本屋さんと私


 これまでも、「本屋さんの遊び方」や、「本屋さん発・番外編」などにもご登場くださり、ミシマガジンではおなじみの山下賢二さん。 記事にもある通り、現在はガケ書房を改名・移転し、ホホホ座のメンバーとして活躍されています。
 そんな山下さんが、夏葉社から単著を出されたということで、メンバーもカメも(ガケ書房の亀は、今、ミシマ社の本屋さんにいるのです。詳しくはこちら!)興味津々。

 そして本書、あらゆるベストセラーをさしおいて、なんとミシマ社の本屋さんの2016年春の売上(2月〜5月)で1位に輝きました。この本の執筆時のエピソードや、本のこと、そして本屋さんのこと、山下さんに伺いました! これからミシマ社からホホホ座編集の本も出る予定ですので、どうぞお楽しみに。

(聞き手・構成:田渕洋二郎、写真:宮本陽子、構成補助:菊池まどか、宮本陽子)

第178回 『ガケ書房の頃』ができるまで(山下賢二さん編)

2016.06.30更新

『ガケ書房の頃』ができるまで

―― 『ガケ書房の頃』は、どういうきっかけでつくられたのでしょうか?

山下夏葉社の島田さんからお願いされたんです。3年前ですね。島田さんが新刊の営業で京都にやってくると、いつも2時間くらい話してしまうんですけど、そのときに急にガケ書房のこと書いてみませんかって。まだ、移転も改名もまったく予定になかった時期でガケ書房は普通に通常営業してる時期です。そのまま僕が書くのをサボっていたら、メモリアル本になってしまいました(笑)。

―― おお!

山下僕自身最初は、ガケ書房以前、ガケ書房以降、それからホホホ座のこと、大きく3つの章にしようと思っていたんですけど、目次を見たときに、掴みの要素が3つしかないのも寂しいし、1つ1つの章のタイトルもオモロかったらどこからでも読んでもらえるかなと思い、構成を組みなおしました。

 そういえば先日、「最初から読まないとわからない小説ような本を読むのが最近は辛いので、この本はどこからでも読めたからよかった」と言われたなぁ。

―― 中間部に突然出てくる断片的な日記、「某月某日」の章が、とってもよかったです。

山下おお! その反応が個人的には一番嬉しいかも。なぜ、これを入れたかというと、最初の原稿ではガケ書房の日々のことがあまり出てこなくて、いきなりホホホ座にいってしまう感じがあったんです。それでもう少しガケ書房の時間が感じられるものを書いて欲しいと島田さんから言われて。
 それで、どうしようかなと思ってたら、以前、書いていたブログのコーナーを思い出した。この文章はガケ書房やっていた頃に書いていたものなので、まさに日々の心境というか日記的時間が記録されていました。
 アフォリズム(格言)っぽくていいでしょ。僕がいうたら、アホリズムかもしれへんけど(笑)



本の主役を演じる体験

―― 本を書かれてみてどうでした?

山下ちょっと前に『わたしがカフェをはじめた日』という本を編集したんですけど、そのときは本全体のイメージを俯瞰で見れたんです。でも『ガケ書房の頃』のときは、いくら書いても全体像が全然見えなくて。
 結局それはどういうことかっていうと、この本は夏葉社・島田潤一郎の監督作なんですよ。僕は主演という感じ。ホホホ座の本の時は僕が監督だったから全体像が見えたんです。本を作る上で、そういうモードの違いが体験としておもしろかったです。

―― そうだったのですね。この本の中にも、「ホホホ座いうバンド」という章がありましたが、ホホホ座内でもボーカル的な「主役」的役割の人はいますか?

山下バンドという例えは、<草野球的>という意味があるんですけど。大体、企画立案が僕と松本(伸哉)さん。主に僕が全体像や文章や遊び要素の担当。松本さんがビジュアルイメージや文章や整理の担当。早川(宏美)さんがそれらをイラストなどでデザインして具現化する担当。で、加地(猛)くんが、相づち担当。「それ、ええやん」という人。でもこれが必要なんですよ、本当に(笑)。

―― (笑)。本はどういうふうに書かれたんですか?

山下自伝というか、これまで自分でやってきたことなので、作業としては、最初、箇条書きでなんの感情も込めずに書いていったんです。一番最後に詩的要素を加えていった感じですね。あと、文中に登場する現地にも行ったりしました。
 でも、出版の途中にガケ書房が移転・改名するという出来事を経たときに、僕はどこかで「シメた」と思ったのかもしれない。というのは、現在進行形のことより、無くなってしまったもののほうが存在が偶像化されて、みんな思い入れしやすいだろうなと。そういうところはイヤらしい編集者的な考えですね(笑)。

帯に込められた3つの青春

―― 『ガケ書房の頃』になる前の没になったタイトル案などありましたでしょうか?

山下最初はね、「ガケ書房の青春」やったんです。島田さんが言い出したんですけど。青春はないやろ〜と思って。あとは、「ガケ書房の詩」。これは僕が出しました。でも青春とか詩にすると、後から恥ずかしくなるという話になって。それで、『ガケ書房の頃』はどこにもギアが入ってないニュートラルな感じだったので決まりました。帯には、青春が入ったんですけど(笑)。

―― 帯もかっこよかったです。

山下ありがとうございます。この帯の「青春」には、実は3つの青春があるんです。ひとつは僕の青春。もうひとつはそこに通ってくれたお客さんの青春。もうひとつは、本屋が本屋としてやっていけた書店業界の青春。今はもう取次を通して始める本屋さんはあまりなくて、僕はそういうやり方で始めた最後の世代なんですよ。

―― そうだったのですね。

山下ガケ書房の外観も言ってみれば青春そのもので、僕の初期衝動ですよね。とにかく、俺を見てくれ!俺、俺!みたいな感じだったので。
 でも10年もやってたら考えも変わってくるし、後半はもう恥ずかしくて(笑)。青春の墓標ですよ。毎日出勤のたびにどうにかできひんかなーって思ってました。でも、昔聞いた話なんですけど、京都駅でタクシーに載って「車が突っ込んでる本屋さん」って、特徴言ったらあっさり着いたらしいですよ(笑)。マジな話。そういう意味では成功でしたけど。

(つづきます)

   

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山下賢二(やました・けんじ)

1972年京都生まれ。21歳の頃、友達と写真雑誌『ハイキーン』を創刊。その後、出版社の雑誌編集部勤務、古本屋店長、新刊書店勤務などを経て、2004年に「ガケ書房」をオープン。外壁にミニ・クーペが突っ込む目立つ外観と、独特の品ぞろえで全国のファンに愛された。2015年4月1日、「ガケ書房」を移転・改名し「ホホホ座」をオープン。編著として『わたしがカフェをはじめた日。』(小学館)、『ガケ書房の頃』(夏葉社)などがある。

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