インタビュー・ミシマガ「人」

第9回ミシマガ人ソラリーマン

『ソラリーマン―働くって何なんだ?!』(青山裕企、ピエ・ブックス)

ある日のこと。ピエ・ブックスのホームページで本の情報を調べていたら、いきなり、目に飛び込んできた一冊の本。

『ソラリーマン―働くって何なんだ?!』

おじさんが、ぴょーんと跳んでいる。翻った背広からのぞくメタボなお腹が愛らしい。
この本はどんな本なのだろうと、ひと目見ただけで気になりました。

写真を見て、可笑しみがうわっと湧いてきて、それぞれのインタビューを読んで、ほろっと感動する。読むと自然と元気になるこの本の著者、写真家・青山裕企さんに「ソラリーマン」誕生秘話、出版に至る道などをたっぷり語っていただきました。

さらに、ミシマガ編集部のスタッフも「ソラリーマン」に変身!
さあ、みなさんもご一緒に跳んでみませんか? 

(聞き手:足立綾子)

第9回 「ソラリーマン」をよろしく!(前編)

2010.03.23更新

「ソラリーマン」誕生!

―― まずは、青山さんが写真をはじめられたきっかけを伺いたいのですが。

青山写真を撮りはじめたのは、僕が二十歳の頃でした。一浪して大学に入学してすぐ、大学に絶望してしまって。筑波大学に通っていたんですけど、「授業、だめだ!」と思ってそのまま飛び出して、つくばから高速バスで東京に出てきて、駅のカフェで茫然と佇んでいたんです(笑)。そのあと、大学の友達に連絡せずに、二、三週間失踪しました。東京の友達の家に居候したり、名古屋の実家に帰ったりしていたんですけど。

―― いきなり、すごいですね。

青山大学に行く気がしない、けど一浪してまで入った大学を簡単に辞めるわけにはいかない。さあ、どうしようと思っていたら、本屋さんでたまたま『自転車旅行をはじめよう』という本を見つけて「これだ!」と。北海道から沖縄まで約半年かけて自転車で縦断したんですけど、北海道に行ったとき、景色のあまりの雄大さに、現地で思わずカメラを買ってしまったのがきっかけなんです。

―― へー。

第9回ミシマガ人ソラリーマン

青山旅先でモニュメントとかの前で記念写真を撮るときに、ふつうに撮るのもなんなんで、「跳んでみようかな・・・」って思って。写真をはじめた頃は、自分が跳んで、セルフタイマーで撮っていたんです。趣味としてジャンプ写真っておもしろいなと思って、旅から帰って復学したときに、まずは友達を撮りはじめたんです。

第9回ミシマガ人ソラリーマン

つくばって、すごい田舎で遊ぶところがないんですよ。遊びっていうと、公園でフリスビーするとか、バトミントンするとか。なので僕は、友達を撮って遊んでいました。自分でも跳ぶし、友達も跳んでもらって写真を撮るというのは、十年前からずっとやっていることなんです。そのときの写真も持ってきたんですけど。

―― うわー、すごいおもしろいですね!

第9回ミシマガ人ソラリーマン

青山写真はじめたてのときは、いろいろ撮ろうって思って、地面にカメラを置いて下から撮ったり、ロモとかトイカメラで撮ったり。大学の宿舎を暗室に改造して、写真を焼いたりもしてました。休学して世界二周の旅に出て、そのなかで絶対人生の道筋を決めようと思って意気込んで行って、結果的に写真をやろうっていうことになったんですね。

覚悟決めて写真で生きていこうと思って東京に出てきて、大学に通いながら、写真学校にも通っていたんですけど、卒業後スタジオで働くのも違うなって思って、いきなりフリーで働いていたんです。

―― 「ソラリーマン」が生まれるきっかけって、なにかあったのですか?

