本屋さんと私

『人生最後のご馳走』青山ゆみこ(幻冬舎)

 

 「自分の食べるものが自分を形づくる」という、当たり前だけど、一番大切なこと。この9月に出版された青山ゆみこさんの『人生最後のご馳走』(幻冬舎)の「はじめに」には、《一般の病棟で、まるで画一的なモノのように扱われて「自分」がなくなる気がしたという患者さんもいた》とあります。
 本書で取り上げられているのは、淀川キリスト教病院ホスピス・こどもホスピス病院で行われている、患者さんが希望した料理を作る「リクエスト食」という「食」のケアの取り組みです。患者さん14名や病院スタッフへのインタビューを通して浮かび上がるのは、患者さんやその家族、そして彼らを支える病院スタッフのあたたかな物語。
 こんなに素敵なインタビュー、そして文章を書かれる青山さんはいったいどんな方なんだろう......。新人タブチが本のこと、そしてインタビューについて伺ってきました。全3回のインタビュー、今日はその最終回をお届けします!

(聞き手・構成・写真:田渕洋二郎)

第162回 好きな作家は写経する

2015.11.12更新

―― 編集者でありながら著者ともなることで、なにか変化などありますか...?

青山うーん、特に変わったことはないかなあ(笑)。
 ミーツ・リージョナルという雑誌は、わたしが編集に携わっていた頃は、編集する企画を自分で取材して記事を書くことが基本だったので、毎月かなりの文章量を書いていたんですよ。ある意味、編集をしながら、文章を書くための筋トレみたいなことをずっとやっていたんだと思います。
 文章の筋トレとして、よく好きな作家さんを写経しました。とにかく丸ごと書き写してみる。

『しずく』西加奈子(光文社文庫)

 たとえば、西加奈子さんの『しずく』という短編集が好きな一冊で、その中の「木蓮」という作品も何度か写経しましたね。難しい単語が出てくるわけではないし、誰でも知ってる言葉ばかりなのに、西さん独特の言葉の連なりによって、何でこんなに心に響く文章になるのだろうと、書き写しながらもう感動しちゃいます。村上春樹さんの『午後の最期の芝生』とか『眠り』なんかも書き写したことがあります。
 ミーツでもよく書かれていたバッキー井上さんの文章もよく写経しました。独特の言い回しとテンポは、読みながらも感じるけど、実際に自分の手を使って、といってもキーボードを打つのですが、なぞってみると、読点を打つ場所も違うし、文章の流れ方を身体で感じることができます。書いた人の息遣いも感じられる。やっぱり好きな人の文章は、気持ちいいんです。キーボードを打ちながらもしっくりくる。書く、読むってすごく身体的だと思います。


「普通の暮らし」のいろいろ

―― おお!他にどんな本を読まれますか?子どもの頃の読書体験もお聞かせください。

『シュバイツァー(学習漫画 世界の伝記)』(集英社)

青山うちは、本棚にずらりと本が並んでいて...という家ではありませんでした。そのかわり、母が毎週のように大きな図書館に連れて行ってくれたので、半日はそこで本を読んで借りて返って家で読んでという感じで。学校の図書室や児童館の本も、片っ端から読んでいましたね。だから小さい頃からジャンルレス。世界の名作から、日本や世界の昔話のシリーズ。図鑑も漫画も、紙芝居まで読んでました。小学校の図書館だと『マジック入門』なんかがあるでしょう。ああいう入門シリーズも好きだし、落語の全集もコンプリートして。わたしは神戸の小学校出身ですが、そこの蔵書は江戸落語のシリーズだったようで、大人になってから上方落語を聞いたら、あれ、知ってる話と違うなって(笑)。

 大小にかかわらず、図書館って必ず伝記ものがあるでしょ。全集みたいにシリーズものになっているから、それも端から順番に読んでいく。シュヴァイツァー博士にベートーベン、豊臣秀吉にベーブルース、ガンジーに良寛さまとかね。
 伝記って、だいたい同じような構成なんです。幼少期があって青年になり、迷ったり困ったりしながら、何かを成すという、シンプルな展開。だから、それぞれの差異が際立って面白いんだと思います。誰しも子ども時代があって、それぞれにとっての「普通の暮らし」をしている。というものがたりの序盤でも、国や時代や環境によって、その「普通」はまったく違うでしょう。

 シューベルトはウィーンの近郊に育ったので、林の横の小川沿いを歩いて学校に通っているけど、二宮尊徳だと貧乏で学校にも行けず、野良仕事をしながら本を読んでいたり。読んでいる自分も子どもなので、驚くんですよ。こんな生活してるのかって。子ども時代だけとっても、ものすごくたくさんのバリエーションがあって、一人ひとりの物語が新鮮で読んでいるとわくわくさせられる。
 あと、伝記になるような人物なので、必ずどの段階かで偉業を成し遂げるのだけど、物語として人間としての苦悩や恋愛の悩みとか、必ずその人を「普通の人間」として描こうとするので、普通のわたしにもすーっと入っていけて共感できるんですよね。

