インタビュー・ミシマガ「人」

先週掲載した「前編―横浜の丘の上の出版社―」にひきつづき、今週も「"紙の未来は紙のみぞ知る"春風社の本づくり後編」です。
今回は本のデザインと電子書籍に興味がある人は必読ですよ!
(聞き手:森王子)

第8回 「紙の未来は紙のみぞ知る」春風社の本づくり(後編)―本とは、物語を載せた造形物―

2010.03.08更新

マストをカバーに、航海そのものをモチーフに。装丁家・矢萩多聞

ミシマガ「人」春風社後編

―― それにしても、リッチな装丁ですね。

三浦箱は、実際の船のマストを張り込んで、中の青色は海をイメージしています。『ガリヴァー旅行記』は航海の物語ですからね。この装丁は、春風社の多くの本を手がけてくれている矢萩多聞さんの作品です。

彼は本を物語の立体造形物として、様々な方向からデザインする天才です。それは単に3次元の立体構造というだけでなく、心理的な側面とか文化的な側面とか、多彩な要素を入れ、楽しませてくれます。

―― デザインの専門誌などで取り上げられる若手装丁家の有望株ですね。

ミシマガ「人」春風社後編

三浦多聞さんに出会ったのは、起業してまだ間もないころです。ある日、自宅兼オフィスの近くにあったインド雑貨店の「ラヤ・サクラヤ」というお店にたまたま入りました。そこでヒンドゥー教の神である"ガネーシャ"の像を買ったんです。そのお店に長髪の不思議な少年がいまして、それが多聞さんでした。

―― 当時、多聞さんは何歳ぐらいだったんですか?

ミシマガ「人」春風社後編

三浦19歳でした。彼は日本の学校に馴染めず、独学でペンによる細密画を描き始めていました。インドと日本を往復し、14歳のころから毎年銀座・横浜などで個展を開催するアーティストでした。

当時はもちろんそんなふうにお互いが繋がるとは思っていなかったのですが、彼の話はとにかく面白いので、「君の好きな人と対談をして、それを本にしてみない?」と誘って生まれたのが『インド・まるごと多聞典』です。多聞さんは、この本で装丁家としてのキャリアをスタートさせました。

"持たない文化"の対極にあるもの

―― それにしてもこの本の"モノ感"はすごいですね。

三浦『ガリヴァー旅行記蔵書票集』を、"持たない文化"の対極にあるものとして、紙の本から電子ブックへの移行期にあたるこの時期に出せたことは感慨深いものがあります。

―― "持たない文化"とは?

ミシマガ「人」春風社後編

三浦たとえばスマートフォンにどれだけのものが入っているかということです。音楽、日記帳、住所録、ゲームに写真アルバム、とにかく情報として何でも入っている。結果、そうしたものを実際に持たなくても、持てる時代になった。その対極にあるのがこの本です。人生の途上で出会った本に、その話が好きだからとわざわざ版画家に頼み、その話に合った絵を彫ってもらい、自分の名を入れ、自分のものだというのを誰のためでもなく示す。

そういう行為自体が、そういうことをする人間が、僕は可愛いと思うんですよ。死ぬときは裸で死ななければいけないとしても、それまでは手触り感があり見ていて幸せになるモノたちに囲まれていたい。本もそのひとつだと思う。極端に言ったら、何も持たないで生きていけるほど、みんな強いのかな? って思いますね。

本はお香的?

―― キンドルやiPadを皮切りに、電子書籍が当たり前になってきそうですね。

ミシマガ「人」春風社後編

三浦"反キンドル"をスローガンに掲げようとは思いません。個人的には補完的な関係になればいいなという気持ちです。現行の紙の本との棲み分けができればいいんじゃないでしょうか。電子書籍は装丁も要らないし、デザインもシンプルです。一方、本はモノとしての個性的な質感があり、背表紙があり、カバーがあります。そのトータルデザインとして本がある。面倒なこともありますが、僕は好きです。だから作ってるんですけどね。

便利なキンドルは使ったらいいと思います。でもそれは、本をコンテンツとして読むための装置ですから、コンテンツに置き換えたときに再現できない部分が削ぎ落とされるわけでしょう。でも、そういう部分は必要ないかって言うと、そうじゃないと思うんですよ。味を大事にしたいという人がいるでしょう。いなくなるとは思えない。そういう人がいないと、うちみたいな商売は成り立ちません。

―― 出版社の看板を背負っている人は紙のプライドみたいなのを振りかざす傾向がある気がしますが、三浦さんは本そのものがただ好きなだけ、という点が純粋な職人ぶりを感じさせます。

三浦キンドルが出てきたおかげで、「そもそも本って一体なんなのか」っていう問い、グーテンベルクが活版印刷による本を印刷した1455年以来の問いに純粋に向き合える機会が訪れたと思います。「これがあると本だよ」「これがないと本ではない」というキモのところ。ご飯の上に生の魚を乗せたら何でも寿司か、いや、そうではないだろうっていう...。本らしさをとことん考えて、本の形で残すべきものを本として出す。曖昧にしてきたところがすっきりする機会になるのではないでしょうか。

―― 三浦さんにとっての「これがあると本だよ」っていうのはありますか?

ミシマガ「人」春風社後編

三浦僕はお香が好きでよく焚きます。いい香りがします。それで具体的に何がどう変わるわけではないんですが、恰好をつけて言えば、生活に潤いが生まれる。気分的なものですけどね。本は、コンテンツに紙、手触りなどがプラスされることで何かが変わる。情報量は増えはしませんが、読後感とか、何かが・・・。気分って自分ではコントロールできないけど、すごく大事なものじゃないでしょうか。

―― なるほど。紙の本は情報のムードを演出するのに好適なメディアである、と。

三浦そうですね。本というのは結局文字のコンテンツじゃないかと言われればそれまでですが、装丁があり、紙を束ね、文字に還元できないものを体感するもの、その"文法"が好きな人に愛されていくと思います。いずれにせよ、本の歴史にとって今はまさに新時代の到来と呼べるでしょう。それでも紙の本はなくならないと思います。電子媒体が新しいもので紙は古いもの、というのは違うんじゃないでしょうか。そんなに単純じゃないと思いますよ。

ミシマガ「人」春風社後編

―― 本らしい本と、素敵な作り手に出会えて、本の見方にぐっと深みが増したように思います。久々に本棚の整理がしたくなる、そんなインタビューでした。

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三浦衛

春風社代表取締役。1957年秋田県生まれ。東北大学経済学部卒業後、私立高校で社会科教諭を7年間務める。その後、東京都内の出版社に勤務。99年、仲間二人と春風社を創業。学術書を中心に現在まで約300点を刊行。

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