インタビュー・ミシマガ「人」

がんに侵され、自らの人生の最後を段取ろうとする父親の姿を娘が描いたドキュメンタリー映画『エンディングノート』。妊娠5カ月後に第3期のがんが発覚したヨメとそのダンナである自分の日々を綴った闘病ドキュメント『がんフーフー日記』。

身近な肉親のがんと向き合わねばならなくなったとき、砂田麻美はビデオカメラを持って父親を見つめ、清水浩司は友人たちへの「病状報告伝言板」としてブログを書きながら妻の闘病に寄り添った。

ふたりとも、最初は作品にするつもりなどなかったという。が、それぞれの肉親の死後、彼らは間をおかずに「映画」と「本」という形態へとそれらを育てあげた。

両作品に共通しているのは、卓越したユーモアのセンスと小気味いい語り口、そして当事者である自分自身まで客観視して描いていくそのバランス感覚だろう。それゆえ、昨今のお涙頂戴的映画や小説とは一線を画した、優れたエンタテインメント作品へと昇華している。

対談は9月半ば、美しい光あふれた快晴の日、品川の高層ビルで行われた。少女のような風貌とは裏腹の、ブラックユーモアが魅力の砂田監督。飄々とした物言いでズバリ核心を突く、さすがの名インタビュアー清水氏。互いに共感を覚えたふたりの、本音満載1時間30分。

(取材・文:堀 香織 写真:森 王子)

第24回 映画監督 砂田麻美 × ライター 清水浩司――愛する肉親の生の記録を作品にするまで(前篇)

2011.10.04更新

後悔のなかにある真実

第24回 映画監督 砂田麻美 × ライター 清水浩司――愛する肉親の生の記録を作品にするまで(前篇)

清水映画、拝見しました。

砂田ありがとうございます。

清水すごいディティールの感想ですが、まずナレーションがすっごく可愛いなと思いまして(笑)。

砂田(笑)

清水最初、「これ宮﨑あおいさんがやってるのかな?」と思って(笑)。少ししてから、あ、これは監督が自分でナレーションをしているんだと気がついたんです。でもこの監督の声がとてもよかったと思う。森本レオさんとかだったら、またぜんぜん違うだろうし(笑)。若い女性であるということも含め、監督自身の持っている肉声の雰囲気が、明るさでもあるし、軽やかさでもあるかもしれませんが、『エンディングノート』という映画の色を決定づけているような気がして、ホントに心地良かったです。

砂田嬉しいです。でも正直な話、厭だったんです、最初は。

清水厭だけどナレーションは自分しかできないな、と思って決めたんですか。

砂田いえ、最初はある役者さんにお願いしていたんです。でもナレーション録り直前に、その役者さんが読むことが難しくなって・・・。実はそれまで「なんで監督が読まないの?」と言われる機会が何度かあって、でも私は「ナレ―ションは役者さんにお願いする」と堅く決めていた。

清水自分が読むという選択肢は砂田監督のなかにはなかった?

砂田ぜんぜんなかったんです。でもそれでゼロに戻って、別の方に頼むか、自分で読むのかで葛藤して、最終的に自分で読むと決めました。だいたい映画のなかで自分の家族をさらしているんだから、自分だけ後ろに隠れて出てこないのも無責任かなと思って。あとは、死んだ人間(父)のモノローグを私が勝手に書いているんですよね。父の遺した日記を読んでいるわけではない。その責任の取り方をずっと考えていて、その方法のひとつが自分が父の声を読むことかなと思った。

清水脚色というか、自分の想像でお父様のモノローグをつくっているから、それを自分で読むことで責任を取ろうと。

砂田そうです。まあ、父のモノローグを女性が読んでいる時点で虚構ですから、「ここは自覚してやっていますので、皆さんご理解のうえ、お付き合いください」ということを最初から見せてしまおうと。でも、そこまで開き直ったら、ずっと悩んでいたラストのナレーションも一気にできたんですよね。

清水なるほど。僕も本のなかで妻のキャラクターにしろ、ヨメとダンナの架空対話にしろ、つくっているところはあるんですね。それは近しい人間だからできる部分と、相手が自分に憑依しているような感覚があってできる部分もある。それでも嘘は嘘かもしれないし、天国から怒られるかもしれないけれど。だから、『エンディングノート』の父のモノローグを砂田さん自身が読むというのに、とても親近感を覚えました。