 伝記をたくさん読んで、自分の知っている世界とは異なる「普通の暮らし」が数限りなくあって、でもそれは結局、自分とあまり変わらない人間が営むものなんだと思うようになりました。
 あと、伝記って、必ず良いことと悪いことが交互に起きるので、そういうものだと叩き込まれた気がします。今も悪いことがあってもわりに楽観的で、いろいろあるわな、人生はって思います(笑)。大人になっても、やっぱり自伝や評伝ものは好んで読んでますね。


女流文学の系譜

青山うちの父は家父長制の権化のような人で、女よりも男が偉いし、女は家に入るものという古い考え方なんです。それに反発してか、思春期の頃は、女性の生き方を書いた小説であったり、女流作家のエッセイなどを好んで読むようになりました。一つの作品が面白いと、その作家のものを順番に読むということが多かったです。

『淋しいアメリカ人』桐島洋子(文春文庫)

 有吉佐和子さんは人種差別の問題をテーマにした『非色』が最初で、続けて『華岡青洲の妻』『悪女について』などを読み進み、宮尾登美子さんや、もう少し後になって富岡多恵子さんなども、思春期の頃から長く読み返す作品が多い作家さんです。
 生き方ということでは、桐島洋子さんにも影響を受けました。『女がはばたくとき 愛・自由・旅のノオト』『蒼空に出逢いを求めて』『ふり向けば青い海 私の航跡ノート』といったエッセイを読み進むうちに、彼女が大学にも行かず、出版社に勤めながら、アメリカ人の恋人との子どもを産んでシングルマザーになったことを知って、なんだかすごく自由に感じて、わたしも結婚なんてしないでおこうって思ったり。

 大宅壮一ノンフィクション賞を受賞した『淋しいアメリカ人』もインパクトが強かったなあ。高校生には、スワッピングパーティーとかそれだけで十分ショックだったと思いますが、ハリウッド映画を見て憧れてたアメリカは、実際はこんなだったのかって。それから吉田ルイ子さんの『ハーレムの熱い日々』などを読んでみたり。

 わたしは初めての外国旅行が、小学校6年生のときで、日中国交回復10周年を記念した「日中友好こども使節団」としての訪中だったんです。1982年当時の中国は、北京も上海もみんな人民服を着ていて、街に色も少ないし、日本に比べてとにかく薄暗い。移動の車窓から目にする風景はすべてが驚くほどのスケールで、とにかく国が大きい。そこで出会った中国人の人たちは、わたしにとっては、それまでに見たことがないような「大人」だったんです。子どもを子ども扱いしないで、知的で物静かで。後から思えば、公的なセクションのいわゆるエリートの人たちだったと思うのですが、子どもなので中国は歴史もあるし国は大きいし、さすがに違うと単純に驚いてしまって。同時に、世界の他の国はどうなんだろうと興味が出たことが、読む本にも影響していったと思います。

 結局は人なんですよね。どんな人がどんなところでどんな暮らしをしているのか。そこで何を思うのか。現地に行かなくても本を読めば何かしら感じることができる。それが面白い。ちょうどいま、エジプト考古学者の河江肖削さんの『ピラミッド・タウンを発掘する』を読んでいます。これは古代ピラミッド研究の最新レポートですが、タイトルにもあるように、ピラミッドをつくった人々が暮らしていた町の調査報告がすごく面白いんです。
 長屋のような官舎や、路地や小さな家が迷路のように入り組んだ下町めいた街並みが目に浮かぶようで、古代エジプト人が食べていたパンのレシピ再現を読んでいると、香ばしい匂いまで漂ってくるような。それまで歴史上の古代建造物でしかなかったピラミッドが、そうした人々の暮らしを知ることで、もしかしたら寝坊して必死に現場に向かったりしたのかなとか、すごく人間くさい風景の中に見えてきて、とっても面白いですよ。


自分の本がいつもの本屋さんに並ぶ

―― お気に入りの本屋さんなどはありますか?

青山2013年の秋に閉店しましたが、海文堂書店はいま住んでいる家からも徒歩圏内で大好きな本屋さんでした。『本の雑誌』で最終日のルポを書かせていただいたんですが、シャッターが下りた後もお客さんたちが別れを惜しんでいた光景は、いまも忘れられません。

 実家がある神戸の垂水の駅前に、文進堂書店があります。駅前の再開発でいまはマンションの一階に入っていますが、昔はアーケード商店街の中にあるいかにも街の本屋さんという佇まいで、一階は雑誌や一般書、階段を上がると二階は学習書や専門書のコーナーで匂いが違うんです。
 子どもの頃から通っていた文進堂の店頭で、自分が編集にかかわったミーツを見つけたときは、なんだか恥ずかしいような、どきどきするような気持ちでしたね。『人生最後のご馳走』はどうかなあ。こぢんまりとしたお店なので扱ってないかもしれません。こんどこっそり偵察に行ってみます(笑)。


   

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青山ゆみこ(あおやま・ゆみこ)

1971年神戸市生まれ。甲南女子大学文学部卒業後、アパレルで4年間デザイナー職に従事。27歳で出版業界に転職し、『ミーツ・リージョナル』誌副編集長などを経て独立。2006年よりフリーランスのライター・編集者。現在は、単行本の編集・構成、雑誌の対談やインタビューなどを中心に活動。市井の人から、芸人や研究者、職人に作家など幅広い層まで1000人超の言葉に耳を傾けてきた。

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