青山2005年12月に最初の個展「空跳博−JUMP EXPO 2005−」をして、展示をしながら写真家としての道を模索していたんですが、その個展をした直後に父親が急死したんです。一人っ子長男だったので、僕が喪主をすることになって、そのとき、結構衝撃をうけたことがあったんです。

父親は30数年間、サラリーマン一筋だったのですが、家庭の中では仕事の話を全然しなかったんですね。すごくやさしくて大好きな父親だったんだけど、よくあるパターンで家ではいつも寝ていたり、テレビを見ているだけのぐうたらな姿しか見ていなくて。

―― はい。

青山でも、葬式をしたとき、これは社葬なんじゃないかっていうぐらい、会社のトップから部下までたくさんの人が来て、父親がいかに会社のなかですごい存在だったのかを色々と聞いて、今までの父親像が逆転したんです。感動というより、本当に驚きました。毎日顔を合わせていたぐうたらな父親が、実はすごく慕われていて、人望をもっていて・・・なんだこれは!? と思ったんです。

もともと人を跳ばせていたなかで、サラリーマンの友達も跳ばせていて、スーツで跳んでもらうとギャップがあって、おもしろいなって思っていたんですけど、そのギャップと父親像がバチっと重なり合ったんです。

―― なるほど!

青山人が好きだから撮りたいけど、人見知りだから恥ずかしいみたいなのが初期の頃あって、こっちも緊張しているから相手も緊張して不自然な顔になる。でも、跳んでもらうと、緊張しないで撮れたっていうのがあったんです。跳ばせてはじめて、被写体に向き合えるみたいなところがあって(笑)。自然に跳んでいると表情もいいし、跳び方も人それぞれ違うから個性も出るというノリでやっていたのが、サラリーマンを被写体にすることで、ものすごく際立つんです。

―― それで「ソラリーマン」が誕生したんですね。

青山そういう経緯があるので、特に年配のサラリーマンの方には、父親像を重ねていますね。家にいるオフの状態とスーツ着て跳んでいるときのオンの状態。今までとりつかれるように撮っていたジャンプ写真が、スーツという要素を加えることで作品としてすごくいけるんじゃないかって思って。父親が亡くなってから、「ソラリーマン」をがんがん撮ろうと思って、2006年から撮りはじめて4年間で二百数十人撮りました。

おじさんを口説く

―― 「ソラリーマン」のモデルさんは、お知り合いの方から声をかけていったんですか?

青山最初は知人関係とか、比較的年齢層が若かったんですけど、父親の一件があったので、父親世代の人を多く撮りたいなと思っていました。でも、これが結構難しくて。

―― どうやってモデルさんを集められたんですか?

青山街角で声をかけるのは恥ずかしいし、その場で撮るっていうのも何か違うなと思ったんですよ。僕はサラリーマン経験がないので、純粋に興味があるんです。この本、インタビュー形式をとっていますが、実は本にまとめる以前から、モデルさんにインタビューをしたうえで撮影していたんです。そういうこともあって、街角では声をかけることはせずに、最初は知り合いに紹介してもらった年配の方を撮っていました。

―― お友達の上司とかですか?

青山だいたい友達の上司や父親とかですね。そのあと、ネットで募集したり、チラシをつくって配ったりだとか。あとは、年配の方が集まる飲み会に参加させてもらって、その場で口説くのが一番効果的でした(笑)。写真見せて、どうですか? って。

―― (笑)。おじさん、口説くっておもしろいですね!

青山はじめはやはり難色を示されるんですが、酔った勢いで了解をとって、後日連絡したら「そんなこと言ったっけ?」「いやいや、言いましたよ!」みたいなやりとりをしたり(笑)。年配のサラリーマンの人って、モデルになる発想ってないと思うんですよ。

―― まず、ないですよね。

青山だけど、もともと友達を跳ばせていて、友達もすごくおもしろがってくれるし、撮影現場が楽しくて、撮った写真をあげてさらに喜んでもらえて、というのをずっとやってきているので、「跳ばせたら絶対おもしろがってくれる!」という自信だけはありましたね。

本に収録しているものも、なるべく跳び方をおまかせしているんです。結構つくりものっぽく思われるんですが、跳び方をおまかせしないと、その人らしさが出ないんですよ。真横に跳んでいる写真があるんですけど、あれもおまかせです。事前に考えてきてくださって、「じゃあ、お願いします!」って撮影をはじめようとしたら、「横に寝ていいですか?」って。

第9回ミシマガ人ソラリーマン

撮影:青山裕企

―― これ、2秒後どうなっているんだろうって思って。

青山そのまま真下に落ちてます(笑)。

―― (笑)。受身とれないですよね。足の間から見える老夫婦の表情もおもしろいですよね。

青山かっちりつくりこんで写真を撮るのが得意ではないので、これも偶然ですね。

―― 撮影する場所はご本人のご希望なんですか?

