インタビュー・ミシマガ「人」

デザインのひきだし』を最初に手にして以来、ずっとお会いしてみたかった。シール、製本加工、箔押し、活版・・・特集のたびに、その特集に見合った加工を表紙にまで施す徹底ぶり。たとえば、シール特集では、表紙もシールでできているし、箔押しのときは、これでもかと言わんばかりの箔が押されている。こんなすごい本はどのようにしてつくるんだろう? いったいどんな人が手がけているのだろう? 今回、念願かなってグラフィック社の津田淳子さんにお話をうかがうことができました。

『デザインのひきだし』は、デザイナーだけでなく、「編集」という名のつく仕事をする人なら全員必携の一冊です。

(聞き手:三島邦弘)

第13回 『デザインのひきだし』グラフィック社・津田淳子さん(1)ー『白夜行』からすべてがはじまったー

2010.06.03更新

つくり手と印刷会社をつなげたい

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『デザインのひきだし⑤』(グラフィック社)

―― 何度も訊かれているとは思うのですが、『デザインのひきだし』というのはどういう雑誌なんでしょう?

津田仕事で本やポスター、パッケージといった紙や印刷物をデザインしている人、あとはそれを発注する人たちに向けた雑誌ですね。デザインの情報はもちろんですが、基本は「そのアイデアをどうやったらうまく紙、印刷物に落とし込めるか」という印刷や加工について技術中心の情報をたくさん載せている媒体です。

日本には印刷・紙・加工に、すごい技術を持った方たちがいる会社ってたくさんあるんですね。でも、編集者やデザイナー、仕事をお願いする側と、そこの距離って意外と長い。お互いに知りたいと思っていても知ることができないことが多いと思うんです。

―― そうですよね。

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『デザインのひきだし②』(グラフィック社)

津田編集者もデザイナーさんも印刷物をつくるときは、だいたいは印刷会社さんとやりとりをしますよね。だけど、例えば本をつくるときに、印刷会社さんから、「こんな紙ありますよ。こんなキラキラのさせ方ありますよ。これを使えばコストはこれくらいで、こんなところに使い方のコツがあるんですよ」と提案してもらえることってあまりないと思うんですね。そういうことを手取り足取り教えてくれる人がいれば『デザインのひきだし』って世の中にいらないと思うんです。

でも、やっぱり、印刷や紙、加工に関する情報はすごい分量があるので、なかなかそうはいかないと思います。自社でできることだけじゃないですからね。そこで、その間を少しずつでも情報が流れればいいな、その間をつなぎたいなと思って企画しました。

―― すごい! とても重要な「つなぎ」ですよね。ぼくも、印刷や加工にかかわるいろんなことを、『ひきだし』から学んでいます。

会長を説得!

―― ところで津田さんは、どういうきっかけでこれをやろうと思ったのですか?

津田印刷とか加工に興味を持ったのは、本がきっかけです。もともと学生の頃から文芸書の編集者になりたいと思っていたんですね。本はたくさん買っていて、年間、収入の半分くらいは書店で買い物をしてるんじゃないかっていうくらいです。

でも、なんとなく「文芸書は読むのは楽しいけれど、私にできるのかしら?」と思いつつ、学校を卒業してはじめは編集プロダクションに入りました。でもそこは『ニュートン』とか、講談社の『ブルーバックス』とか、ソフトバンクのパソコン言語の書籍とか、もろに理系の科学雑誌、書籍をつくる会社だったんです。で、しばらくして「あぁ・・・全然ちがうところに来てしまった」と思ったりして(笑)。

―― 科学雑誌は別世界ですよね・・・。

津田私も、生まれて初めてC言語とか見て、「なんだろう、これは?」という別世界でした。で、「どうもここで文芸は無理だ」と気づいた(笑)。文芸書じゃない本も、例えばVisual Basicの本なんかでも、それはそれで、自分でちょっとしたゲームをつくれるようになってくると楽しくなってきたりはしましたけどね。けれど、もともとの基礎知識がないので、編集ではなく制作部隊のほうでDTPをずいぶんやっていました。

―― なるほど。

津田その後、会社を移ってDTP雑誌の編集を7年くらいつくりました。そこでいろいろな印刷会社さんやデザイナーさんと話をしているうちに、印刷や加工にどんどん興味を持つようになって、さまざまな印刷現場に遊びにいったりするようになりました。そういうことをしているときに、今の会社に移りました。

