本屋さんと私

『まっすぐ』橋口亮輔(ele-king books)

 映画『二十歳の微熱』で鮮烈なデビューを飾り、『渚のシンドバッド』『ハッシュ!』『ぐるりのこと。』そして最新作『恋人たち』と、寡作ながらも心に沁み入る、素晴らしい作品を作り続けておられる橋口亮輔監督。昨年11月に公開となった映画『恋人たち』は、およそ7年ぶりの長編ながらも数々の賞を受賞するなど、観る人のこころを鷲掴みにして放さず、日本中にその声が広がっています。
 そんな橋口監督の最新エッセイ集『まっすぐ』(ele-king books)が、今年の2月に発刊となりました。映画の話はもちろん、故・淀川長治さんとの話や俳優・加瀬亮さん、リリー・フランキーさんとの話、日々をおくること......まさに「まっすぐ」な言葉で綴られた文章にはやさしさがあふれていて、読み終わったあとは街の緑が色濃く見えるような、素敵な一冊です。

 『きみは赤ちゃん』(川上未映子著、文藝春秋)『重版出来!』(松田奈緒子著、小学館)につづき、またもや「買ったよ」「読んだよ」の声がミシマ社内で同時多発的にあがったこの本。
 橋口監督の映画も大好きでたまらない編集部二人が、お話を伺ってきました。

 第2回目の今日は、ものをつくる原動力について、伺いました。

(聞き手:星野友里・新居未希、構成・写真:新居未希)

第173回 どうにもならない世の中で、どう生きていくか。

2016.04.20更新

「仕事」か「仕事」じゃないか

―― 映画を作るのにはお金はもちろん、関わる人の数も多いし、とてつもないエネルギーを必要としますよね。監督はそれを引っ張る役割で、それだけのエネルギーを映画作りにぶつけられる。エッセイを拝読していて、そのエネルギーのひとつに「怒り」というキーワードが出てきましたが、それは一貫して最初の頃から同じ「怒り」なのか、その時々によって気持ちが違うのか......なにが映画を作らせるのだと感じられていますか?

橋口僕は、自分の人生そのものが次の作品を作る上での核になるというか、そういうタイプの人間なんだと思います。もちろんどの映画でも、企画から成立させて制作が始まって、宣伝、公開まで監督は全部やります。1年に2本も3本も撮られる方もいますが、そういう多作な方も、もちろん同じ数の人たちと接していると思います。スターが出ていればなおのこと、関わる人の数は増えますしね。
 でも、その人が1本映画を撮ることで消耗するエネルギーが僕と同じかというと、そうじゃないと思う。いかに段取りよく、なんなくスケジュール通りにやって、商品としてのパッケージとしていいものを作るかという「お仕事」なんだと思うんです。それはそれでもちろん素晴らしいことだと思います。それはもう、能力だと思う。

―― 「お仕事」、ですか。

橋口先日、原恵一監督と対談をさせていただいたんですが、原さんは『百日紅〜Miss HOKUSAI〜』を作るとき、半年間現場に出ることができなかったそうです。絵コンテを描いた後、ちょっと鬱状態になってね、家にとじこもられて。でも「お仕事」として映画監督をやっていたら、そうはならないと思うんですよ。

『百日紅(上)』杉浦日向子(ちくま文庫)

 原作は杉浦日向子さんの『百日紅』という漫画ですが、原さんは杉浦さんを尊敬されていて、作品に対するリスペクトもすごくある。ある日「原作を超えることはできないんじゃないか」「僕は原作を穢してしまうんじゃないだろうか」と、壁にぶち当たるんです。「お仕事」としてやっていたら、たとえそう思ったとしても、そこで止まりはしないです。公開までのスケジュールがあるのだし、アニメーターの予定も押さえていて、1日に何カットか仕上げないといけない。自分の培ってきたテクニックや経験で「これでとりあえずイケてんじゃん」「話つながってるから」と仕上げちゃうと思う。

―― たしかに。

橋口でも、そういう作り方じゃない。原さんはやっぱり作家なんだと思います。「自分はどこまでいけるんだろうか、いけないんだろうか」という、自分と向き合って物を作っておられるような方だからこそ、「越えられないかもしれない」と怖くなって、そういう状態になってしまう。
 そしてその中でただ逃げているんじゃなくて、考え続けているわけです。「どうやったらこれを、アニメーションの表現として表わせるんだろうか」と。その表現を見つけたときに、また現場に戻って完成させる。原さんはすごい人だなぁと改めて思いました。

―― いや、本当に、すごいです。クレヨンしんちゃんのシリーズも、原監督が務められているものは傑作だらけで。『百日紅』も素晴らしかったです。

橋口映画監督も、人によって作品にかかる年数が違うでしょう。僕は前作から『恋人たち』まで7年あきましたけれど、「なんでそんなに何年もかかるの?」「7年間撮らないってどういうこと?」って思われる方もいらっしゃると思います。けれどそれは、人によって質の違い、というか本質的な違いがあるんだと思うんですよね。

橋口亮輔監督最新作『恋人たち』©松竹ブロードキャスティング/アーク・フィルムズ



ものを作る原動力の一つは「怒り」

橋口僕は、映画は面白くないと絶対にダメだと思っています。面白いっていうのは、CGを使ったから面白いってことじゃなくてね、「あ、人間ってこんな感情があるんだ」「こんな顔をするんだ」というのも面白さですよね。僕自身も映画でそういうものを見たいと思っていますし、自分が作る映画もそうでありたいと思っていて。だから自分の個人的なところから出発しても、どなたがご覧になっても「ああっ!」と思ってもらえるような普遍的なものにするにはどうしたらいいだろう、というものづくりを、今までしてきたつもりです。

