ホんまかいな通信

第4回 新シリーズ!ほーんまかいな通信

2016.04.13更新


口内炎になっていたところを噛んだところが痛い 

(アルベール・プランク 1918年の日記より)

 愛媛県伊予三島市の施設に入っている私の祖母は昨年末に100歳になった。見舞いに行っても祖母は微かに「ホ」の字が乗った息を「ほー」と吐くだけで何も言えないのだが、そこまでになると、わからないこと、わからないとわかることを言っていた頃よりもいろいろわかっているのではないか、とこちらは考える。私は祖母の「ほー」の内に100年を思う。プランクが痛がっていた時には愛媛県宇摩郡関川村できっともう祖母である幼児は歩いていたのだ。「ばあちゃん、100年て長かった?」ときくと、「そら長かろう」と言っているようにも聞こえるし「あっちゅう間じゃった」と言っているようにも思う。以下は私が、ついこないだのことのように記憶している40年前の話です。

 2階のホホホ座の番人、松本伸哉さんのことを私はシンヤくんと呼んでいる。心の底からシンヤくん、だ。しかし自分でもよくわからないが酔うとなぜか、松本さんと呼ぶ。松本さん、と呼んでいるときは酒を飲んで酔っぱらっているのだ。
 私は子どもの頃、香川県観音寺市の有明町というところに住んでいた。海まで歩いて5分、芦原すなおの小説「青春デンデケデケデケ」の映画版で主人公のちっくんが女の子と二人でぷらぷら歩いて海に泳ぎに行っていた、あそこの感じ、というかあそこに住んでいた。松本さんは、夏休みになると京都から有明のお爺さんの家に泊まりにやってくる「イタリア人のハーフのこ」として有名で(実際はクオーター)、来るとたぶん2週間くらいはいたように思うのだが、周りの子どもたちの誰からも、松本さんと遊んだという話が出たことはなかった。背が高くて年上で近寄りがたいというのもあったろうが、一人で遊んでいる松本さんを見かけるとたいてい杭に結わえつけた車のタイヤをバットで野球とは関係のない種類の激しさでぶっ叩いていたり、夜中に路地を動物のように四つ脚歩行で歩きまわって人を驚かせたりしていたので、みんな怖くて近づけなかったようなのだ。私がそんな「イタリア人のハーフのこ」をなんとなく認識したのは小学校に上がってからで、出会ったのは1974年、私が8歳のときの夏休みだった。その1年くらい前から私の家では犬を飼うようになっていて、私は朝夕と犬を連れて散歩に出ていたのだが、その日、同じくお爺さんのところの犬を散歩に連れて浜に来ていた松本さんと出会ったのだった。ちょうど夕べのご飯時に家族がイタリア人のハーフのこがまた今日から来ているらしいと話しているのを聞いていて、私はすぐに松本さんがわかった。松本さんは連れている犬のヒモを口にくわえて自分も四つ脚になり、慣れた様子で小走りしていた。お爺さんのところの犬は散歩の時にはしきりに何やらフガフガと鼻を鳴らすのだが松本さんもフガフガ言っていて、その変なコンビネーションが向こうから林を抜けてやってくるのだった。私のところの犬と松本さんのお爺さんのところの犬はとても仲がよかったので、私はあの四つ脚走行中のお兄さんに「ハロー」と挨拶しなくてはいけない、と身構えていた。しかし松本さんは「うごっ」だとか「うごっ」だとか「るーが」だとか唸りながら通り過ぎて行ってしまった。「るーが」と唸った時にメガネが落ちた。私はメガネを拾って1日悩んだ末に、松本さんのおじいさんの家を訪れた。
 行くと門口に松本さんが二足で立って手を振っていて、「ちょっと来て」と言ってそのまま中へ連れて行かれてしまった。初めて入るお爺さんの家の庭には池があって、大きな錦鯉がうじゃうじゃ泳いでいて、私は鯉を見たかったが松本さんは早足で庭を通り抜け、納屋の脇へまわるとそこには車が一台停めてあった。見慣れないような赤い色の、キレイな車だった。私は車がかっこいいので喜んだ。松本さんは車のドアを開け、中でどこかに触れ、それから車の前に立って前面のボンネットを開けた。私は思わず「スゲー!」と声を発したが、松本さんはいたってクールで、「ここ、見てみろ」と言ってボンネットの中を示した。中は鉄、機械のようなものでごちゃごちゃしながらも未知の秩序を予感させる、とてもかっこいいことになっていて、私は興奮してまたスゲー! と声をあげそうになったが先に松本さんが、「これ、なんやと思う?」と機械の上に二つ転がっている白っぽい短い木の枝のようなものを指差すので、一瞬、これ? 何? と考えてテキトーに「木」と答えるが、松本さんが「骨やろ」と言って、私は人の骨と思ってビックリして黙ってしまった。「猫が車の下から入ってなんか食うたかしたんや」と松本さんが言った。「なんか食うたかした」のは怖かったが私は猫が出てきて安心したのかそーっと媚びるように、「 猫じゃろか、犬じゃなかろか」と言った。松本さんはしばらく私の顔をじっと見てその顔はうっすら笑っているようで私はまた怖くなってきていた。そして松本さんが、「犬は入られへんやろ」と言った。私は、猫は入って食べられるが、犬は入って食べられない、その違いが怖くて怖くてたまらなかった。

イラスト:よこづな文庫

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加地猛かじ・たけし

ホホホ座座員。本業は100000tアローントコ店主。

京都市役所の横でレコードと古本を売り買いしている。42歳。太ったり痩せたり太ったり。だいたいだらしなく太っています。申し訳ない。

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