本屋さんと私

 『ヨレヨレ』という雑誌をご存じでしょうか? 福岡の「宅老所よりあい」という一風変わった介護施設で繰り広げられるドタバタを、ユーモラスに伝えるこれまた一風変わった雑誌です。この雑誌のおもしろいことと言ったらもう、度肝を抜かれます。読まなきゃ、人生損!
 そして恐ろしいことに、この前代未聞の介護施設と雑誌の軌跡を描いた一冊が、昨年12月に本になりました。『へろへろ――雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』。雑誌では断片的にしか知ることのできなかった「よりあい」の物語と、雑誌『ヨレヨレ』をひとりでつくる鹿子裕文(かのこ・ひろふみ)さんの物語を、鹿子さんご自身が描き切った渾身の一冊です。泣きます。笑います。これも読まなきゃもったいない!

 きたる2月11日には、雑誌『ヨレヨレ』編集者の鹿子裕文さんと雑誌『ちゃぶ台』編集長の三島邦弘によるイベント開催も控えるなか、今回の「本屋さんと私」では、『へろへろ』の編集を担当された、ナナロク社の川口恵子さんにお話をうかがいました。
 いよいよ最終回の今日は、川口さんご自身のことをうかがいます。編集者を目指した意外な理由、会社の倒産、まさかのバイト生活...。波乱万丈の編集者人生が明らかに!

(聞き手・構成・写真:寺町六花、池畑索季)

第168回 一冊の本のために

2016.02.06更新









『ワッハワッハハイのぼうけん』谷川俊太郎 作、和田誠 絵(新風舎)残念ながら絶版





「絶対に会える」と信じて疑わなかった

―― 川口さんは、どのようなきっかけで出版の道に進まれたのですか?

川口小学校2年生のときに、谷川俊太郎さんの『ことばあそびうた』を読んで、「この人は天才だ!」って思ったんです。それからコツコツ谷川さんの本を読んでいって、いつかお会いしたいなと思っていました。
 そうしたら大学生のとき、学園祭に谷川さんと息子の賢作さんが「DiVa」というバンドで来たんです。そのときは一ファンとして、「わー、会えた!」と思ってサインもらっただけなんですけどね。
 その後、仕事を決めるときに、「本はもともと好きだし、谷川さんに会える可能性が高そうだから、編集の仕事がいいかな」と思ったんです。

―― すごく一途というか...

川口不純な動機です(笑)。何度か転職をしているんですが、迷った時はいつも「谷川俊太郎に会えそうなほう」で選んでました(笑)。そうして初めてご一緒したのが、『ワッハワッハハイのぼうけん』という本の復刊の仕事。谷川俊太郎さんのテキストに和田誠さんが絵をつけた、子どものための本です。

―― ついに憧れの谷川さんとお仕事が!

川口はい。その次には、谷川さんの「生きる」という一編の詩に、写真家の松本美枝子さんに写真を撮り下ろしてもらって、一冊つくろうという企画がありました。でもその途中で会社が倒産して、作りかけの原稿だけが手元に残ってしまったんです。当時の同僚だった村井さんに相談して、「自分たちで出そう」と決めました。全面的に協力してくださった印刷会社さんがいらっしゃって、奇跡的にできあがったのが『生きる』というナナロク社の最初の本です。会社組織にする前に、本ができちゃったという感じです。

―― 一人の詩人に会うために編集者になられて、一冊の本をつくるために会社を起こされた。

川口あ、言われてみればそのとおりですね(笑)。でも不思議なことに、谷川さんには「いつか絶対会うだろう」と子どものときから信じて疑わなかったんですよね。会えたら、今度は「いっしょに本をつくりたい」という次の欲がでてきて、「きっとそういう機会があるだろう」くらいに思っていました。
 谷川さんには各出版社それぞれに、とても優秀な編集担当者がついていらっしゃるんですね。早々に、これはすごい、頭の切れとか有能さではとてもかなわない、とあっさり思って(笑)。私はとにかく谷川さんが気軽に声をかけやすくて頼みごとをしやすい編集者になろうと思って、今に至っています。


