本屋さんと私


初の著書『身体知性』を上梓された佐藤友亮さん。
本作は、医者と武道家というふたつの立場から、西洋的なものと東洋的なものを跨いだ身体の知性を探ろうとする、野心的、スリリングかつ知的な一冊に仕上がっています。
そんな本を、最初の著作で書き上げた佐藤さんってどんな人なんでしょう?
プロフィールを見ると、「1971年生まれ。岩手医科大学卒業」のあと、大阪に出てきたり、合気道を始めたり、などさまざまなことが書かれていて、「2017年現在、合気道凱風館(内田樹師範)の塾頭として道場運営に携わる」とあります。
はて? 
第2回目の今日は、いよいよ「身体知性」とは何か? に迫ります。

(聞き手、構成、写真:三島邦弘)

第203回 「身体知性」ってなんだろう?

2017.11.07更新

身体を通して感情を穏やかにする

―― タイトルにもなっている「身体知性」ですが、ぜひ、その意味を教えてください。

佐藤"身体知性"って四字熟語のような言葉って、ありそうでありませんよね。ちょっとだけこの本について言うと、全体の構成が「西洋と東洋を結ぶ」というなかで、簡単にいうと「分析性と非分析性」がいかに結ばれるかというような話になっています。ひとことで言うならば、人間に不可欠な非分析的な判断を担っているのが身体です。その身体が非分析的判断に対して働かせるのが、"身体知性"と考えています。

―― いま、「非分析的判断」が人間に不可欠だとおっしゃいましたけど、ここをもう少し説明していただけますか?

佐藤これは簡単に言いますと、分析的な判断ができるということは要するに証拠を集めて、証拠をもとに何らかの判断を下す、ということなんですね。それは証拠さえ集まれば基本的に答えは決まってくるものです。それに対して、本のなかでも取りあげたんですけど、たとえば結婚とか、事業を興すとか、就職とか、根拠は集められても答えがあらかじめないものに対しても、人間は判断を行わなければならない。実はそちらの方が、人生において重要な判断であることが多いんですね。

―― なるほど(笑)。

佐藤そこにこそ、身体というものを使わなきゃいけない。もう少しだけ補足しますと、当然それは根拠がない中で判断しなきゃいけないわけです。何が大事かというと、心が落ち着いた状態であること。身体を経由して形成される感情が穏やかで、良い判断ができる状態にあること。
ごくごく簡単に言ってしまうと、身体を通して感情を良い状態に保つということが"身体知性"である。そういうふうにいえるんじゃないかなと思っています。逆にいうならば、非分析的な判断は人生においてとても重要なものだけれども、感情の変化の影響を受けやすいという弱点を持っています。


身体知性を高めると、生きやすくなる?

―― ちなみに、"身体知"と"身体知性"はどう違うんでしょう?

佐藤率直に言うと私、"身体知"と"身体知性"が違うとか、そんなこだわりを持ってるわけじゃありません。行いたかったのは、"身体知性"という名前をつけることで、分析と非分析の橋渡しをする役割を身体が持っているということをキーワード化する、ということです。

―― なるほどなるほど。たしかに"身体知"っていったら別にそこを結ぶようなことではないですものね。暗黙知も含めた知識、メタナレッヂということですもんね。

佐藤そうですね。たとえば吉本ばななさんの本に『体は全部知っている』がありますが、「体は全部知っている」というのは、暗黙知とかそういうことをすごく連想させますね。すでに身体が持っている知的財産をもとに何らかの判断を下す。それに対して、私が言いたかったことは、いまここでなにか判断をしなきゃいけないというときに、その判断をさせるのは身体を介した感情形成だと。身体と感情形成は、判断を行うための手段だということです。

―― なるほど。 "身体知性"を高めていくということは、言ってみればいい感情の状態を築いて、判断も間違わないようになる、ということでもあると。

佐藤そうですね。合理的な判断ができる。だからといって、コミュニカティブな身体って、常にまちがわないとかそういうことが私は言いたいんじゃなくて、やっぱりまちがうじゃないですか(笑)。でもまちがっても、そのまちがったこととか、「まちがった」ということに気づいたりとか。そういうものに対しても対応しやすかったり。

―― そこが大切ですよね。

佐藤謝るべきときに、すぐ謝るとか(笑)。すぐ方針転換したりとか(笑)。なんかそういう「知性」が機能すれば、生きやすいんじゃないかなっていう気がします。


"分析"を捨ててはいけない

―― 「なんとなくそうかな」と直感的に思っていたことが、とても丁寧に、西洋医学にも通じるかたちで書かれているのが、この本の特徴のひとつですよね。

佐藤執筆中、自分自身でひとつ絶対したいと思っていたことは、論理性とか思考というものを放棄する形にしたくなかった。たとえば東洋的な"統合的な身体"というものであったとしても、それをできるだけ西洋の言葉だったり、過去の研究だったり、ある程度説明的に、丁寧に、先につながるように、あるいは次に同じようなことを考える人が、ここからつないでいけるようなものにしたかった。それは強く思っていました。