―― はい。

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『デザインのひきだし①』(グラフィック社)

津田で、ちょうどその頃「何か定期的に出せるものがあればいいな」という話が社内でもちあがり、渡りに船で、そこでこの企画を出したんです。「こんなふうに、印刷とか加工とかデザインの話をまとめたらきっとうまくいきますよ。ほかにこんな本ないですよ」と耳にいいことばかり話して会長を丸め込み、「じゃぁやってみなさい」ということで始まったんです。1号目は2007年の1月ですね。
実はこれ、流通上は定期的に出ている書籍という形態なんです。

―― そうなんですか。ずっと雑誌だと思ってました。

津田それで、おもしろい本に出会うきっかけになった本が・・・いいですか? 勝手に何か話してますが。

―― めちゃおもしろいです。どんどん話してください(笑)。

ジャケ買い棚の「一冊」が人生を変えた

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『白夜行』(東野圭吾、新潮社)

津田いつだったかな、神保町の三省堂書店の本店で東野圭吾さんの『白夜行』(集英社)が入口のところに面でばーっと並んでたんですよ。すごい黄色いかたまりがあって、「なんだろう?」と思って気になったんですね。
それまでも、本の「ジャケ買い」をすごくたくさんしていたんですが、読む本とジャケ買いする本はわけてたんです。ジャケ買いする本は基本的には読まず、「ジャケ買い棚」という棚をつくって、ただ並べてたんですね。

―― へー。

津田『白夜行』も、すごくかっこよかったので買って自宅の「ジャケ買い棚」に入れてたんです。私は本を読むこともすごく好きで、欠かさず鞄に本を入れているんですが、あるとき、忙しくて書店に行けない期間があって、読む本がなくなってしまったんですよ。家の棚に。それで、しょうがなくその「ジャケ買い棚」から『白夜行』を1冊とって読んだんです。

そしたら、それまで無知なことに東野圭吾さんを読んだことがなかったんですけど、めちゃめちゃおもしろくて、驚いてすごい勢いで読んだんですね。電車も終点についても気づかないくらい、仕事の合間にも止まらなくて、帰るまでに全部読んでしまいました。それで、読み終わった後にもう一度カバーを見たら、装丁が白昼夢みたいな感じで、物語と一緒にまた最後にぐわーんと来てすごいショックを受けたんです。それで、それ以来そのジャケ買い棚を漁るように読み始めたんです。

―― へー。

津田そしたら「あぁ・・・私、面白い本こんなにいっぱい持ってたんだぁ・・・」ということに気づいた。そういう本がたくさんあって、それで、ブックデザインってただ格好いいだけじゃないことに気づいたんです。本を読んでるときもそうだし、こうやって出会わせてくれたのもブックデザインのおかげだし、読み終わった後の余韻とか「あぁ、もう本当にすごいなぁ・・・」とひれ伏したんですね。

―― すごいですねぇ。

津田『白夜行』って、黄色地に「白夜行」と真ん中に大きく白いタイトルで入ってますよね。その「白夜行」の文字は白の箔押しで押されてるんです。で、こういう黄色いモノトーン写真の上に白い文字があるのっていうのは、例えば写真を白抜きにしてもできるし、オペークの白を印刷してもできるし、箔でもそうなるし、他にもたくさん方法はある。でも、この本の場合、やっぱり箔の強さで本の印象ってまったく違ってくると思うんです。

―― そうですね。

津田僭越なんですが、そういうことを他の本とかでも、もっと適材適所にやっていったら、もっとよりよくなっていくのかな、と思うようになったんですね。そして、そんなことをぐるぐる考えているうちに「そうだよ、じゃぁ、本つくればいいんだよ」となったわけです。本当に『白夜行』がわたし全てきっかけなんですよ。

―― なるほど。

鈴木成一さんに会いたくて

津田この『白夜行』のデザインをされたのが、鈴木成一さんなんです。なので、鈴木成一さんを神のようにあがめています(笑)。本が出来上がると「お忙しいのに、すみません・・・」と持っていって見ていただいています。

―― 献本の儀式があるんですね。この『デザインのひきだし』で初めて鈴木さんに会われたんですか?