あともうひとつ、砂田さんに妙な縁を感じたのは、僕も本で是枝裕和監督の『歩いても 歩いても』のコピーを引用してるんです。「人生は、いつもちょっとだけ間に合わない」という。砂田さん、たしか是枝さんの助監督されてて、あの作品にもかかわっておられたとか。

砂田そうですね。私もあの言葉がとても好きなんです。「間に合わない」ってすごく人間らしいと思う。私の父と家族の場合はいろんなことが間に合いすぎちゃったし、特に「エンディングノート」というタイトルまでついているので、「準備大事ですよね〜」というところに行きがちで。

もちろん、お元気な方なら精神的に余裕もあるし、自分のことを見つめる時間も多いから、準備しておくのはよいことだと思いますが、間に合わなかったり準備できなかったりする人のほうが圧倒的に多いだろうし、後悔することも人間のあるべき姿だったりするんじゃないかなって。というか、そちらのほうにわりと真実があるんじゃないかと感じるんです。だから、間に合ったほうがいいし、準備できたほうがいい、とはぜんぜん思っていない。

清水確かにそう取られる可能性もありますね。「死の準備はちゃんとしておこう」みたいな。そういう啓蒙に見られてしまうと、こぼれてしまうものがたくさんありますね、この映画は。

砂田「終活」とは書いてありますけど、父自身は自分が死の準備をしているとは思っていなかったと思う。演出上「To Do List」になっているので、さも「もうすぐ俺は死ぬぞ」といってひとつひとつこなしていったように見えるけれど、父親は毎日を一生懸命やっていただけだと思うんですね。「来年はないかもしれないから、いまやっておこう」と・・・。それがある意味、準備だったかもしれないけれど。

清水基本的なことを訊きますが、そもそもお父様は実際にエンディングノートというものをつくられていたんですか?

砂田映画の最後で読まれているエンディングノートは父が書いたものです。家族との食事中に、自分で書いてパソコンのなかに入れてあると伝えてきました。

清水映画では「To Do List」という項目で進んでいきますが、それもお父様がリストアップしてあって、実際に進めていったのですか。それともあれは砂田さんの編集?

砂田それは父が亡くなってから、「あたかもTo Do Listのようにこなしていったな」と思って私がつけていったチャプターなんです。

清水なるほど、そこは完璧に監督の編集なんですね。

砂田ええ。でもプレスリリースが出たときに勘違いされて、「知昭はTo Do Listを作成し・・・」って。

清水普通の人が見たらどこまでが実際にあったことで、どこからが編集なのか、その境目がわからないでしょうね。でも、わからない、ということ自体が、この映画の完成度の高さなんでしょう。

泣く理由、泣かない理由

清水実は映画を見た友達からの前情報で、「泣けた」「感動した」というのが多かったんですね。でも、僕は拝見して、そういう感じは正直なかった。「ああ、この方はこういうふうにされたんだな」という、ひとつの例とは言いませんが、立派なやり方だなというふうに1時間半を見られたというか。

「泣けた」「感動した」というのは、監督自身もたぶん多くの人に言われていると思いますが、そういうリアクションはどう受け止めていますか。

砂田「泣きました」と言われることは、「そうだったんですね」と思えるんですが、それが「よし、意図通りだ」というのは一切ないですね。でもそういう感想が重なるにつれ、演出する人間としてどうなんだ? って思って(笑)。

清水つまり、読みがズレていた?(笑)

砂田ええ。そこまでズレてるのは、ちょっとどうなんだろうって。でも清水さんのように涙が出なかったというのは、私の感覚に近いのかも。自分がつくっていたときの感覚というか、自分が伝えたいことは「泣いてほしい」ということとは真逆なので。

清水なるほど。

砂田エンタテインメントにしたいというのはあったんですね。「ある人にはわかるけど、ある人にはわからない」という作品にはしたくなかった。でも「泣かせたい」というのはぜんぜんなかったです。

たとえば子どもが泣くシーンで涙を誘われるというのは、ある種の生理現象だと思うんですね。それよりも人が死ぬって不思議だな、人が生きているって不思議だな、というのが伝わったときはすごく嬉しいし、自分がやりたかったことだなと思えるんですけど。