―― そこが本書のユニークなところです。

佐藤ありがとうございます。あとはちょっと話が戻るんですけど私は西洋医学のお医者さんでも非常に能力の高い市井のお医者さんってたくさんいると思うんですよね。

―― そうですよね。

佐藤ただ、本の中でも触れたんですが、お医者さん固有の素晴らしさや臨床能力って人に伝えにくいところがあると思うんですよ。個人が自分で自分の能力を発揮する、まさに身体性を発揮する形でしか医師としての能力って統合的には、分析と非分析という意味ですけど、全体的にはなかなか育ちにくい。それで、そういう能力について考えるためのプラットフォームを作りたかったんですね。

―― はい。

佐藤ちょっとだけ大風呂敷を広げると、ここでは"医師の交換可能性と不可能性"というような形でも言ったんですが、医師が身につけるべき能力っていうもののプラットフォームみたいなものをできたらいいなぁというのはすごく思いました。

―― すごく必要なことだと思います。

佐藤本の最後に、内田先生と対談をさせていただきました。実はこのなかで最終的に行き着いたところが時間の話でした。それが、私にとっての大きな喜びだったんですね。時間というものをどういうふうに尊重していくか、ということはコミュニケーションの根幹につながると思っています。そしてそれが、分析と非分析をつなげるときに、無くてはならない役割を担っているんです。

―― どういうことでしょう?

佐藤もうちょっとわかりやすい言い方にすると、憧れる先輩に付いてそれを学ぶとか、後輩の姿を黙って辛抱強く見て、自分に振り返るとか。あるいは仲間に刺激を受ける、相談し合う、とかそういう、共有する時間が人を育てるんじゃないかなぁという気はしますけどねぇ。

―― いやぁ、本当にそうですよねぇ。

佐藤今回の本では、医学のことを手段として使ったつもりだったんですけど、本当に言いたかったことはそういうことです。

―― これは「教育」にかかわることだと思うのですが、いまの学校教育の基本は、ある目標を設定してそれをクリアしていくという直線的になりがちです。その最たるものが受験教育かと思います。それをある意味、「まじめ」に取り組んできた人たちが、佐藤さんがここでおっしゃったようなことって、パッとは理解できないですよね。

佐藤入ってこないですね。受験をはじめ、積み上げということだけに価値が置かれているような場所で何が起きてくるかというと、本質的な理解や成長よりも、「その場所を取り繕う」といったことが出てくると思うんですね。たとえば柔道だったら試合で勝つことだけを目指す、といったふうに。"勝敗"、"優劣"というものが本来の目的とすり変わってくるということがどうしてもでてくる。

それはいい面もあるんですが、それだけだと抜け落ちてくるものがでてくる。先に述べた、"分析""非分析"のセットとある意味似た構図になっていると思っています。つまり、ここでも、分析的な営みって絶対になくしちゃいけないと。

―― そうですよね。

佐藤絶対それを否定する気もないし、私は西洋医学の医師ですので。それはものすごく大事にしないといけないものです。学校教育においても、競技的な部分が強調されている面がある。そして、それはメリットもある。ただそのやり方の限界や問題というものは、意識してないといけないと思うんですよね。一方では、私は非分析的だったり、非競技的だっだりする活動を通して、あまり伸ばせない部分というものも意識しないといけないと思ってるんです。

―― いやぁ、そうですよねぇ。

佐藤どこまでが分析で、どこからが非分析か、ということを考え出すと、混乱をきたしたり、最終的には分析が強くなりすぎるような気がするんです(笑)シンプルに言うと、分析を大事にしつつ、自分や他人とのコミュニケーションをそれと同じくらい大切にする、ということがよいのではないかと思います。私が知っている、非常に有能な医師や医学研究者は、自分の枠組みの外側から情報や概念を取り入れる能力に長けています。これが、「コミュニケーションを分析の力」にする、ということなんではないかと思うんですよ。


(次回、「身体知性の高まる本屋さん」についてうかがいました。)

    

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佐藤友亮

1971年盛岡市生まれ。医学博士、日本内科学会認定内科医、血液専門医。1997年岩手医科大学医学部卒業。初期研修後、血液内科(貧血や血液がんを診る内科)の診療に従事するも、白血病の治療成績に大きな困難を感じ、2001年に大阪大学大学院医学系研究科入学。大学院修了後、阪大病院の血液・腫瘍内科で、血液学の臨床と研究を行う。2012年より神戸松蔭女子学院大学准教授。2002年に、東洋的身体運用に興味を持ち、神戸女学院大学合気道会(内田樹師範)に入会。2017年現在、合気道凱風館塾頭(会員代表)として道場運営に携わる。公益財団法人合気会四段。神戸松蔭女子学院大学合気道部顧問

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