青山ケースバイケースで、撮影場所を指定されることもありますが、おまかせということも多いです。事前に打ち合わせができる場合は、こちらで考えることもあります。とかいいつつも、前提にあるのは、背景なんてどこでもいいって実は思うんです。

たとえば背景に富士山とか、ドラマチックな場所を選びたくなるとは思うんですが、正直、そのへんの道とかどこでもいいんです。なかにはテニス場とかコピー機の前とかシチュエーションぽくやっているものもあるんですけど、主役は背景ではなくモデルさんですからね。

―― いきなり平沢勝栄さんが出てきてびっくりしたんですけど、これも伝手ですか?

青山これは、編集の方の伝手ですね。本にまとめる際に、有名な人を目立たせるわけじゃなくて、なかにさり気なくいるっていう。「ソラリーマン」に優劣はないというのが僕の中での原則なんです。平沢さんは国会議事堂前で撮影しましたけど、本なのである程度はエンタテインメント性が必要かなと。

―― 実際跳ばれたモデルさんの感想は?

青山楽しんでいただけてるようですよ。写真もなるべく差し上げるようにしていて、それを娘さんに見せてちょっと見直されたって言われたのを聞いてうれしかったですね。

「ソラリーマン」の人生いろいろ

―― 本の掲載を渋られた方っていらっしゃいましたか?

青山もともと撮ってあった方で、インタビューのお願いをしたときに、難色を示された方が二、三人いらっしゃいましたね。

―― 「ソラリーマン」の写真の前にそれぞれの名刺のページがありますが、表記がそのままの方とぼかしている方がいらっしゃいますよね。

青山最初は「実際の名刺にしよう」って、アートディレクターの寄藤文平さんのアイデアをやろうとしたんですが、最初からつまづいて。多少ぼかさなきゃいけない人はいましたけど、かなりそのままで出せましたよ。

―― お名前は、みなさん本名なんですか?

青山そうですね。許可をいただける確率が高いのは、身近なつながりでやっているからかもしれないですね。

―― モデルさんの仕事観がまとめられていますが、このインタビューは青山さんがされたのですか?

青山出版するにあたって、インタビューを録りなおしたんです。僕も現場に同行していますが、編集さんとライターさん主導でインタビューをしていただきました。

―― これ、とてもおもしろいです。前向きなことを語られる方がいる一方で、「仕事って楽しくないときもありますが、なにか?」って渋いことを言う方もいたりだとか。夢のために会社を辞めて、別の仕事をしている50歳代の方がいて、夢にチャレンジするのに歳って関係ないんだなと思ったり。でも、その方も現実を見据えていて、気を引き締める終わり方になっていて、ただおもしろい本で終わっていないところが、すごくいいなと思いました。

青山インタビューもこういうまとめ方にしたいって方向性はないんです。なので、ばらばらになっているところはありますけど、結局、働くって素晴らしいってことを言いたくてインタビューを録っているわけではなくて、「働くって、何なんだ?」って聞いているんです。

―― モデルさんのそのままの人生が、インタビューにあらわれていますよね。

険しかった出版への道

―― 「ソラリーマン」を本にしようと思って、なにか具体的なアプローチや活動ってされていましたか?

青山2007年ぐらいに一回、自費で出そうかなと思って、印刷会社に見積もりを出してもらったりしたんですけど、結局高くてやめたんです。出版社を回って本の企画を売り込むような営業はしていませんでした。

―― どういう経緯で、ピエ・ブックスさんで本を出すことになったのですか?

青山2008年夏に同時にふたつ個展をやったんです。ひとつが「ソラリーマン」、もうひとつが「school girl complex」という女子高校生をモチーフにした写真を撮っていまして、そのシリーズの個展「undercover」にピエの編集の中川さんが来てくださったんです。

写真新世紀のカタログを見て、書いてあった僕の文章にピンときたらしいんですね。会場に「ソラリーマン」のブックを置いていたんですが、それを見て、「本を出しませんか?」と声をかけていただきました。

―― その後の展開は順調だったのですか?

