってお墓の手前みたいなネガティブなイメージを持っている方が多いでしょう。ご家族がホスピスに転院されることで、周りから「あそこの家、ホスピスに入れはったらしいで」みたいに噂されてしまうご家庭もあると思うんです。でも、ホスピスに通ううちに、そういう場所ではないことを実感しました。「死」を受け入れても、最期の瞬間までは生ききるという選択はポジティブなもので、そのための場所の一つとして、ホスピスがあることを知ってもらえればいいなと思います。

淀川キリスト教病院ホスピス・こどもホスピス病院 公式HPより



人は「死」を迎える直前まで生きている

青山何十回も通ううちに強く感じたことは、「死が近づいているとしても、死ぬ瞬間まで人は生きている」ということでした。当たり前なんですが、人は死ぬ瞬間まで生きていて、生きるのをやめた時点で「死」になる。3週間後に生を全うする可能性が高くても、たとえば歩けなくなったから、今この瞬間の「生」が弱いかというとそうではない。「生」は強弱では語れないと、私は感じています。

 あのね、患者さんの中には、「元気になったら孫とカツ丼を食べに行きたい」というようなことをお話しくださる方もいて、ときどき混乱することがあったんです。「あれ、この人、また元気になって退院されるのかな」と。残念ですがそうではない。でも、医師や看護師さんのケアのおかげで痛みを忘れられて、栄養士や調理師さんのサポートで食べたいものも食べられるようになった。そうすると、気持ちではご病気のことを忘れてしまうんだと思います。

 ただ、ホスピス入院を決めたとき、やはり命の限りを受け入れているので、「死」はどこかにはあるはずだと思います。そうして人は死を意識していても、当たり前のように前を向く。未来に向かって生きている。それを何度も感じることがありました。
 私が患者さんにお会いできたのは、だいたい命を終える1週間くらい前まででしょうか。お聞きしたところ、最期の10日から一週間くらい前から、少しずつ食べられなくなるそうです。それは、食べたいけど食べられないのではなく、もう必要がないから体が受け付けなくなるようなもので、緩やかに死に向かっていくといいます。

 本の中にも書きましたが、リクエスト食の取り組みは、どこのホスピスでも可能なものではありません。また、ホスピスに入りたくても、入りたいと思ったタイミングでベッドが空かずに無理だったという方もお聞きしました。このホスピスでも転院した日に命が尽きたという方もおられたそうです。
 ただ、こうした「食」の取り組みには、いろんな場所で応用できるヒントがあるんじゃないかなと感じています。管理栄養士さんがお話しくださったように、人は美味しい食べものの記憶を辿るとき、幸せな気持ちや楽しかった風景も一緒に思い出します。わたしのインタビューのときも、ほんとうにいつも病室に笑い声が響いていました。いま思い出すのも、皆さんの笑顔ばかりです。

(つづきます)

   

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青山ゆみこ(あおやま・ゆみこ)

1971年神戸市生まれ。甲南女子大学文学部卒業後、アパレルで4年間デザイナー職に従事。27歳で出版業界に転職し、『ミーツ・リージョナル』誌副編集長などを経て独立。2006年よりフリーランスのライター・編集者。現在は、単行本の編集・構成、雑誌の対談やインタビューなどを中心に活動。市井の人から、芸人や研究者、職人に作家など幅広い層まで1000人超の言葉に耳を傾けてきた。

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