美術館と出版社の共通点

―― ナナロク社ができて最初の頃は、社外でお仕事をされていたこともあるとか。

川口『生きる』は本もきれいでわりあい順調に売れたんですが、この一冊しか売るものがない時期があって。それでは当然二人分の給料は出ないんですね。私は当時一人暮らしだったので、「家賃払えないじゃん!」と思って、ナナロク社の編集の仕事は続けつつ、別の収入源を探そうと考えたんです。
 その頃とにかくヒマだったので、「書庫の整理などの雑用を、ボランティアでさせてもらえませんか?」と谷川さんに勇気を持って言ってみたんです。そうしたら、「仕事頼みにくいからバイトにしてくれない?」と言われて、それで週に1回、谷川さんの家に通うことになりました。

―― なんと、バイトに。

川口...多分、谷川さんは「この人、どうやってごはんを食べていくつもりなんだろう」と思って、そのように計らってくださったんだと思います、今思えば(笑)。
 でもそれだけでは家賃が払えなかったので、ネットの求人情報を見ていたら、いわさきちひろさんの美術館で広報職を募集していて、「これだ!」と思ったんですね。ちひろさんは亡くなって30年以上経ちますが、著作権の管理もしっかりされていて、現代でも忘れられていない画家の一人だと思います。一方で、生前は売れっ子でも、死後に埋もれていってしまう作家もいる。何が違うのか、どうしたら作家の仕事を長く伝えていけるのかということに興味があったんです。

―― 美術館のお仕事はどのくらい?


川口美術館の仕事は楽しくて、5年間くらいやっていました。週4で働いて、週1で谷川さんちでバイトして、週1くらいでナナロク社に行って、編集作業は主に自宅でやって。『ぼくはこうやって詩を書いてきた』はそのころにつくった本です。

―― 美術館ではどんなお仕事を?

川口基本は広報担当で、展示企画のアイディア出しや会報誌の編集など、出版社とわりと近い仕事をしていました。4年目くらいに自分の出した展示企画が通って、「谷川俊太郎と絵本の仲間たち」という企画展を担当させてもらいました。長新太さん、和田誠さん、堀内誠一さんの絵を飾って、谷川さんの絵本の仕事を紹介する展示です。とても勉強になったし、まわりの人にもよくしていただいて、楽しかったですね。

―― ここでも谷川さんを...! かなり本格的に働いていらっしゃったんですね。本づくりのほうは?

川口この企画展から1年くらい経ったあと、ナナロク社を出版社として続けていくのなら本腰を入れてやらなければ、と思って。それで美術館を辞めて、編集の仕事に専念することに決めました。


お店が好きなら、態度で示さなきゃ

―― 本屋さんとは普段、どんな感じで関わっていらっしゃいますか?

川口どこでも買える雑誌とかでも、なるべく好きな本屋さんで買うようにしています。なくなってほしくないから。本屋さんにかかわらず、ごはん屋さんとかでも足が遠のいてしまっているうちに、いつのまにかなくなっちゃったという経験を何度かしているんです。「あ、好きならやっぱり、態度で示さないとだめなんだな」と思って。それからは、気になった本は好きなお店で気持ちよく買っています。けっこう買うから、苦しいんですけど(笑)。

―― すごくよくわかります。

川口わりと長い年月それなりに働いてきたのに、全然お金が貯まらないのはなぜなんだろうと考えたら、本の他にも、イベント、ライブ、演劇とか、形の残らないものに相当つぎこんでいるということがわかりました(笑)。
 好きな本屋さんは、傾向とか好みが合うので、その本屋さんが今何を推したいのか、まずチェックします。何と何を隣に並べているのかとか、何を平積みにしているのかとか、やっぱり気になりますね。それから買わなくても、手に取りたくなってしまう力を持つ表紙もあるので、つい自分の仕事と絡めながら見てしまうところはあります。さわったり、カバーも取って、何の紙使っているんだろうとか、デザイナーさんは誰だろうとか。奥付は必ず見ます、もうなんかクセで。

―― これからは、どんな本づくりをしていきたいですか?

