本屋さんと私

 『ここは退屈迎えに来て』(幻冬舎文庫)でデビューし、地方での息苦しさを抱えながら生きる女子を描き一躍注目を浴びた作家・山内マリコさん。独特のリズムを持った小説は読んでいるうちに惹き込まれ、現代を生きる私たちの背中をそっと押してくれます。

 そんな山内さんが、この春、初めてのエッセイ集『買い物とわたし』を刊行されました。軽妙な語り口とリズムいいお買い物っぷり、長く使えるものや「どこで買うか」という意識から現代社会での在り方まで、柔らかくしなやかな筆致に思わず自分の「買う」という行動を見つめ直す一冊です。

 今回の「本屋さんと私」では、そんな山内マリコさんに、買い物の話から小説の話、本屋さんとの話を伺いました。
 第2回目は、山内マリコさんの紡ぐ小説と、小説家についてです。

(聞き手:星野友里・新居未希、構成:新居未希)

第182回 ずっと小説を書きたかった

2016.07.29更新

小説家になりたいという欲求をずっと抱えてた

―― 山内さんは小説でも、普通の感覚を持っている人たちのストーリーを書かれていますが、作家として山内さんの語り方はすごく独特だなと思うんです。小説を書くことへの情熱は、どれくらいの頃から持っておられたんでしょうか?

山内小学生のころは、漫画とテレビばっかりで、活字の本はほぼ読まなかったんです。でも中学生になってからは漫画だけじゃ物足りなくなってきて、もっと個人的なものを読みたくなって、自然と小説に手がのびるようになって。最初に自分で選んだ本を最後まで読みきったときに、「なんかこういうの書ける気がする」と思ったんです。その勢いで、将来は作家だ〜と。

―― それは何歳くらいの頃ですか?

山内中学2年生くらいかな? いま思えば、ただの中二病なんだけど......。でも、小説を書くって相当恥ずかしい行為で、なかなか人様に言えないんですよ。けっこうな十字架なんですよね、「小説書きたい」と思ってるって。しかも、思ってるだけで実際に書いているわけでもなかったし。でも、大学生のときにたまたま仲良くなった男の子が、自分の書いた小説を、わりと恥ずかしげもなく他人に読ませてくる子だったんです(笑)。

―― おお!

山内小説の話をしていたら、「俺こういうの書いたんだけど今度読んでよ」と。「マジですか!? それを人に見せられるの!? そういうこともありなんだ!」と思って(笑)。その恥ずかしさ、いい意味での厚顔無恥さに勇気をもらって、「私もやろう!」と。


本気で小説を書いてみなくちゃダメだ!

山内でも実際には、そこから小説を書くまでにはかなり時間がかかりました。大学行きながらとか、フリーターやりながらだと、小説を書く気には全然ならなくて。最初は小説家にこだわらず、物書きだったらなんでもいいかなと思ってライターの仕事もやったんですけど、やっぱり自分の色を出したものを書きたいから、ストレスになってしまって。これはもう、本気で小説を書いてみなくちゃダメだ、わたしは小説家になりたいんだと認めたのが、25歳のときです。

―― それまでも、小説は書かれていたんですか?

山内習作みたいなものは書いていたんですが、信じられないくらい下手で、破綻しまくっているとんでもない代物でしたね......。それで25歳のときに東京に出てきて、2年くらいニート状態で小説を書いては賞に応募して、2008年に「R-18文学賞」という賞の読者賞をいただきました。そのときが27歳。「はぁ〜、よかった」と思ったんですけど、そこから全然単行本が出なくて、苦節いろいろありながらも書き続けて、やっと本が出たのが32歳くらいのとき。その間ずっと、恥との戦いというか、恥とのせめぎ合いでした(笑)。

―― 恥とのせめぎ合い、ですか!

山内小説家志望なんて、社会的にはヤバい人に括られますから。表現欲求という苦しいものを抱えている人でないと、わかってもらえないし、笑われるだけなんで。だからいま、こうやって職業としてものが書けて、いろんなものをアウトプットする場を与えてもらって、本当に幸せです。

―― そんな、知られざるニート時代があったのですね。

山内20代後半は目も当てられないような「惨劇」状態でした。でもニート時代は、いま思えば肥やしになったかな。そういう意味では結果オーライなんですけど、トラウマとして永遠に心に刻みつけられてますね(笑)。


創作意欲を刺激してくれるものが好き

―― 苦闘されていたニート時代は、どうされてたのですか? たとえば、他の人の本を読んで研究されたりしていたのか......。

山内私の場合、読書の原体験がそのまま「自分も小説を書きたい」という気持ちに直結しているので、厳密には純粋な読書家ではないんですね。「小説を書きたい」という気持ちがまずあって、そのうえで小説を読んでいるので、自分の創作意欲を刺激してくれるものが好きです。そうでないものは、最後まで読み通せない。本って読めば読むほどいいとは思うんだけど、意外と本ではないところで、小説のヒントを得ている気がします。映画だったり、音楽だったり。

―― 山内さんの小説には独特のリズムがあるなと思いましたが、客観的な読書をされていたんですね。

山内あとは私、本を読むのがすごく遅いんです。つい、心のなかで音読しちゃうんですよ。速読できる人は、読んでいるときも声は聞こえないんですよね? 私は声しか聞こえないので、自分の文章も心の中で朗読しながら何度も推敲するんです。自分のなかの朗読者が引っかかったら、どんどん赤を入れて、スムーズになるようひたすら整えていきます。だから、最大の長所は読みやすさかな(笑)。


フェミニズムに目覚めて、怒りくさってた

―― 山内さんの小説は、恋愛というよりも女同士の友情だったり、女性が理不尽な状況に置かれていたりすることを書かれているものが多いように思いますが、小説を書くきっかけはどういうところから得られているのでしょうか?

