本屋さんと私

 『ヨレヨレ』という雑誌をご存じでしょうか? 福岡の「宅老所よりあい」という一風変わった介護施設で繰り広げられるドタバタを、ユーモラスに伝えるこれまた一風変わった雑誌です。この雑誌のおもしろいことと言ったらもう、度肝を抜かれます。読まなきゃ、人生損!
そして恐ろしいことに、この前代未聞の介護施設と雑誌の軌跡を描いた一冊が、昨年12月に本になりました。『へろへろ――雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』。雑誌では断片的にしか知ることのできなかった「よりあい」の物語と、雑誌『ヨレヨレ』をひとりでつくる鹿子裕文(かのこ・ひろふみ)さんの物語を、鹿子さんご自身が描き切った渾身の一冊です。泣きます。笑います。これも読まなきゃもったいない!

 きたる2月11日には、雑誌『ヨレヨレ』編集者の鹿子裕文さんと雑誌『ちゃぶ台』編集長の三島邦弘によるイベント開催も控えるなか、今回の「本屋さんと私」では、『へろへろ』の編集を担当された、ナナロク社の川口恵子さんにお話をうかがいました。
 なぜ『へろへろ』には、こんなにも熱量を感じるのか。2回目の今日は、その核となる本の中身や本屋さんでの仕掛け、そして気になる装丁について。

(聞き手・構成・写真:寺町六花、池畑索季)

第167回 本を売るために、やれることは全部やろう

2016.02.05更新

これはすごいなと思いました。

―― 『へろへろ』の中でもとくに、新しい雑誌(『ヨレヨレ』)をつくるにあたって構想を高らかに宣言する場面が、すごくおもしろかったです。

僕はボギーくんを前に、これから僕が作る雑誌の構想を、何かの手違いで冷静さを欠いてしまったスティーブ・ジョブズみたいに一方的にまくしたてた。(『へろへろ』p.159)


―― その宣言というのが、たとえば、「間違っても介護雑誌ではなーい」「役立たずの僕がおもしろいと思う話なのだから、読んだところで役には立たなーい」「ターゲットとしている読者層は、人類全般であーる」「そもそも出来上がりが容易に想像できるような雑誌など、しょせん大した雑誌ではなーい。というわけで、どんなものが出来上がるかは、現時点では誰にもわからなーい」などなど(笑)。そうしてこのあとも紆余曲折を経て完成した『ヨレヨレ』は、見事に「人類全般」に読んでほしい雑誌になっています。


川口本当にそうですよね。『へろへろ』は、よりあいのことも『ヨレヨレ』のことも知らない人が読むという前提で書いてください、とお願いしたので難しかったと思うんですが、第1章を読めば、なぜよりあいという施設が誕生したのかがコンパクトに、ドラマチックにわかるようになっています。見事な筆力で描ききってくださいました。

―― エピソードがものすごく具体的ですよね。

川口鹿子さんは別に、よりあいの誰かとのやりとりを録音して書いているわけではないんですね。だから、正確なセリフは実際とは少し違うかもしれない。でも、文章にはそのときの雰囲気とかその人ならではの言い方が、そのままきちんと再現されている。ちゃんとその人の特徴をつかんで書いているんです。そこが鹿子さんの持ち味ですね。描写力はやっぱりすばらしいと思います。
 それと、第4章の「ひとりぼっちのヨレヨレ篇」の原稿が送られてきたときに、本当に心打たれたんです。ああ、この人すごいな、と。この章では、鹿子さんがどういう人間なのかが描かれています。視点が少し変わる章なんですね。これが出てきたことでこの本の構成がばしっと決まったし、読者がそれぞれの立場から、自分の姿を重ねて読める本になったと思います。

―― この章で、胸ぐらをグイッと掴まれたような感じがしました。世間から除け者にされてきた老人たちやよりあいメンバーと、干されっ子の鹿子さんの人生がシンクロしていって...

川口そうですよね。この章によって、なぜ鹿子さんという、それまで全然関係のない世界に生きていた人がよりあいに巻き込まれることになったのか、どうして皆がよりあいを応援しようと思ったのかが、実感を持ってわかるようになった気がします。
 よりあいの特別養護老人ホームができるまでの物語は、鹿子さんが書かなければ、切れ切れのまま消えていってしまう気がしたんですね。それはあまりにも惜しいと思った。たまたまあの時期に鹿子さんがよりあいに出入りするようになり、こうして1冊の本を書いてくださったことに何か不思議な縁を感じますし、書かれるべき物語だったんだなとも思いました。


だから書店員さんに手紙を書いて、

―― はじめてこの本を手に取ったとき、「お金のないことが、あんたはそげん恥ずかしいとね?」という帯コピーが胸に響きました。

川口これは、脱稿して私たちがバタバタしているときに、鹿子さんが「ヒマなんでつくりました!」とか言って、自分でリリースみたいなものを書いてきた中にあった言葉なんです。そのほかにも、「ぶっとばせ、貧老!」「未来は暗くない」というコピーもあって、すごくいいなと思って、少し言葉を変えて本の帯にも使わせていただきました。福岡の言葉って、関東や関西の言葉ともまた雰囲気が違うじゃないですか。本文に福岡の言葉がたくさん使われているのが、作品全体の雰囲気にも影響していると思いますね。

