本屋さんと私

 歌人であり、エッセイ、絵本など幅広く活躍されている穂村弘さん。
 その作品には、穂村さんならではの言葉たちや、世界に及び腰な姿(これがまた素敵なのだからすごい)、ほかにない眼差しが込められていて、つい引き込まれてしまいます。

 歌集『シンジケート』でデビューして以来、数多くの読者を虜にしてきた穂村さん。そんな穂村弘さんの最新エッセイ集『鳥肌が』(PHP研究所)が2016年7月に刊行されました。
 小さな子どもと大きな犬が遊んでいるのを見るのがこわい。自分以外の全員は実は......という状況がこわい。あらゆる違和感や「ズレ」の瞬間をあつめたエッセイです。

 雑誌『PHPスペシャル』での連載がまとまった本書。連載の担当編集者が、ミシマガジンでも「よろしな。」でおなじみの丹所千佳さんなのです。

 ミシマ社編集部のなかにも穂村さんファンは数多く、そんなご縁もあったことから、『鳥肌が』の刊行記念として、京都・誠光社さんでおこなわれたトークイベントの様子を前2回ではお届けしてきました。
 最終回は、イベント終わりの穂村さんにインタビュー。本屋さんや本のお話を、丹所さんと一緒に伺いました。

(聞き手:丹所千佳、新居未希、写真:新居未希)

第186回 一日の仕上げに、本に触りたい

2016.09.28更新

本を読むことの純度

―― 穂村さんは、少女漫画からSF小説、短歌に文学とかなり幅広い作品を読まれていらっしゃいますよね。昔から読書はお好きだったのですか?

穂村子どものころはよく本を読んでいましたね。だんだん冊数は減っていると思います。なんだか年々読むのが遅くなっている気がしていて、どうしてかは自分ではわからないのだけど、読むのに時間がかかるようになりました。昔は集中力が違ったのかなあ。

丹所本を読むのにも体力がいりますよね。

穂村うん。あと、(本を読んでいて)わからないことがあっても、子どものころはわからないことだらけだから別に気にならなかったのかもしれないですね。いまは自分のなかで文脈が見失われると不安になって、「えっ?」って思ったりするから、そういう違いもあるのかも。本を読むことの純度が一番高かったのは中学生くらいまでだと思います。だんだん物としての本とか場所としての書店とか、そういうものにどんどん意識がいくようになりました。遊びにいったときに「ここにいま本屋さんが一軒あればな」と感じるような、そういう気持ち。それって単純に「本を読みたい」という意識とは少し違っていませんか? 一日の終わりに、仕上げとして、夜中にやっている古本屋さんに行って本に触りたい、みたいな欲望です。

―― なんだかわかる気がします。いまでも、本屋さんにはよく行かれますか?

穂村そうですね、一時期行かなくなっていたけれど、いままた行くようになっているかもしれないですね。

―― 行かなくなっていたのは、本を読む数が減ったから......?

穂村いえ、三次元の書店には、本しか置いてないからです。僕が欲しい昔の船の食堂のメニューとか杉浦非水や高橋春佳の絵葉書とかエアラインのステッカーとかメトロポリスのチラシみたいな紙ものがないんです。紙ものばかり探しすぎて、ネットのオークションでしか見つけられない気がしていた時期があったので。僕だけじゃないんだけど、古書マニアの中には、本から雑誌にいき、雑誌から紙ものにいくみたいな流れの人がいるんですが、それはもう読書家でもなんでもないんだよね。紙ものっていうのは、書体や色が珍しかったり、自分が知らなかった時代、国、幻の世界のよすがみたいなものです。そういうものを異常に欲してしまう。いまはなくなった満州の、いまはなくなった満州鉄道の、いまはなくなった亜細亜号の乗船記念ステッカー、みたいなものは、本屋さんには売ってないんだよね。そういうのをネットで買おうとすると、どこかのおじいさんが何万円でもそこにつっこんでくる、みたいな、それはもう本好きとは違う魑魅魍魎の世界で、僕はけっこうそっち寄りになっちゃっていますね。







24年組の革新的な仕事

―― 先ほどトークイベントのなかで、中学生くらいのころは、レイモンド・チャンドラーの描くフィリップ・マーロウに猛烈に憧れていたとおっしゃっていましたが、ほかにはどんなものを読まれていたんでしょうか?

穂村そうだな、チャンドラーのほかだと、倉橋由美子も好きでしたね。江戸川乱歩や都筑道夫や大藪春彦や小松左京、あとは漫画ですね。24年組(*)の少女漫画。

―― そう、少女漫画も多く読まれていたんですよね。

穂村少女漫画は(少年漫画とは)まったくちがう、革新的な仕事ですよ。だって当時の少年漫画は、立身出世だもん。貧乏だったり少年院だったりする低いところから、野球やボクシングという武器を身につけてこの世で出世して、『巨人の星』や『あしたのジョー』になる。そこに女の出る幕はなくて、電柱の陰から見守るっていう話ですよね。24年組以前の少女漫画も、人生のまだふわふわしているときに「見初められる」というのが大事であり、王子さまに愛されて幸せになる、というものでした。(24年組以前は)少年漫画も少女漫画も現況の社会システムを強化するというストーリーでしかなかった。それに真っ向から対立するものを、彼女たちはエンタテイメントとして集団で出してきている。しかも当時二十歳そこそこの人たちが、その空気感をビビッドに感じ取って、こんなものに与したくない! という感覚で描いていたわけですから。

