今を歩く

第2回 高山 明 (Akira Takayama)

2016.02.17更新

現実に潜む物語

 「現実は小説より奇なり」という言葉があるが、どうやら現実というものはフィクションに起きるような魔術性や偶然性からほど遠いものであるという一般常識がどこかにあるらしい。それもあって、現実に起きることを予測していなかったことが実際に起きると、その現実は「小説より奇なり」と言われてしまう。
 そんなことを考えているとポール・オースターやトルーマン・カポーティの小説が頭に浮かぶ。彼らの小説ではよく主人公が奇妙なことに巻き込まれることから大体物語が始まる。
 夜遅くに奇妙な人間が訪ねてきたり、あるいは間違い電話がかかってくる。普段起きないようなちょっとした出来事が原因で少しずつ歯車が狂い始め、次第に他の人間には見えないものが何かの拍子に見えたような気がしてくる。いつもの「こちら側」の世界から「あちら側」へとシームレスに移行していく。そして物語は森のように広がっていく。

 昨年、演劇家である高山明さんと会った時、確か「物語」に関するそんな話をしたことを覚えている。

 高山さんとの最初の出会いは、銀座エルメスのギャラリーだった。レンゾ・ピアノが建てた晴海通り沿いの空間には、その晩もガラスの壁から色とりどりの銀座の光が染み出していた。会場には何台もの液晶テレビが床に置いてあり、その画面には福島の「希望の牧場」にいる牛達が牧草を食べ続ける様子が映し出されている。よく見ると牛の中にも現状を把握しているのか把握していないのか、少し不安げな顔をする牛や、何食わぬ顔で草を食べ続ける牛、そして周りの牛を押しのけて我先に草を食べようとする牛達と様々いるようだった。画面越しに牛達と目を合わせながら、エルメスが19世紀から牛革製品の製造を生業としていることを思うと奇妙な気がした。

 レセプションの帰り道、夜の街の明かりを眺めながら、時々考えることがまた頭に浮かんできた。自分が今立っている場所では、過去に誰が何をしていたのだろう。そこで生まれた物語はどのようなものだったのだろう。あるいは今すれ違った人、地下鉄で向かいに座っている人は何者だろう。そんな考えが一瞬脳裏をよぎっては去っていく。 
 もちろん実際に街を歩いていて見知らぬ人に声をかけたり、近所の人に聞き込みをしてすぐに気になったことを調べることはまず無い。こんなご時世では不審者と思われるのが関の山だし、実際に何か気になったことでさえ2、3日もするとすぐに忘れてしまう。しかし、いつも通りすぎてしまうはずの場所へ一歩踏み込んで中を覗けばフィクションだったはずの世界がそこに存在していることを知る。そして我々はその小説のような現実の観客であり演者になる。オースターの小説の主人公のように。

 その一歩先へ踏み込んだ人間に、寺山修司が居る。
数年前、寺山修司が制作に関わったテレビ番組を知った(テレビマンユニオンの創設者である萩本晴彦と村木良彦と共に制作している)。
『あなたは』というタイトルのその番組は、駅のホームや路上など、行く先々で人に声をかけ、質問をしてその反応を観察するというなかなかシュールな内容なのだが、突然質問をつきつけられて困惑する大人や妙に冷静に対応する子供など、それら街中で突然話しかけられた人々の反応は見ていて飽きない。
 映像に写る人々をみていると普段いつも自分が「子供達」、「通行人達」、「大人達」、「サラリーマン達」、あるいは「酔っ払い達」といった蓋然的なカテゴリで他者を認識してしまっていることに気付く。そして今では大幅な編集が当たり前になってしまったテレビというメディアが、1960年に撮影された白黒の映像では生き生きとしていて、何が起きるかわからない緊迫感のあるものだったということを知った。
「あなたは誰ですか?」
見知らぬ人に、突然こんな質問をされるというのは小説の中でしか起き得ないシーンかもしれないが、フィクションの様な現実は実際に起こりうるし、起こすことができるという事実を我々は忘れがちなのかもしれない。

