本屋さんと私

『まっすぐ』橋口亮輔(ele-king books)

 映画『二十歳の微熱』で鮮烈なデビューを飾り、『渚のシンドバッド』『ハッシュ!』『ぐるりのこと。』そして最新作『恋人たち』と、寡作ながらも心に沁み入る、素晴らしい作品を作り続けておられる橋口亮輔監督。昨年11月に公開となった映画『恋人たち』は、およそ7年ぶりの長編ながらも数々の賞を受賞するなど、観る人のこころを鷲掴みにして放さず、日本中にその声が広がっています。
 そんな橋口監督の最新エッセイ集『まっすぐ』(ele-king books)が、今年の2月に発刊となりました。映画の話はもちろん、故・淀川長治さんとの話や俳優・加瀬亮さん、リリー・フランキーさんとの話、日々をおくること......まさに「まっすぐ」な言葉で綴られた文章にはやさしさがあふれていて、読み終わったあとは街の緑が色濃く見えるような、素敵な一冊です。

 『きみは赤ちゃん』(川上未映子著、文藝春秋)『重版出来!』(松田奈緒子著、小学館)につづき、またもや「買ったよ」「読んだよ」の声がミシマ社内で同時多発的にあがったこの本。
 橋口監督の映画も大好きでたまらない編集部二人が、お話を伺ってきました。全3回でお届けします。

 最終回の今日は、本のお話を伺いました。

(聞き手:星野友里・新居未希、構成・写真:新居未希)

第174回 映画も文章も、もっと自由であっていい。

2016.04.21更新

些細なことの積み重ねが、今日を明日につなげていく

橋口僕ね、鬱になったとき、静かにして真っ暗にしないと眠れなかったんです。うるさいときは耳栓をして眠るような人間だった。でもその一件があって以来、明るくして、テレビもパソコンもつけて、うるさくしていないとダメになりました。そのことを考えると、血が逆流して眠れなくなるので。睡眠薬なんて飲みたくなかったから、ひたすら血糖値の上がるようなものを食べて、食パンにバターを塗って牛乳で流し込みながらYouTubeをただ見て、眠くなったらそのまま座椅子でごろ寝、ということを何年もしていました。
 今年になってやっとAmazonで2500円の薄ーいマットレスを買ってね。それと布団を居間に持ってきて寝ています。未だにパソコンはつけっぱなしですけど、やっと、暗くして眠れるようになった。

―― ああ、そうだったんですね......。

橋口今までだって、2500円のマットレスは買えたかもしれません。けれど、マットレスを敷いて暖かくして寝てみようと思うまで、時間がかかりました。
 シャンプーで頭を洗ってみよう。コンディショナーもしてみよう、ああ、指通りが気持ちいいと感じること。なんてことはない日常の一つなんですけど、「あ、今日は髪がいい匂いがする」ってふとした瞬間に思うような些細なことの積み重ねが、人を豊かにしていくというか、今日を明日につなげていくことになるんですよね。そうした小さなことを積み重ねて、今日と明日をなんとか未来につないでいくということなんだな、と思います。

―― 本当にそういう小さいものを積み上げてなんとか生き凌ぐというか、積み重ねていくことが、本人にとってすごく大切なものになっていくのだということを、『恋人たち』の3人を見ていても、すごく感じ入るものが多かったです。


映画も文章も、もっと自由であっていい

橋口『恋人たち』では3つの話が重なっているということだけで、どう映画を見ていいかわからないという人もいます。そういう人は意外と多いし、年齢に関係ないです。
 映画は漫然と見てはダメだと思うし、漫然と見ていたら表層のストーリーしか入ってきません。僕の映画を批判する人ももちろんいますが、批判している人のTwitterなんかを見ているとね、「不細工ばっかり出てる」「汚い部屋に住んでいるような人間が出てくる映画は見たくない」とか、表層しか捉えてないようなものが多いです。それって、イジメで「お前、ブス、デブ」って言っているようなものでしょう。そういう人たちは本当に今を生きてない人たちだなあと思います。

―― 本当にそうですね。

橋口最近はものすごく説明過多ですね、すべてのものが。それに慣れてしまっていたり、ステレオタイプに物を見ている人が多いんだなと感じます。テレビドラマもそうですね。とくに若い役者はみんな、悲しいときはこう、怒ってるときはこうだという、記号のような芝居をします。それで「OK」って言われるから、「これが演技なんだ」とテレビドラマで芝居を覚えてくる。みんなが同じ芝居をする。でも次のイケメンなんていくらでもいるんだから、年を取ったらどれだけでも替えが効くということですよね。

 見る側も「こういうことだ」と思って見るので、そうじゃない人間の姿を見たときにまったくわからない。「人間ってこう」「映画はこうあるべき」「小説だったらこうなる」みたいな枠があって、そこから外れるものを見るとロジックが崩れてしまって、どう捉えていいかわからなくなっているなと思います。もっと文章にしても映画にしても、自由であっていいですよね。
 枠から外れて、「こういうふうな表現があるんだ」と発見することが知の喜びだと思う。それを全部排除して、「これ以外はダメ」「それ以外は受け入れられない」というのはすごく怖いです。

―― 今はそうなってるなと思います。それってでも、すごく窮屈で息苦しい世の中ですよね。

橋口お互いがお互いに首を絞めあっているようなことが続くと自分たちも息苦しくなってくるし、自分たちも面白いものが見えなくなってくるのになぁと思います。そして、たとえば差別なら差別の感情が日本には「ある」のに、ないことにしているということが一番いけないと思うので、そういうことはできるだけ見えるものにしていきたいと思っていますね。



完璧に自分の中で理解できるまで何度も読んだ

―― 橋口監督は、今までどういう本を読まれてきたのですか?

