本屋さんと私

『まっすぐ』橋口亮輔(ele-king books)

 映画『二十歳の微熱』で鮮烈なデビューを飾り、『渚のシンドバッド』『ハッシュ!』『ぐるりのこと。』そして最新作『恋人たち』と、寡作ながらも心に沁み入る、素晴らしい作品を作り続けておられる橋口亮輔監督。昨年11月に公開となった映画『恋人たち』は、およそ7年ぶりの長編ながらも数々の賞を受賞するなど、観る人のこころを鷲掴みにして放さず、日本中にその声が広がっています。
 そんな橋口監督の最新エッセイ集『まっすぐ』(ele-king books)が、今年の2月に発刊となりました。映画の話はもちろん、故・淀川長治さんとの話や俳優・加瀬亮さん、リリー・フランキーさんとの話、日々をおくること......まさに「まっすぐ」な言葉で綴られた文章にはやさしさがあふれていて、読み終わったあとは街の緑が色濃く見えるような、素敵な一冊です。

 『きみは赤ちゃん』(川上未映子著、文藝春秋)『重版出来!』(松田奈緒子著、小学館)につづき、またもや「買ったよ」「読んだよ」の声がミシマ社内で同時多発的にあがったこの本。
 橋口監督の映画も大好きでたまらない編集部二人が、お話を伺ってきました。全3回でお届けします。

 まずは「書くこと」について伺った第1回、お楽しみください。

(聞き手:星野友里・新居未希、構成・写真:新居未希)


第172回 やっぱり、人間を描きたい。(橋口亮輔監督編)

2016.04.19更新


脚本を書くときは、全部一緒に駆け抜ける

橋口今日、きちんとした格好で行こうと思っていたら、出る間際にズボンが見つからなくて。

―― あら、そんなことが!(笑)

橋口もう、こんなことばっかり(笑)。「これもう全部出さないとダメだ」と思って、仕舞っていた洋服を全部出してみても、全然見つからなくて。こんな現場着みたいな格好ですみません。綺麗な格好をしてくる予定だったんですけど......。

―― お会いできただけで本当に光栄です。
 橋口監督は映画監督だけでなく、すべての作品の脚本も担当されていますが、映画の脚本はどのようにして書かれているのか、まずお伺いしたいと思っています。たとえば、映像が思い浮かばれたりされているのでしょうか?

橋口そういうときもありますし、台詞のやり取りが先にあるときもあります。『恋人たち』はアテ書き(その役を演じる俳優を決めてから脚本を書くやり方)だったので、この役者を活かすにはどうすればいいかとか、いろんな要素がありました。自分の中のモチーフもあれば、これをやらなきゃいけないというときもあります。現場の予算でこれはできるけど、これはできないとかね。
 たとえば、ウェスティンホテルのロビーで○○をして......という設定は、思いついたとしても、ロケ費がかかりすぎるからできません。じゃあ知り合いに頼んで会社の会議室をタダで使わせてもらおうか、でも外の抜けが今ひとつだからどうしようかな、というふうに考えていきます。

―― そんなところまで考えるのですね。

橋口実質的、現実的なところから浮かんで、「この主婦は心の中に何が浮かんでいるんだろう」という抽象的なことまで、全部一緒に走っていく感じです。脚本を書くときというのは。


小説はもうできない!?

橋口なによりもまず先に、ハコを作る(おおまかなストーリーをシーンごとに区切る)んですね。たとえば「1_会議室」だったら、この場所でこの人物とこのディティールでいこう、と考えます。この人がメガネを持っていて、そのメガネが油で汚れてるとか、伏線も全部考えて。そこには「現場ではこうなるかもしれない」「監督としての橋口の要素は、現場で足さないといけないかもしれない」という、予想不可能なことも全部含めます。それを全部考えたうえで、「脚本家としてはこれでOK」というものにしてから、書き始めるんです。だから、エッセイのほうが楽ちんです(笑)。

―― あはは、そうですか!

橋口エッセイは自分がシンプルに感じたことを、楽しく読んでもらうことを念頭に置きながら書けばいいのかなと思っています。でもそれが小説となると、まったく違いますね。『二十歳の微熱』『ハッシュ!』のときは、映画の小説化もやらせてもらったんですが、本当に難しかった。だって小説は、文字だけの勝負でしょう。文字だけで、読み手に人間の姿を思い浮かばせるように、実感を伴わせなくちゃならない。一人の役者が出ることによる意味なんかは足されなくて、文章だけですべてを語っていかなくちゃいけない。それでいてなおかつ、伏線があって、「あのときのやり取りがこうなるのか!」と、読んだだけで、文字だけでカタルシスを感じさせるということは、脚本とは全然違う。小説、脚本、エッセイというのは、同じ文字でも全然違いますね。

―― 脚本、小説、エッセイとすべてやられているからこそ、感じられることですね。

橋口今回の映画『恋人たち』には、窪美澄さん、西加奈子さんやいろんな小説家の方がコメントをくださって、角田光代さん、吉田修一さんにはパンフレットにも文章を寄せていただいたんです。もう、鋭い文章でね。「これが小説家の文章なんだ!」と思うと、「俺はもう小説はできない」と思いました。同じ土俵で「僕も小説書きました、読んでくださ〜い」なんて、とてもじゃないけど言えないわ、と思って(笑)。

映画『恋人たち』ストーリー: 通り魔事件で妻を失い、橋梁点検の仕事をしながら裁判のために奔走するアツシ。そりがあわない姑や自分に関心のない夫との平凡な生活の中で、突如現れた男に心揺れ動く主婦・瞳子。親友への想いを胸に秘めた同性愛者で完璧主義のエリート弁護士・四ノ宮。3人はもがき苦しみながらも、人とのつながりを通し、かけがえのないものに気づいていく――。

©松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ



個人を描くために社会を描く

―― 橋口監督の映画を観ていると、日本の社会状況にも意識がゆきわたっているように感じます。監督の目から見て、ずっと映画を撮られてきた日本という社会は、どのように変わってきていると感じられますか?