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『DTP WORLD 別冊 BOOK DESIGN Vol.1』

津田一番最初にお目にかかったのは、前の会社で『ブックデザイン』というムックをつくったときです。『白夜行』を読んで以来、もうどうしてもブックデザインの本をつくりたくなって。

―― なるほど。『デザインのひきだし』の前段階としてそれがあるんですね。

津田そうなんですよ。2冊つくりました。これです。ブックデザインに関することだけ。やっぱりこれも個人的な趣味だけを載せてます。なので、ここに載ってる本はすべて私物です。ははは。

―― 「ジャケ買い棚」からとってきた本ですね。

津田もう、ありあまるほどあるので。そのときから「装丁道場」も始めました。

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『DTP WORLD 別冊 BOOK DESIGN Vol.1』の「わたしの漱石」より

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『デザインのひきだし①』の「装丁道場」より

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『DTP WORLD 別冊 BOOK DESIGN Vol.2』

でもこれ、表紙、もう少し「BOOK DESIGN」って読めるはずだったんですけど、本番の印刷で思い通りにいかずに、遠目から見ると真っ黄色の本に見えるんですよ。

―― おもしろいですね。ぱっと見、何かわからないですよね。

津田そうなんですよ。これつくったときすごく時間がなくて、取次搬入の当日くらいに見本が上がってきて、「色校と違う〜・・・えー!!」ってなったんです。デザインしてもらったのはアジールの佐藤直樹さんなんですけど、佐藤さんは深夜に、見本誌を見る前に、夜中の書店で並んでるのをご覧になってしまって、もう崩れ落ちたらしいんですよ。「あぁ・・・タイトルがぁ・・・」って感じで(笑)。それで、取次さんにもしかられ・・・

―― これ、本屋さんについたときビックリしたでしょうね。

津田でも、ありがたいことに、そのおかげもあって売り切れました。「ダ・ヴィンチ」の装丁大賞でも「すごい変な本がある」といって、ご紹介もしてくださったんですよ。

―― 突き抜けてますねぇ。

津田ははは・・・。
で、この本をつくってるときに、どうしても会いたい! と思っていた憧れの人にいろいろ会えたんです。祖父江慎さんも松田行正さんも。めちゃくちゃ舞い上がって、取材のときの私、たぶん変だったと思いますよ(笑)。鈴木さんにも何度か取材を申し込んだんですけど結局ダメだったんですね。でも、2号目のときにチャンスが訪れた。

―― ふむ。

津田ちょうど鈴木成一さんがHBギャラリーで、皇居の松の木が踊ってるように見えるのがおもしろいといって、「パイン」っていう写真展をやられたんですよ。もう「会うにはこのイベント取材しかあるまい」と思って、その取材で初めてお目にかかりました。

―― なるほど。

津田正直、ブックデザイナーだというだけで、ぜんぜんブックデザインとは関係ない記事なんですけどね(笑)。

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『DTP WORLD 別冊 BOOK DESIGN Vol.2』の「PICK UP TOPICS」より

―― ほんとですねぇ。おもしろいなぁ(笑)。

津田そのときはその取材のときにちょっとお目にかかったというだけでした。

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『しかけのあるブックデザイン』(グラフィック社)のカバー、一枚目(左)二枚目(右)

その後、今の会社に入って、『しかけのあるブックデザイン』という本をつくったときに、「ブックデザインの本なんだから、鈴木さんしかあるまい」と思って、お願いしたらご快諾いただいて、デザインしていただけることになったんですよ。ちゃんと意味のあるブックデザインで、カバーが二枚になってるんですよ。

―― 格好いいですね。

津田これで初めて仕事もご一緒させていただいたんですね。この中に載っている本もほとんど自分の本です。家にかえると全部あります。

―― おもしろいなぁ。

とにかく、会いたい人に日参する

津田本っておもしろいですよねぇ。

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『デザインのひきだし③』(グラフィック社)

―― これ、本当に編集者必携の本ですね。この基本用語も、こんなにシンプルに書いてあるのってなかなかないと思うんですよ。『デザインのひきだし』も僕はデザイナーじゃないですけど、編集者はやっぱり全員持っておくべきじゃないかなとすごく思っています。

津田ありがとうございます。加工のことでも知ってるだけで、まったく違った効果が出せることってたくさんありますよね。

―― じゃぁ、津田さんの『白夜行』から始まる思いで、これが全部始まってきたと。

津田そうですね。でも、『白夜行』だけじゃなくて、もうとにかく会いたい人には日参するというだけなんですけどね(笑)。

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津田淳子

デザインのひきだし』(グラフィック社)編集長。

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