今を歩く

第5回 東欧の異邦人と熱帯の大都会で会う

2016.07.05更新

 バンコクのスワンナプーム空港に降り立つと、じっとりとした湿気のある空気がシャツと肌の間に潜り込んできた。エアコンの送風口から出る冷気は湿気に圧倒され、空港は温水プールの室内のようだった。
 入国審査の際、税関に提出するカードを書き込もうとすると、目の前のカウンターに並んでいるボールペンはどれもインクが切れているか壊れていた。鞄の奥に手を突っ込みながら自分のペンを探している時、この「些細な不便さ」が外国に来たという証なのだとふと思った。

バンコクの中心地区、Sukhumvit Roadの近く。大都会の面影。©Yusuke Koishi


 四月の初旬に、東欧に居るクライアントのIからメールが届いた。
 東京で予定していたミーティングをキャンセルして、その代わりにミーティングの場所をタイのバンコクに変更できないかという事だった。ヨーロッパからタイまで七時間、東京には更に六時間。合計約十三時間。仕事で滞在予定のバンコクで三日も過ごせば、東京に更に六時間かけてまで行くのが億劫になりそうだからというのがその理由らしい。
 乱暴に言ってしまえば「そっちに行くのが大変だから、こっちに来てくれ」という少し理不尽な話なのだが、彼とやりとりをしていると次第に、未だ訪れたことの無いバンコクの街を歩いてみたいという好奇心が湧いてきた。タイには行ったことが無いという旨をIに伝えると「それならきっとここが気に入るはずだから、是非一度は来てみたほうが良い」と念を押されたため、折角なので妻も連れてバンコクに向かうことにした。

 Iとは知り合ってから約三年になる。
靴の企画に携わっていた当時、彼がオーナーを務める靴工場をインターネットで偶然見つけて、こちらから直接コンタクトをとったのがきっかけだった。東欧は靴の産地で、いつか行ってみたいと思っていた。
 実際に彼と会ったのは、それから半年後のまだ肌寒い三月で、最初の待ち合わせ場所は旧共産圏の原野にぽつりと寂しげに建ったガソリンスタンドの駐車場だった。Iの雰囲気は工場のオーナーというイメージとは随分と違っていて、黒塗りの大きな車の横に立っている姿をみると少し政治家のような面影があった。

 ガソリンスタンドから彼の工場への道は車で2時間半ほどの距離だった。車のフロントガラスの前を流れていく寒々しい地方都市の風景を眺めながら我々は少しずつ話しを始めた。途中、故郷の東北の風景がフラッシュバックしてきた事をよく覚えている。





東欧の道路から見た風景。どこか東北の風景に似ている。©Yusuke Koishi




 Iとの長い道中、車中での会話は仕事の話から始まり、映画や文学の話を経て、当たり障りのない話題が尽きた後は、生い立ちや歴史の話をすることになった。

 彼が学生だった頃、まだその国は社会主義体制だった。冷戦の記憶すら殆ど無い自分にとっては想像も付かない世界だが「とてもストレスのある社会」とだけ彼は言った。話を聞けば彼は元々投資銀行家で、国で最初のインターネットのポータルメディアを立ち上げ、新聞社を買収し、政治の世界にも深く関わる起業家だった。靴のビジネスは彼のポートフォリオの一つにすぎなかったが、物を作る事が気に入って、積極的に取り組んでいるようだった。
 投資家になったのは学生時代にインターン先の大使館でユダヤ系アメリカ人の投資家と知り合ったのがきっかけらしい。

工場に貼ってあったおそらく共産圏時代の古いポスター©Yusuke Koishi


 ファッションの仕事に携わると、様々な国々の人間、そして変わったバックグラウンドを持つ人達と仕事をする機会がある。Iの出身国の旧共産圏、ロシア、イスラエル、南アフリカ、そして東南アジアの国々など戦後に体制崩壊や度重なる紛争など大きな社会のうねりを経験した人達との交流は私にとって貴重な財産となっている。
 「政治と宗教の話をしない」というのは世界共通の基本らしい。しかし、この劇薬も使いようで、微妙な話題におけるウィットがポジティブに働く事も多い。個人的印象に過ぎないが、苦労の多い国々を出身とする年配の人々はそれぞれ社会に対する独自の相場観を持っていて、政治的内容の対話で相手の知性を推し量る傾向があるように思う。

 自分のように二回りも歳が離れた外国人と仕事をする場合、デリケートな話題を腫れ物のように避けて築かれた利害関係より、一度腹を割って難しい話題を消化して信頼関係を築いた方が、マイナスの局面でもポジティブに働く関係性が生まれやすい。Iと盛り上がった話題は東西分裂と戊辰戦争の話で、東欧と東北という辺境に生まれたというのが二人の間で共通項になっている。

 バンコク中心部のホテルに到着すると、IはTシャツ姿でラウンジのソファによりかかり、眉間にしわを寄せながらラップトップの画面を眺めているところだった。

 「どうやら変な時期に来てしまったらしい」

 彼のこの言葉の意味は何の事だか最初わからなかったが、どうやら我々は丁度タイの旧正月に来てしまったらしく、街中では「水かけ祭り(Songkran)」が行われていた。一年の中でも最も暑い時期らしい。

Songkran (水かけ祭り)の様子。通行人を狙って水をかける人が大勢いる。外国人は狙われやすいようだ。©Yusuke Koishi


 予定していたバンコクのエージェントとの打ち合わせは先方の都合でキャンセルになるという不運も重なってしまったため、滞在中はタイの友人達と情報交換をして、3人で街をリサーチする事にした。リサーチといってもストリートで通行人に力いっぱい水鉄砲で撃た
れ、ホテルと店の冷房で冷やされるというのを繰り返す、子供時代を思い出す夏休みの散歩のようなものだった。3年前、肌寒い東欧の街の夜をIと二人で歩きながら、政治や歴史の話をしていた時とのギャップを思うと妙に滑稽で笑えてしまった。
 バンコクという熱帯の大都会で、「田舎出身の外国人」として強烈な洗礼を受けた3日間は春の思い出になっている。

庭師のおじさんも笑いながら突然水をかけてくる。©Yusuke Koishi

バンコク。沢山のビルが聳え立つ裏には少しだけ地方の面影が。©Yusuke Koishi

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小石祐介(こいし・ゆうすけ)

青森県三沢市出身。2014年までコム デ ギャルソンにて国内・海外の企画運営等に携わる。
独立後は、組織の枠組みを超えてデザイナーやアーティストなどと共に企画を立ち上げ展開する企画プラットフォームのNOAVENUEの代表を務めながら、執筆、ブランドのコンサルティング、FREE MAGAZINEの企画にも携わる。趣味は数学書を読むことと、日本で紹介されていない外国人作家の小説の翻訳をすること。

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