川口新しい書き手と出会いたい。「もし自分で制作費を出すことになったとしても、この人の本を出したいか?」といったん考えてみて、それでも「出したい」と強く思えるような、そういう本をつくりたいです。
 「いいな」と思った書き手がいても、もたもたしているうちに他社から本が出ることがわかってどーんと落ち込む、ということは今でもたまにあります。すばらしい本に出会うと、読者の自分としてはすごくうれしい、でも編集者の自分はとにかくくやしい。よく「きーっ!」ってくやしがってます。「今年はそういうのなくそう」というのを目標にしています(笑)。

―― 鹿子さんの文章も、もっと読んでみたいです。

川口私、『ヨレヨレ』を隅から隅まで読んで、本当に感動したんです。なんていきいきした文体を持った人なんだろう、軽妙でこんなにおもしろいのに、なんて品のある文章を書く人なんだろう、と思って。
 実は鹿子さんには、次の原稿ももうお願いしました。あんまり間が空いてしまわないうちにと思って。『へろへろ』をつくったら、鹿子さんの文章がもっともっと読みたくなったし、この人は書いていく人だ、という直感が確信に変わったんですね。それで『へろへろ』が出来上がってすぐに電話したんです。でもなんかすっごい緊張してしまって。鹿子さんなのに(笑)。電話で、「あのー、実はお伝えしたいことがありまして...」ともじもじしてなかなか言い出せずにいたら、「なになに、俺のことが好きって言いたいの?」ってにやにやしながら言うわけですよ(笑)。だから「いや、違います! 次の原稿が読みたいんです! 書いてください」と思いきってお伝えしました。だから今、鹿子さんは次の本の執筆に入っています。『へろへろ』とはまた違う物語になると思います。

―― それは楽しみですね! 2月11日のイベントも、よろしくお願いします!



【お知らせ】鹿子裕文さん×三島邦弘イベント情報

2月11日(木・祝)京都にて、鹿子裕文さんとミシマ社代表・三島邦弘のイベントがあります。なんと2本も!

◆<対談>
『へろへろ』刊行記念トークショー 鹿子裕文×三島邦弘
「へろ戦記・京都ちゃぶ台篇」@ホホホ座

ともに「無計画」を標榜する二人が、縦横無尽に語り尽くします!

・日 時:2016年2月11日(木祝) 14時~(開場13時30分)
・場 所:下南田町集会所(ホホホ座から徒歩 3 分) 京都市左京区浄土寺下南田町 120
・参加費:1500円(ホホホ座1階全商品 500 円割引券付)
【お申し込み方法】
メール:1kai@hohohoza.com まで件名を「へろ戦記トーク」とし、「お名前・ご連絡先」を明記のうえお申し込みください。


◆<実践>
寺子屋ミシマ社 『へろへろ』鹿子裕文さん編
@ミシマ社の本屋さん

雑誌『ヨレヨレ』 と『ちゃぶ台』の意外な共通点が明らかに?!
そして新たな企画が動き出す!

・日 時:2016年2月11日(木祝) 18時30分~20時(開場18:00)
・場 所:ミシマ社の本屋さん 京都市左京区川端通丸太町下る下堤町90-1
・参加費:1500円(ミシマガサポーターの方、同日開催の「へろ戦記・京都ちゃぶ台篇」にも参加された方は1000円)
【お申し込み方法】
メール:event@mishimasha.com まで件名を「寺子屋ミシマ社0211」とし、「お名前・ご連絡先」を明記のうえお申し込みください。

【お問合せ】
TEL:075-746-3438(ミシマ社京都オフィス)


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川口恵子 (かわぐち・けいこ)

1976年生まれ。編集者。2008年よりナナロク社で書籍編集に携わり、現在に至る。編集した書籍に、『ぼくはこうやって詩を書いてきた−谷川俊太郎、詩と人生を語る』(谷川俊太郎、山田馨)、『池田修三木版画集 センチメンタルの青い旗』(藤本智士)、『おやすみ神たち』(谷川俊太郎、川島小鳥)、『バス停に立ち宇宙船を待つ』(友部正人)、『あたしとあなた』(谷川俊太郎)、『へろへろ 雑誌『ヨレヨレ』と「宅老所よりあい」の人々』(鹿子裕文)などがある。

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