山内2011年から13年の3年間くらい、フェミニズムに目覚めて、怒りくさってた時期があるんです。烈火のごとく怒ってて。なのでその時期に書いたものはとくに、そういう傾向があるかも。『アズミ・ハルコは行方不明』なんかは、まさにそうで。

―― 何がきっかけだったんでしょうか?

山内さすがに20代も後半に入ると、男女平等なんて建前なんだってことに気がつくんですよね。周りからの見られ方が変わってくるし、人生と向き合わなきゃいけない。結婚が現実的な課題になって振りかかるけど、結婚って女性が自分一人の意志でどうこうできるものではない。どうすりゃいいんだーってもやもやが蓄積されていって、素地ができていった感じですね。そこに上野千鶴子さんの本とか一冊でも読んじゃうと、パーン! と、すごい勢いで目覚めました。
 一度目覚めるといろんなものの見え方が変わって、とくに地方都市だと男女の給料格差もひどいし、独身女性に対するセクハラが昭和レベルだったりして、生き辛さをひしひし感じるようになりました。もし自分が地元に居続けたら、どんな気持ちだろうといつも考えて、小さな違和感や、男性社会全般への怒りなんかを全部、小説としてアウトプットした感じですね。
 そうやって出しきったことでちょっと浄化されて、もう少しニュートラルな目線で見れるようになりました。今は男性側の目線とか、私とは違うタイプの女性の意見とかにも耳を傾けられるようになったけど、あの時期はもう本当に、すごく怒ってました(笑)。


私たちの時代で、なにかひとつ前進させられたらいい

―― けれどたまに、女性がそっち側にいることにショックを受けることがあるんです。

山内そっち側って、男性社会の中でうまく立ち回って、できるだけ楽して、おいしい思いをしようと自覚的に生きてる女性ってことですか(笑)? そういう感覚がなさすぎたので、最初わからなかったんですよ。で、あるとき友達とフェミトークしてたら、「でも私の周りにいる女たちはすごく保守的で、手堅い男と結婚することしか考えてないし、あの子たちは自分が働きたいとかお金稼ぎたいとか一切思ってない」と教えてくれて。都会にいて、自分と同じ考えの子とばっかりつるんでいたので知らなかった......。そういう女の人の方がマジョリティなんだって、本当に言われるまで気づかなかったですね。「世の中には私がTwitterでフォローしてないタイプの女もいるんだ!」と。

―― すごく、わかります(笑)。

山内生き方は人それぞれだから否定する気はないけど、たぶん、おいしい目にあえる選択ばかりしている人は、いつかどこかで壁にぶつかると思う。私が20代後半のときに壁にぶつかったみたいに。で、そうなったときに「ざまあ!」とか言って突き放すんじゃなくて、女の人を助けられる女になりたいなと思います。

―― すごい......その境地に到達されたのはいつですか?

山内え! いつだろう? 女の人の歴史って、脈々と連帯しているんですよね。それこそ、70年代のウーマンリブをがんばってくれた人のおかげで、自分たちの選択肢の多さがあるわけだし。もちろん、その前には『青鞜』があったり。ある世代が役割を果たして、さらに次の世代がもう一つ上の役割を果たし、そうやっていろんな人が大変な思いをして、ちょっとずつ勝ち取ってきたものの上にいま私たちがいるから。そういうのを知ると、同世代と揉めてる場合じゃないなぁと。

―― なるほど。いますごく目が醒める思いでした。

山内でもこのあいだ、ショックだったことがあって......。もう70歳に近い団塊世代の私の父が、同窓会の同級生の写真を見ながら、「誰々が老けた」「誰々が跡形もなかった」みたいな話をしていて。「いいところに嫁いで苦労してない人はなんかツルッとしてるんだよね」「やっぱり苦労してる女の人は顔とか身なりに出てる」というのを聞いたときに、ちょっと死のうかと思いました(笑)。

―― わー!

山内私のこの何年かの苦闘が! いまそれを全否定されてしまった! と。苦労したらどっと老けて、金持ちに嫁いだら苦労もしなくて綺麗なままだったなんて......ウワーッ! となって(笑)。ツラいところですよね。でもやっぱり、この私たちの時代で、なにかひとつ前進させられたらいいかなと思います。女の人に生まれる醍醐味は、そこなんじゃないかと。

―― いつも勇気をいただいています。


(次回は、本屋さんとのお話についてです)

   

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山内マリコ(やまうち・まりこ)

1980年富山県生まれ。大阪芸術大学映像学科卒業後、京都でのライター生活を経て上京。2012年『ここは退屈迎えに来て』でデビュー。他の著書に『さみしくなったら名前を呼んで』『かわいい結婚』『東京23話』、エッセイに『買い物とわたし』などがある。2作目の『アズミ・ハルコは行方不明』が映画化(監督・松居大悟、主演・蒼井優)、12月公開予定。

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