 寺山が亡くなってから約20年後。高山さんは更に一歩先へ踏み込んでいた。「外国人」とひとくくりにされるマイノリティー達に焦点を当てた『東京ヘテロトピア』では、神保町の古い中華料理屋、ムスリムが通う都内のモスク、公園にあるモニュメントなど縁がなければ立ち止まることなく通りすぎてしまうような場所を訪れ、そこにかつて存在した個人の物語を掘り起こしている。作品で制作されたスマートフォンのアプリを各場所で起動すると、そこにかつて存在していた人達の物語の朗読を聴くことができる。こうして舞台化された都市の中で、滅多に訪れる機会がないような普通の場所に立ち止まり朗読に耳を傾けると「あちら側」の世界へと壁を抜けてしまう。
 
 現実ではフィクションだったことが、こうして実際にノンフィクションと成りうることを知ると、我々の生きている行為自体は知らず知らずのうちに物語の一部になっている。我々の現在は過去の一部であり、未来の一部でもあるのだ。

©Masahiro Hasunuma

©Masahiro Hasunuma

 『東京ヘテロトピア』の作品は地図に載った場所へ実際に訪れ物語を聴く参加型の演劇。最初はアプリではなく実際にラジオを持って行く仕様だった。実際に現地へ訪れると鑑賞する人々に遭遇することもあり、それも都市を舞台化する作用として機能している。

©Masahiro Hasunuma

 『完全避難マニュアル』はWebsiteが入口となっている参加型演劇。
 参加者は幾つかの質問に答え、山手線の各駅近くにある指定された場所へ訪問する。ホームレスの交流場所や出会いカフェなど、日常では訪れないような場所で、普段交流する機会の無いような人々との会話を体験することとなる。

©Masahiro Hasunuma

©Masahiro Hasunuma

 2014年に公開された『完全避難マニュアル・フランクフルト版』。参加者の様子。

©Masahiro Hasunuma

©Masahiro Hasunuma

 参加者は地図と街のどこかにある目印を元に「避難場所」を目指す。


高山明
1969年生まれ。ドイツで演劇を学んだ後、国内外で演出家・演劇家・アーティストとして活動。2002年、Port B(ポルト・ビー)を結成。既存の演劇の枠組を超えた作品郡を発表。観客論を軸に据え、現実の都市や社会に「演劇=客席」を拡張していく手法により、演劇のアーキテクチャを更新し、社会のなかに新たなプラットフォーム=「劇場2.0」を作ることを試みている。
2013年にはシンクタンクPort観光リサーチセンターを設立。観光、建築、様々なメディアといった異分野とのコラボレーションに活動の領域を拡げ、演劇的発想・思考によって様々なジャンルでの可能性の開拓に取り組んでいる。

銀座メゾンエルメス フォーラムで公開された『ハッピー・アイランド――義人たちのメシア的な宴』
http://www.maisonhermes.jp/ginza/gallery/archives/10076/


『完全避難マニュアル・東京版』
http://hinan-manual.com


『完全避難マニュアル・フランクフルト版』

http://www.evacuation.jp/frankfurt/


『東京ヘテロトピア』(アプリ紹介ページ)

http://portb.net/App/



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小石祐介(こいし・ゆうすけ)

青森県三沢市出身。2014年までコム デ ギャルソンにて国内・海外の企画運営等に携わる。
独立後は、組織の枠組みを超えてデザイナーやアーティストなどと共に企画を立ち上げ展開する企画プラットフォームのNOAVENUEの代表を務めながら、執筆、ブランドのコンサルティング、FREE MAGAZINEの企画にも携わる。趣味は数学書を読むことと、日本で紹介されていない外国人作家の小説の翻訳をすること。

noavenue.com
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