青山出版が決まるまでが、ものすごく大変でした。2008年8月の展示で見てもらって、秋ぐらいから会議にかけていただいたんです。編集部の方にはすごく評価していただいて、編集会議はすぐ通ったんですが、ピエさんのカラーと全然違う本なので、営業部の方はどう売っていったらいいかわからないというので、最後の企画決定会議に何回出しても通らなかったんです。あきらめずにずっと会議に出していただいたのですが、不況で状況がさらに厳しくなって、ほぼダメになりかけたんです。

―― ああ、リーマンショックで潮目が変わりましたよね。

青山これはまずい、なんとかしなきゃと思って、署名を集めたんです。署名用紙をつくって書いてもらったり、署名サイトを利用したりして1000件以上集めて、会議に提出してもらいました。それで、「まあ、もう一回残しとく?」みたいになって、首の皮一枚から底を脱したんです。

―― うわー。

青山そしたら今度は「街頭アンケートしてみれば?」ということになって。中川さんが、下北沢の若者や新橋の中年サラリーマンに「こんな本、どうですか?」ってサンプルを見せたり、僕も講演会場に飛び入りで参加して、意見を聞いてみたりしました。でも最後の最後は「ここまでやるなら、出してみたら」って社長さんの鶴の一声で決まったんです。

―― やっぱりそういう努力ですよね!

青山でも、今になってみて、営業さんの意見もものすごく理解できるんですよ。

―― それぞれ視点が違いますからね。

青山結果的に企画が通ったのが、2009年4月だったので、そこから半年ぐらいで発売にいたりました。

―― 最初は紀伊國屋書店さん限定だったんですよね。

青山本ができる直前に部数をすごくしぼることになったんです。やっぱり売り方がわからないということで(笑)。まずは試験的に販売して、売れ行きを見て増刷しようと。増刷してはじめて、他の本と同じ立場にたつんです。

―― なるほど、そうなんですね。

青山11月に出してから1カ月ぐらいの動きを見て、増刷するかどうか決めようということになって、これはほんとにこの1カ月でなんとか結果を出さないとまずいなと思ったんです。本を出したけど、シュッとなくなって終わるような流れはまずい。こんなにがんばって出してくれた編集の中川さんのためにもっていうのもありますし、僕も多くの人に見てもらいたい気持ちが強かったんです。

最初は平積みで置いてもらえるけど、1カ月ぐらいたったら返品されてしまうかもしれないから、すぐに結果を出さないといけない。そんな切迫感のなかで今まで生きてこなかったのですが(笑)、人生を賭けてやっているし、決して一発ネタではないので、なんとかしなきゃなと。

―― 友人、知人に「買ってくれ!」みたいなことも。

青山そうですね。結局、売れなきゃいけないので、買ってもらったりもしました。たまたま夏頃に本の出版とは関係なく「ソラリーマン」を取材したいとNHKの方から依頼がきていたんです。「11月に本が出るんですけど・・・」って言ったら、放送日を本の発売時期に合わせてもらえました。

―― その方はなぜ「ソラリーマン」を知ったんですか?

青山ネットを見てたまたま知ったそうです。本が11月中旬に出て、下旬にNHK関東ローカルの「こんにちは いっと6けん」という番組に10分ぐらい取り上げてもらいました。この番組を見たフジテレビの「とくダネ!」から取材が来たり。個展や出版記念イベントもこの時期に開催しましたね。

―― テレビの反響で本の売れ行きも伸びたんじゃないですか?

青山そうですね。このあたりから調子がよくなってきて、その後毎日新聞の書評で取り上げてもらったり、なんとかメディアの流れに乗れたこともあって、増刷が決まりました。

―― 私、増刷が決まったのを「ソラリーマン」のブログで知って、すごくうれしかったですよ。

青山最悪全部買い占めなきゃなって思っていました(笑)。

「ソラリーマン」に憧れをこめて

―― 先程、サラリーマン経験がないっておっしゃっていましたけど、これだけの数のサラリーマンの方に話を聞いて、サラリーマンに対する考えに変化はありましたか?