橋口『ぐるりのこと。』で裁判や事件を描いたときに「社会派」みたいに言われましたけれど、僕は社会派でもなんでもないんです。やっぱり、人間を描きたい。10代の子を描くなら別ですが、チンピラや引きこもりみたいな特別な設定以外、ほとんどの人は仕事をしていますよね。アルバイトでもなんでも。三島さんだったら出版社をやっている、僕なら映画監督をやっている。じゃあなんで皆その仕事をやって、この人を選んだんだろう、と思うんです。
 「俺にはそんな仕事はできないよ」と言って、貧乏生活をしているのか。人間関係を築くのが下手だけど世渡り上手で、内心では「チッ!」と思いながらもうま〜く男や女を使ったりしている人なのか。

 どういうふうに自分を成り立たせて生きていっているのかは、キャラクターのベースです。「よく仕事を描きますよね」と言われるんですけど、やっぱり20、30代、あるいは40代の普通に生きている人たちを描こうと思ったら、その人たちがどういうふうに仕事をしているのかというのは、大切なことだと思うんです。大抵の人は自分が今している仕事と人生が密接に関わりあって生きているので、そこをちゃんと描きたい。

―― なるほど。

橋口個人を描くとすれば、その後ろには仕事や家族があり、さらにその向こうには社会が必ずあります。今だったら、震災以降の日本ということをなくしては、ものは描けないと思うんです。それは映画の中で直接描く描かないということではなくて、空気としてね。
 さらに世界に目を向けてみると、テロの問題がどうなるのかをはじめ、不安はいっぱいありますよね。世界中の人たちが、「どうやって自分たちは生きていけばいいのか」と思っていると思うんです。その中で「この人」は生きているわけなので。それを作り手はちゃんとわかって描かないと、リアリティが出てこないと思う。「いま」ということは、常に考えています。


百人に一人か二人の、
「この映画に救われた」という人のために

橋口僕の目で見た世の中の人間を描きたいし、「ああ、自分たちも今生きていて、こういうふうに感じている」と、ご覧になる方とどこかシンクロしてほしい。とくに『恋人たち』は、前作『ぐるりのこと。』から何年か経つ中で、僕自身、理不尽なことをいろいろ経験しました。その経験と震災以降の日本が、重なるところがあってね。「ああ、こういう思いでいるのは僕だけじゃないなぁ」と感じました。

 人間は辛いとき、映画だったり書物だったり、いろんなところに救いを見出そうとします。人間同士のつながりだったりね。でもそんな中で、声にならない声というんでしょうか、そういうものをみんな胸の中に抱えていると思うんです。そういう心情を吐露しても受け止めてくれる人なんて、そうそういない。そんな人がいたらどんなに救われるだろうと思います。自分の思いを吐露したり、「あぁそう、大変だったね」と言ってくれる人が一人いるかどうかで人は救われる、という経験を僕もしました。日本にはそういう人がきっと多いはずだと思いました。だから百人のうち一人でも、『恋人たち』を見て「ああ、こんな声にならない声があるってことを、この人はわかっていてこの映画を作ったんだ」「この映画があることで私は救われる」と思ってくれる人がいたら、僕の数年間も無駄じゃなかったし、作った甲斐がある。プロデューサーには「この作品はヒットしませんよ。でも百人のうち、一人でも二人でもそういう人が絶対にいるから、そういう人のために、僕はこの映画を作ります」と言って、作った映画です。

―― きっと「救われた」と思っている方、たくさんいらっしゃると思います。

橋口実際にそういう方たちはね、いっぱいいらっしゃってね。「泣きました、良かったです!」というような意見ではなくて、「本当に救われました」とおっしゃる方が多かった。そういうことを思いながら作ったにもかかわらず、そういう意見が返ってくると、「日本で生きるということは、本当にしんどいんだなあ」と逆に感じました。でもだからこそ、作ってよかったと思っています。

©松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ



(つづきます)

   

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橋口亮輔(はしぐち・りょうすけ)

1962年7月13日生まれ、長崎県出身。初の劇場公開映画『二十才の微熱』(92年)が劇場記録を塗り替える大ヒットを記録。2作目となる『渚のシンドバッド』(95)では、ロッテルダム国際映画祭グランプリなど数々の賞に輝く。3作目の『ハッシュ!』(02)は第54回カンヌ国際映画祭監督週間に正式招待され、世界70カ国以上の国で公開。4作目の『ぐるりのこと。』(08)では、初主演の木村多江、リリー・フランキーに数々の演技賞をもたらした。5作目の『恋人たち』(15)では、第89回キネマ旬報ベスト・テンで第1位を獲得したほか、数々の賞を受賞している。エッセイ集に『僕は前からここにいた』(扶桑社文庫)、『無限の荒野で君と出会う日』(情報センター出版局)、『まっすぐ』(Pヴァイン)。小説に『二十歳の微熱』『ハッシュ!』(共に扶桑社文庫)がある。


『恋人たち』→http://koibitotachi.com

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