―― はい。

橋口年をとればとるほど賢くなって、いろんな世の中のことや人間のことがよりわかって、人生楽になるだろうって若い頃は思っていましたけれど、わかればわかるほど人生は複雑になっていって、楽になることはないですね(笑)。
 若い頃はね、作品を作って評価されて、自信が持てた。人間内面からと言いますけど、もう内面から自信が満ち溢れて、かっこよくなって、すごくモテたりして(笑)。颯爽と街を歩いてる人間になるんだ! だから映画作ろう! と思ってましたけど、まぁーーー、複雑! こんなに複雑な人生になるとは、思っていませんでした。

―― いやーー、そうですよね。

橋口いろんな人間の姿も見ましたし、絶望もしましたし、自分は孤独を知っている人間だと思っていたけれど、全然知らなかったんだなぁという、本当のどん底を経験しました。でも、単純な「怒り」っていうのはないですね。
 2001年にアメリカで同時多発テロがあって世の中の空気が一変したとき、僕は鬱になりました。イラク戦争があったり、ホリエモンの事件もあったり、いろんなことがありましたよね。世の中がわーわー言っていて、その中にこんな自分がいて。こんな自分がいったい何を作ればいいんだろう? ってずっと考えていました。でもそれは、音楽でも小説でも、ものづくりを正面からやろうとしている人はみんな、考えることだと思います。
 「なんで戦争が起こるんだろう」「なんでテロがおこるんだろう」とかそういうことに対しても、そこに対する無力な自分ということに対しても、やっぱり「怒り」というのは物を作る原動力の一つなんじゃないかなとは思いますね。


どうにもならない世の中で、どう生きていくか

―― その「怒り」を、もうすこし婉曲な形で世に出される方もいらっしゃる中で、橋口さんはある種「もろ」に出されていますよね。

橋口『恋人たち』は、とくにそうですね。でも僕はそれを、あんまりやってはいけないと思ってきたんです。普遍的なものにしなきゃいけないと。だから『ぐるりのこと。』も、鬱になったときに眺めていた世の中を夫婦の話に昇華して、一大エンターテインメントにしたつもりです。自分に何か起こったら一回一回ぐうーっと受け止めて、溜めて、消化して、「ああ、こういうことだったんだな」と理解して、じゃあこれを物語にするならこうで、この役者にはこうしてもらってと、全部形を変えて、普遍的なものにしてきたつもりだったんです。けれど今回のことはね、乗り越えられなかったんですよ。笑いましたよ。

―― 知人から詐欺被害にあうという苦しい経験をされたと、エッセイにも書かれていましたが......。

橋口自分の身の上に起きたことを考えて、全部自分でわかった。証拠も集めて、話を聞いて、「そういうことだったのか、だからあいつはこういうことをやったんだ」ってことを全部わかって、訴えようとしても訴えられないということになって。もう最後はなすすべもなく、疲れ果てていました。

 光市母子殺害事件の裁判で、最高裁で判決が出るまで9年間、ご主人がずっと闘っていましたでしょう。あの人が目標だったんです。「あの人はあんなに壮絶なことがあっても、マスコミの前に出て、ずっと闘ってる。あの人には到底なれないけど、がんばろう」......と心の中では思っているんだけど、とてもじゃないけどできなかった。「嘘をついて人から金を騙しとっても罪を問われないなら、嘘をついて金を騙しとって、面白楽しくシャブでもやって生きていくか」と思ったときもありましたけど、まあ、できないですよね(笑)。

―― 『恋人たち』の主人公たちと、同じ状態だったんですね。

橋口そうですね。この思いを抱えたままで、どうにもならない世の中で、どう生きていくか。「いつか償いをとらせてやる」と歯を食いしばって、でもそれでもどうにもならなくて、乗り越えられない。「じゃあどうやって生きていこう」と思っていました。

 でもその目で世の中を眺めると、見えてくるものがあって。たとえば福島の方たちにしても、なんの罪もないですよね。その土地に根ざしてお仕事をしていて、原発事故のような人為的な被害で家を追われて、いつ帰れるかわからない。土地を失うんですよ。新婚さんで、家を建てたばかりだった人もいたかもしれない。「食べていかなきゃいけないんだから、仕事見つけなきゃダメじゃん!」って周りは簡単に思うかもしれないけど、土地を失う、家を失う、仕事を失うってね、思い出も失うんですよね。それらを全部失って、もう一回ゼロから「よし、がんばろう!」と思うのって、大変というか、並大抵のことじゃありません。僕も人生を立て直すのに、今やっと少し、ひと息ついた感じです。

(つづきます)

    

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橋口亮輔(はしぐち・りょうすけ)

1962年7月13日生まれ、長崎県出身。初の劇場公開映画『二十才の微熱』(92年)が劇場記録を塗り替える大ヒットを記録。2作目となる『渚のシンドバッド』(95)では、ロッテルダム国際映画祭グランプリなど数々の賞に輝く。3作目の『ハッシュ!』(02)は第54回カンヌ国際映画祭監督週間に正式招待され、世界70カ国以上の国で公開。4作目の『ぐるりのこと。』(08)では、初主演の木村多江、リリー・フランキーに数々の演技賞をもたらした。5作目の『恋人たち』(15)では、第89回キネマ旬報ベスト・テンで第1位を獲得したほか、数々の賞を受賞している。エッセイ集に『僕は前からここにいた』(扶桑社文庫)、『無限の荒野で君と出会う日』(情報センター出版局)、『まっすぐ』(Pヴァイン)。小説に『二十歳の微熱』『ハッシュ!』(共に扶桑社文庫)がある。


『恋人たち』→http://koibitotachi.com

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