第9回ミシマガ人ソラリーマン

青山一貫として憧れがありますね。やりたくて写真の道に決めたわけで、最初の頃は「フリーランスで、ひとりで生きていくんだ」って、どこかサラリーマンの人を斜に見ていたんですね。「毎日、通勤大変だねえ」とか思っていたふしもあるんですけど、それは自分の意思で就職しなかったと言いながら、やっぱりできなかったというのもあるんです。「就活、無理!」って思っていて。

―― そのお気持ち、すごくわかります。

青山でも就活の本を、学生の頃たくさん読んでいたんです。読んだ結果、だめだって思って。システム化された就活に合わせていく自分が想像できなかったんです。もちろん自分から「就活、無理!」と思ってフリーになったんだけど、やっぱり逃げたのかもなっていうのもどこかにあって。

そういうところから斜に見ていたところがあったんですけど、父親の一件があって、それからサラリーマンの人たちに話を聞いていくなかで、やっぱりどこか憧れているんだなっていう気持ちに気づいてきたんですね。

―― なるほど。

青山ひとりでやってきて、なんとかぎりぎり生活しているんですけど、ひとりでやる限界というのをすごく感じていて。今回、本をつくるときも、編集の方、営業の方、支援してくれる方、いろんな方がいるから出せるんだなと思ったんです。当たり前のことなんですが。

―― 一冊の本をつくり、読者さんに届けるまで、本当に多くの方が関わりますからね。

青山もちろん僕が写真を撮らなきゃ本はできないけど、それはきっかけにすぎなくて、自分の力なんて全体に占める割合でいったら、たいしたことないなと思ったんです。サラリーマンって、会社の歯車にならなきゃいけないかもしれないけど、その歯車を動かすと結果的に大きなことができる。そういう発想をしていくと、サラリーマンの人ってすごいなって思うし、それにくらべて自分はちっぽけだなと思います。

でも、かといって、フリーランスをやめてまでサラリーマンになりたいとは思わないんですよね。複雑な感情を抱いています。憧れてはいるけど、ならないって決めて、その反動で写真に没頭しているので、サラリーマンになろうかなと思った時点で自分のアイデンティティがゆらぐ可能性がありますから。だからサラリーマンになれないし、なったことがないから撮り続けられるのかもしれません。実体験がまったくないので、「ソラリーマン」に自分の投影はできないんです。父親像と、別物としての憧れですよね。そういう意味では、どこかクールに撮っているかもしれません。

―― なるほど。『ソラリーマン』、たくさんの人に読んでほしいですね。

青山結構いろんな書店さんで展開していただいているんですよ。写真集コーナーに置かれることが多いですが、たまにビジネス書コーナーに置いていただくこともあるようです。それって嬉しいもんですね。

―― 今、就活が本格化する時期ですし、書店さんで「働き方フェア」をされるところもあると思うんですよね。そういうフェアのラインナップに加えたり、あと、梅佳代さんの本が売れる書店さんで、展開しやすいんじゃないかなと思います。全国の書店員さん、ピエ・ブックスさんにご注文をお願いします!

第9回ミシマガ人ソラリーマン

青山他の出版社の本なのに・・・(笑)。ありがとうございます! よろしくお願いします!


(次週、後編に続きます! ミシマガスタッフも青山さんに撮影してもらいました。その写真もあわせて掲載します。ご期待下さい!)

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青山裕企(あおやま・ゆうき)

写真家兼「ユカイハンズ」代表。1978年愛知県名古屋市生まれ。2007年「キヤノン写真新世紀」優秀賞(南條史生選)受賞。
サラリーマンや女子高校生など「日本社会における記号的な存在」をモチーフとしながら、自分自身の父親像や思春期観などを、ユーモアをとりいれながら制作している。
『ソラリーマン―働くって何なんだ?!』(ピエ・ブックス)に続き、『スクールガール・コンプレックス』(イースト・プレス)が2010年初夏に刊行予定。

好きな食べ物は、抹茶系全般。好きな動物は、断トツでペンギン。誕生日の覚え方は、よい子(4.15)。
長所は、晴れ男。短所は、つまみ食い。座右の銘は、「愛嬌は、老けない。」
旅して一番好きな国は、アイスランド。近頃ハマっているのは、将棋。
子供の頃の夢は、お天気おじさん(気象予報士)。
現在の夢は、秘密です!
Yuki AOYAMA Portfolio 
ユカイハンズ
ソラリーマン
school girl complex

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