丹所すごい感性ですよね。

穂村だから彼女たちは全員、同性愛のことを描いているでしょう。当時の反社会性、マイノリティ性みたいなものからある理想を抽出しようとしたとき、同性を愛するというモデルに、全員がまったく違ったルートから行き着いたというのはすごく興味深いことですよね。

―― 24年組の漫画を読み返していると、たとえばすこし前に話題になった母娘問題とかも、もう全部描いてあったりしますよね。

穂村『イグアナの娘』(萩尾望都著)とかですよね。いやもう、素晴らしいですよ。本当に。

(*)編集部註:昭和24(1949)年頃の生まれで、1970年代に少女漫画の軸を担った女性漫画家たちのことを指す。萩尾望都、竹宮惠子、大島弓子ら10人。


古びた佇まいのなかの衝撃

―― 本屋さんは、具体的にお店の名前を出すとすると、どちらに行かれることが多いですか?

穂村うーん、どこに行ってるだろう。古書店なら中央線の近所には「音羽館」「にわとり文庫」「盛林堂書房」「ささま書店」「コンコ堂」「水中書店」、あと吉祥寺の「百年」とかは比較的よく行っているけれど、それでもここ数カ月行けていないし......。京都といえば「三月書房」と「アスタルテ書房」のイメージでした。それから「恵文社一乗寺店」ね。(元店長の)堀部さんは、政治家より凄いって思った。だって、極端なことを言えば、本をセレクトするという行為で街並みを変えたわけですから。
 いまはもう、セレクトショップの類は珍しくなくなっちゃったけれど、すこし前はそんなお店はなかったです。だから、若い頃、偶然、三月書房に入った時のことは忘れられないですね。なんだこれは! と思いました。そのあと、東京でもセレクト本屋さんに行ってみたけれど、そういうところってやっぱりおしゃれで。

―― うんうん。

穂村いや、おしゃれで全然いいんだけど(笑)、三月書房はあの古びた佇まいのなかのセレクトの濃度がすごかった。ほとんど物質化したオーラですよね。本の並びを見ていって、その中に一人だけ知らない作家さんの本があると、それがどういう本かちゃんとわかるわけです。棚の並びでそれを伝えるというかこちらに価値を手渡すって、すごいなあって。初めて(三月書房に)行ったときは一日中あそこに居て、端から端まで棚を見ていったのを覚えています。


誰の本を読んでる人と友だちになりたい?

穂村あとは恵文社一乗寺店に行くと、「このお店のなかにいる人とは全員友達になれるんじゃないか」みたいなムードがあって、場当たり的に友だちを探すくらいなら、ここで自己紹介をして友達を作ったほうが話が早いんじゃないかなと思ったこともあります(笑)。東京だと、いろんな人がランダムに散らばっているから、「ここにいる人とは全員...」みたいなことって思いにくいので。

―― なるほど。ではたとえば、穂村さんが「この作家さんを読んでる人とは友だちになれる!」みたいに思う作家さんっていらっしゃいますか?

穂村難しいですねえ。あまりにも好きすぎると、なんだか恥ずかしくなっちゃって。「大島弓子、大好きなんです」とか言われると絶句して一言も話せなくなってしまいそうな感じがあります(笑)。それはどういう心理なのかな......でも、大島弓子はちょっと特別だなという感じがあるんですよね。

―― ほお。それは、どうしてですか?

穂村はじめて本を出すとき、全ジャンルのなかで一番好きな人に帯を頼もうということになって、誰? と聞かれたから大島弓子って言ったんです。楳図かずおさんのファンとは、好きなシーンを言い合うとかしたいけど、大島さんだと、なんかそれができない(笑)。

―― 好きすぎてですか?(笑)

穂村たとえば、萩尾望都は「世界の」萩尾望都でしょう。でも、大島弓子は「僕の」大島弓子なんです。そして大島弓子好きはみんなそう思っていると思う。だから、話し合うことができない。

―― それはたしかにそうかもしれないですね。あとは作家性もそうな気がします。

穂村それはもちろん、ありますね。そう言えば以前、「電車のなかで誰の本を読んでいたらその人のことを好きになるか」と聞かれたときに「諸星大二郎」って答えたんですけど、なぜかブーイングがすごくて(笑)。女性から、「わたしはよく電車のなかで諸星大二郎を読むけれどまったくモテません」ってクレームがきたり。いまでも、僕は諸星大二郎はばっちりだと思うんですけどね。楳図かずおはちょっといきすぎのような......

丹所楳図さんは嫌なんですか?(笑)

穂村いや、作品は最高ですよ! でも、女性が電車の中で読むとなると(笑)、どうだろう。諸星大二郎、だめかなあ。

* 穂村さんの感性あふれる最新エッセイ『鳥肌が』(PHP研究所)現在発売中です。まさに「鳥肌」モノの装丁も素敵! ぜひお手にとってみてください。


   

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穂村 弘(ほむら・ひろし)

1962年、北海道生まれ。歌人。1990年、歌集『シンジケート』でデビュー。エッセイ、評論、絵本、翻訳などでも活躍する。短歌評論『短歌の友人』で伊藤整文学賞を受賞。著書に、歌集『ラインマーカーズ』、詩集『求愛瞳孔反射』、エッセイ集『世界音痴』『絶叫委員会』『君がいない夜のごはん』『蚊がいる』「にょっ記」シリーズなど多数。

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