ホんまかいな通信

第7回 恐怖!ホホホ座三条大橋店の怪通信

2016.08.02更新

 京都三条大橋西詰下る。昔はこの辺りは今の倍以上幅広で河原町くらいまであった鴨川の中州にあって三条河原と呼ばれていた。今は概ね大学のサークルの新歓やらで若者たちが集う楽しげな野外フリースペースと見なされているが、昔の三条河原は処刑場として使われていて、罪人が処刑されるのを橋の上から人々が見物していたという。今から400年ちょっと前の1595年、悪逆の汚名を着せられた豊臣秀次の、妻妾および年少の子を含む縁者39人が三条河原で公開処刑される。遺骸は横っちょに掘られた大穴に放りこまれ、その上にこんもりと土を盛って塚が形成され、塚のてっぺんには秀次の首を入れた石櫃が据え置かれた。それから16年後、その異様な墓があった場所に、菩提を弔う意味で瑞泉寺が建立される。現・瑞泉寺の前住職、中川龍晃さんが話すところによれば、女子供39人を5時間かそこらもかけて年長の者から順に亡き者にしてゆく、その見せしめっぷりが荒ぶり過ぎている、なぜそこまでしたのかが、よくわからないのだそうだ。

 私が本店に断りなく勝手に作っているホホホ座三条大橋店には内装の工事を入れることにした。みどりはホホホ座本店の店員、うめのくんに預かってもらうことになった 。うめのくんは「なんか珍しい感じの犬ですね」と言って顔が笑っていて犬を気に入ってくれたようだった。「散歩が長い以外は普通やから」と言って私はヒモを託した。
 工事を入れる前に日が空くので使い古された民家である現状を生かしたイベントをしようという話になり、ちのり文庫の名前で怖い古本等を売っている黒田くんの指揮で「京都怪談ブックマルシェ」なるイベントを開催、イベントは大盛況で二階で行われた怪談会には延べ80人もの人が参加し、本や雑貨もかき氷も、ずいぶんと売れたようだった。最後の日に、怪談グループのメンバーにして工事の施工者でもある和田くん自らが身を呈して泊まってみて仕上げとする、ことになった。怪談会のメンバーである「視える人」によれば、ここは本当に何か出そうな感じがするけど大丈夫です、ということだった。念を入れて前日には大家である瑞泉寺の住職さんにお経をあげてもらってもいる。その上で最後に、和田くんに何かあったら、などと言っておもしろがっていたのだが本当に何かあってしまった。和田くんは、いなくなってしまった。
 その夜遅く、和田くんはスカイプを使って現場の実況をしたりして遊んでいたらしい。消息がわかっているのは実況を終えて帰ります、とスカイプの対面者らに告げた午前4時頃まで。夜が明けて午前9時に黒田くんが片づけにやって来ると、シャッターの下半分が開いたままになっていて、知らない子供らが中を覗き込んでいる。あれ、和田くんまだいたのかと思うが誰もいない。しかしなんとなく和田くんの気配というか、誰かがすぐに戻って来るつもりでちょっと外に出て行っている、そういう感じがしている。見るとやはり和田くんが通常に持ち歩いているリュックサックが置いてある。あるいは一度帰って、もう片づけに来ているのかもしれない。外に出て座りこんで、一服しながら和田くんの帰りを待つともなく待っていたのだが、兄と妹だろう、中を覗いていたさっきの子供らが、ずっと表でわーきゃー騒いで走り回っていたのが気がつくとすぐ隣に立っていて、座った自分の目と同じ高さで兄の方と目が合って、あ、と思ったら彼がはっきりこう言うのが聞こえた。
 「中で死んでるで。」