―― お金といえば、本の中で「よりあいの資金集めは永久不滅です!」という宣言がありましたね。


川口はい。とても他人事とは思えない(笑)。でもよりあいの皆さんは、やれることをすべてやっていて。私も『へろへろ』を売るために、やれることは全部やろうと決めました。基本に立ち返っただけなんですけど、リリースや試し読みを早めにつくったり、何十人かの書店員さんにゲラを読んでもらってアンケートをとってみたり。読んでもらえれば絶対におもしろいという自信はあったんですが、多くの人は『ヨレヨレ』のこともよりあいのことも知らない。初めての著書だから、当然鹿子さんのこともほとんど誰も知らない。店頭に並べただけで読んでもらえるかどうかわからなかったんです。

 だから書店員さんに手紙を書いて、営業の人にもついて行って...。そのうちのいくつかの書店さんでは、大きなフェアを展開していただいたり、イベントをやらせてもらったりと、良いつながりができたなと思います。

―― この本に対する仕掛けの熱量は本当にすごいです。


川口ありがとうございます。でも、まだまだ本の力に自分の仕事が追いついていない気がします。特に鹿子さんにとっては初めての書籍でしょう? それが大コケしたら、2冊目の本が出しにくくなるんじゃないかという思いもありました。こんなにすばらしい才能を、自分のせいで潰してはいかん!という使命感というか...(笑)。

―― 売れ行きはいかがですか?

川口先日、刊行1ヶ月で増刷が決まりました! でも、鹿子さんにはずっと「目指せ200万部!」って言われてますからね。村上春樹さんを抜きたいみたいで(笑)。初動も順調で、これから書評も続けて出る予定なので、まだまだこれから広げられると思います。


中身のことを考えたら、その装丁になる

―― 装丁は、寄藤文平さんと鈴木千佳子さんですね。

川口はい。『へろへろ』の原稿を読んだときに、力強い装丁にしたいなと思ったのと、「へろへろ」という一風変わったタイトルなので文字をしっかり見せる工夫が必要だなと感じて、これは文平さんに頼もうと思いました。表紙の似顔絵は、この本に出てくる人々の写真をモンドくんに送って、描き下ろしてもらいました。
 使っている紙については、けっこうページ数が多くなるだろうと思ったので、柔らかくてめくりやすく、薄くても裏写りしない紙にしました。箔も押さず、増刷しやすいつくりになっています。

―― ナナロク社さんの本は、どれも手元にあるだけでうれしくなるような装丁ですよね。

川口ありがとうございます。でも、中身のことを考え続けたらこうなった...というだけなんです。
 たとえば、谷川俊太郎さんの『あたしとあなた』は、デザイナーの名久井直子さんの提案で、「この詩集のための新しい紙をつくろう」というところから始まりました。最初は「本当にできるのかな?」と思っていたんですが、調べたらちゃんとできるんですね。製紙会社や製本会社の方々と相談しながら、試行錯誤して作りました。確かに手間はかかりましたが、この本に必要な要素だと納得して作ったので、いろいろ調べたり、交渉したりすることも全然苦ではなかったです。

(つづきます)

【お知らせ】鹿子裕文さん×三島邦弘イベント情報

2月11日(木・祝)京都にて、鹿子裕文さんとミシマ社代表・三島邦弘のイベントがあります。なんと2本も!

◆<対談>
『へろへろ』刊行記念トークショー 鹿子裕文×三島邦弘
「へろ戦記・京都ちゃぶ台篇」@ホホホ座

ともに「無計画」を標榜する二人が、縦横無尽に語り尽くします!

・日 時:2016年2月11日(木祝) 14時~(開場13時30分)
・場 所:下南田町集会所(ホホホ座から徒歩 3 分) 京都市左京区浄土寺下南田町 120
・参加費:1500円(ホホホ座1階全商品 500 円割引券付)
【お申し込み方法】
メール:1kai@hohohoza.com まで件名を「へろ戦記トーク」とし、「お名前・ご連絡先」を明記のうえお申し込みください。


◆<実践>
寺子屋ミシマ社 『へろへろ』鹿子裕文さん編
@ミシマ社の本屋さん

雑誌『ヨレヨレ』 と『ちゃぶ台』の意外な共通点が明らかに?!
そして新たな企画が動き出す!

・日 時:2016年2月11日(木祝) 18時30分~20時(開場18:00)
・場 所:ミシマ社の本屋さん 京都市左京区川端通丸太町下る下堤町90-1
・参加費:1500円(ミシマガサポーターの方、同日開催の「へろ戦記・京都ちゃぶ台篇」にも参加された方は1000円)
【お申し込み方法】
メール:event@mishimasha.com まで件名を「寺子屋ミシマ社0211」とし、「お名前・ご連絡先」を明記のうえお申し込みください。

【お問合せ】
TEL:075-746-3438(ミシマ社京都オフィス)


ご来場、おまちしております!


    

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

川口恵子 (かわぐち・けいこ)

1976年生まれ。編集者。2008年よりナナロク社で書籍編集に携わり、現在に至る。編集した書籍に、『ぼくはこうやって詩を書いてきた−谷川俊太郎、詩と人生を語る』(谷川俊太郎、山田馨)、『池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗』(藤本智士)、『おやすみ神たち』(谷川俊太郎、川島小鳥)、『バス停に立ち宇宙船を待つ』(友部正人)、『あたしとあなた』(谷川俊太郎)、『へろへろ 雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』(鹿子裕文)などがある。

バックナンバー