橋口目が悪くなってからほとんど読んでいないんですが、若いころは、J・D・サリンジャーやジョン・アップダイクが愛読書でした。サム・シェパードの戯曲とか、リアルに人間の感情を書いているようなものを割と好んで読んでいましたね。けれどそのうち20歳くらいで、「自分にしか撮れない映画ってなんだろう」と考えはじめて、なんとか自分を作ろうとしていた時期に橋本治さんの本に出会って。だから今まで一番読んだのは、橋本治さんです。『秘本世界生玉子』という名著があるんですが、何回読んだかわかりません。
 僕は自分は頭が悪くて、「自分は理論的に物事を考えるのが苦手な人間だ」「理屈が苦手な人間だ」と思ってた。大学の友だちに「大島渚のあの作品はこうこうこうで」という話をされても、全然わからなかったですし(笑)。

―― そうだったんですか!

橋口でも橋本さんの本を読んだとき、「ああ、ここに自分のわからなかった世界のことが書いてある」という感覚だけはあったんです。だから、一行読んだらその一行を自分が理解できるまで読みました。「これはこういうことなんだ!」とわかって次に進むという、とにかく完璧に自分の中で理解できるまで、何度も何度も読んで、という読み方をしましたね。何日かかっただろう。あんなに集中して熱心に本を読んだのは、あのときくらいです。

―― 橋口監督は、漫画もお好きだとか。

橋口漫画も大好きで、諸星大二郎さんと星野之宣さんはいまだに買っています。いまだに買ってるのはそのお二人だけです。最近は傑作選みたいな編集版みたいなものがたくさん出てるんだけれど、今って立ち読みができないから、同じ本を3冊持っていたりして(笑)。

―― わかります(笑)。


もう一度、自分の半生を積み上げていくような気持ちで書いた

橋口あとはエッセイだと、向田邦子さんのエッセイが好きです。ドラマも拝見してもちろん好きなんですが、なんてことない日常を書かれているのに、プッと笑って最後に「そういうことってあるなぁ」と思わせる。
 僕は向田邦子さんのように戦争を体験しているわけでもないし、厳格な父親がいたわけじゃない。でもふとこちら側の生活に寄って、腑に落ちさせて、気持ち良く、すっと終われる。なんてうまいんだろうと思ってね。向田邦子さんがエッセイのお手本として、自分の頭の中にありますね。
 エッセイのウエイトと言うんでしょうか。読んだほうも、ちょっと何かを知ったような気になれて、ちょっとイタさも感じたり、いろんな感情が湧き上がってくるような、適度な重さを持って読み手が読めるような。

―― あの、重すぎず軽すぎずのやわらかさが、絶妙ですよね。

『まっすぐ』橋口亮輔(ele-king books)

橋口そうなんです。この『まっすぐ』も、読んだ方が晴れやかな気持ちになったらいいなと思って書きました。重〜いネガティブな、ネットの誹謗中傷を読んだときみたいな気持ちにだけにはしたくないと思っていて。

 自分が信じているものも、信条さえも失ったと思っていましたけれど、変わらず自分の中に信じているものや美しいものがあって、こんなに好きな人たちがいるんだという、自分の明るい側面を書いていこうと思って始めたのが、この『まっすぐ』の元になっている連載だったんです。
 「人って優しいよね」「人って突き詰めれば善意だよね」みたいな、性善説的な綺麗ごとで終わらずに本当のことを言いながら、人生の美しい側面を書いていくことで、ブロックを積みなおしていくようでした。これは確かに自分の人生にとって確かなものだった、ってブロックを置いて、また次の一回で「あ、これも確かなものだった」と置いて、もう一度自分の半生を積み上げていくような気持ちで書きました。

―― わたしは『まっすぐ』を読んで、「とりあえず明日の朝は早起きしよう!」と思いました(笑)。早起きして、ちょっと早く会社に行って、仕事がんばろうって、そう思いました。

橋口ああ、本当ですか。それはすごく、よかったです。


   

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橋口亮輔(はしぐち・りょうすけ)

1962年7月13日生まれ、長崎県出身。初の劇場公開映画『二十才の微熱』(92年)が劇場記録を塗り替える大ヒットを記録。2作目となる『渚のシンドバッド』(95)では、ロッテルダム国際映画祭グランプリなど数々の賞に輝く。3作目の『ハッシュ!』(02)は第54回カンヌ国際映画祭監督週間に正式招待され、世界70カ国以上の国で公開。4作目の『ぐるりのこと。』(08)では、初主演の木村多江、リリー・フランキーに数々の演技賞をもたらした。5作目の『恋人たち』(15)では、第89回キネマ旬報ベスト・テンで第1位を獲得したほか、数々の賞を受賞している。エッセイ集に『僕は前からここにいた』(扶桑社文庫)、『無限の荒野で君と出会う日』(情報センター出版局)、『まっすぐ』(Pヴァイン)。小説に『二十歳の微熱』『ハッシュ!』(共に扶桑社文庫)がある。


『恋人たち』→http://koibitotachi.com

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