 怖いことが大好きな黒田くんはしかしものすごい怖がりなのですぐに私のところへ電話をかけてきた。黒田くんの様子がおかしいが、私はまだ電車に乗っていたので、もう着きます、とだけ伝えて電話を切った。ほどなく三条大橋を渡っていると橋のたもとにえらく具合の悪そうな黒田君が待ち構えていて、その足で鴨川の川べりに誘われ、事の次第を聞かされたのだった。まあ、子供の言うことやし中に入ってみんことには始まらんよな、嫌がる黒田くんを引っぱって店の前までやってくると黒田くんの言う子供は見当たらなかったが、イベントに参加していた古本屋仲間が3人がかりで荷物を外に出していて「どこおったん、誰もおらんとー」とか言ってのんきな感じなので私もずかずか中へ入って行って、まあ少しは怖い気がするので、ことさらに大声で「わだくーん!わだくーん!」とわめき散らしつつ、人が隠れて見えなくなっていそうな場所を見てまわったのだが和田くんはどこにも死んでいず、生きてもいなかった。その後、仲間の皆にも事情を話してまさかと思うような所まで隅々家探ししたのだが、その頃には外でうずくまっている黒田くん以外の全員がおもしろがってそうしていて、結局、何も不審な点はなく、黒田くんをからかったり励ましたりしながら片づけをし終えて帰って行った。和田くんは現れなかったが、朝の4時まではしゃいでいたのだからまだ家で寝てるんやろう、という見当で落着していた。
 和田くんがいない、と言って皆が騒ぎ始めたのはその日の夜になってからである。和田くんの家族から知人を通じて私のところへも連絡がまわってき、関係者総出で探したのだが見つからず、翌日には警察に捜索願いを出した。私は石屋町周辺には防犯カメラが相当数付いているのを知っていたので、なんらかのトラブルに巻き込まれる和田くんの姿が写っている可能性は高いと考えていた。警察の人は慎重で、和田くんがトラブルに巻き込まれたのはこの近辺には限らないが、複数のカメラの映像を繋いでかなりの距離追うことはできるはず、と言った。しかし、和田くんは、カメラに写ってはいなかった。家の中へ入る和田くんは写っていたのだが、家の中から出て来る和田くんが、写っていなかったのだ。
 それから3日の後、工事が延期になったのでいったんみどりが帰ってくることになった。みどりはとてつもなく大きくなっていて、すっかり毛並みも変わって頑丈そうな犬になっていた。「これ、別の犬やん」と訴えるがうめのくんは笑っていて、「え?ミドリですよ、成長したんです」とこともなげに言うのだった。明らかな変貌をこともなげに言うのがすでに怪しい。しぶしぶ連れて帰って店の中へ入れた。インターネットで調べてみると、今のみどりはカンガールドッグというトルコの闘犬にそっくりなのだった。みどりを見てしみじみと「デカいなあ」と思い...、いや別の犬やろ、うめのくん、これ日本で飼ってもいいやつなんか、と思う。しかし今はうめのくんの怪どころではない、和田くんの怪だ。と、そこへ、うめのくんから携帯に着信が。
 「はい、加地です」
 「あー、カジさん、ミドリどうですか?機嫌よくやってますか?」
 「あぁ、まあ普通。それはそうとうめのくん、この犬やっぱみどりちゃうねやろ?みどりどこ行ったんよ」
 「えー、ミドリですよ間違いなく。それはそうとワダさん、見つかりましたか?」 
 「え、誰に聞いたん、和田くん知り合いやっけ?」
 「はい、知ってますよー、よく知ってます」
 「はあ、そうなんや」
 「でですね、そろそろ和田さんも待ちくたびれてると思うんでー、ミドリの」
 「え!なんなん何か知ってんの!?」
 「はい。ミドリのー、ワキをこそばがらせてみてください。」
 「え?」
 「脇の下をー、こそばせて、こそばらがせて?こしょばせて(笑)みてください。コショコショコショって」
 「古書コショコショ?」
 「コショコショコショって。やってみてください」
 「うめのくん、君は、いったい...」
 電話が切れた。みどりを見ると、部屋の真ん中で馬のように突っ立っている。 もう、コショコショコショ待ちしているふうにしか見えない。私は犬の脇ってここのことやんな、と思いながらみどりに上から覆いかぶさるようにして、両の前脚のつけ根の裏側に手をつっこんだ。一応、この場合の「コショコショコショ」の正しい型らしきものを意識しつつ声にも出して「コショコショコショ」を試みた。みどりは微動だにしないが何かが動き出しそうな予感があった。「コショコショコショ」「コショコショコショ」「コショコショコショ」「コショコショコショ」。みどりは半歩、横にズれた。私は全て、うめのくんの怪なのかもしれないという気がし始めていた。

イラスト:よこづな文庫

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加地猛かじ・たけし

ホホホ座座員。本業は100000tアローントコ店主。

京都市役所の横でレコードと古本を売り買いしている。42歳。太ったり痩せたり太ったり。だいたいだらしなく太っています。申し訳ない。

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