清水どういうタイミングで泣かれる方が多いんですか。

砂田人によっては、15分くらいで、「じいじ がんばれ」と孫がチョコレートで書いてあるシーンで泣いたと言われたことがあります。

清水ド頭から泣いちゃう(笑)。

砂田なぜなのかずっと考えていたんですが、最近解釈したのは、きっとみんな自分の家族に当てはめているんだなと。自分がこういう状況になったらどう思うか、というのにうまくはまると泣くのかな。

清水僕もぜんぜん泣かなかったわけじゃなくて、普通にお祖父ちゃんと孫のシーンは、彼らが出てきただけで泣けました(笑)。

砂田私は本当にひねくれているので、映画を見てもほとんど泣かないんです。宮崎駿の『崖の上のポニョ』を見たときも、ポニョと男の子が疲れ果てて帰ってきて、チキンラーメンを食べさせてもらうシーンがあって、食べている最中にポニョが寝ちゃうんですよ。そこで号泣(笑)。

第24回 映画監督 砂田麻美 × ライター 清水浩司――愛する肉親の生の記録を作品にするまで(前篇)

清水ハハハ、絶対に普通の人のツボじゃない!

砂田逆に、普通の人の泣きツボの「闘病」とか「子供の死」とかがテーマの映画には、怒りは湧けど(笑)、泣くことは絶対にない。だから、清水さんの『がんフーフー日記』も、すごく冷静な気持ちで読みはじめたんですが・・・、実は何回も泣いてしまったんです(笑)。

清水ありがとうございます、って言っていいのかわからないですけど(笑)。

砂田家のなかではなく外だったのでものすごく我慢したんですけど、何回も涙がこぼれてきて。それで、『エンディングノート』を見て泣いたと言ってくださった人の気持ちが少しわかったんです。

誤解しないでほしんですが、泣くことがおかしいって言っているわけじゃないんです。でもいまあまりにも泣かせるものが世の中に氾濫していて、そのことに怒りがあるから(笑)、同じようなものと思わないでほしいっていう気持ちがある。

清水僕も『エンディングノート』を観て泣くのはとても理解できます。僕が泣かなかったのは、僕自身が身近ながん患者を看取るという体験をしたからだろうと思う。その体験がなければ、映画を見て素直に泣いていたんじゃないかな。

砂田私が『がんフーフー日記』を読んで涙が出たのは、状況がぜんぜん違っていたからです。同じように身近な人間をがんで亡くしているけれども、まったく違った物語としてこれを読んだ。

私が映画で伝えたかったのは、「自分の父はこんなふうに生きました」ということではなく、「人が人生を終えるということは何なのか」、「いなくなった後に残るものは何なのか」というようなことでした。そこを描きたかったんですが、私の父は年も年でしたし、抗がん剤も弱いものしか使えなかったし、ほとんど苦しまずに逝ってしまった。だから、ある種の負い目があって。

清水負い目?

砂田死の準備がある程度できたということもそうだし、世の中には壮絶な治療を何年も続けている方が大勢いらっしゃるでしょう? その方たちに「こういう死の感じ、いいでしょ?」的な映画だと思われるのが怖いという気持ちと、やはりちょっと申し訳ない気持ちが、いまもずっとあるんです。それで今回清水さんのような、私がもっとも負い目を感じている方、壮絶な体験をした方と対話ができるのは、とても貴重なことなんです。

清水そこまで壮絶でもないですよ(笑)。でも確かに世の中には10年、20年、治療を続けられている方もいらっしゃるでしょうし、悲惨な状況というところで言えば、限りなくあるでしょうね。ただ、どの段階の体験なら負い目はなくなる、というものでもないんじゃないかな。

砂田父が亡くなってから、「父の死でこんなに悲しいんだから、若くして亡くなるとか、 お子さんを残してこの世を去らなければいけない状況だったら、どんな気持ちがするんだろう?」と考えずにはいられなくなってしまって。

父の死まではそういうことを今程は想像できていなかったと思うので、初めてそういう扉を開けてしまったというか、自分の父親の死を通して、もっと深いところにいる人達のことに気づいたというか、なんていままで呑気に暮らしていたんだろうって。『がんフーフー日記』には、私が扉を開けてしまったもの、覗いてしまったものが、そこにそっくり、嘘偽りなく書かれているような気がしました。

清水僕も同じですよ。そういうヘビーでシリアスなことは、映画や小説のなかでしか体験したことはなかった。本当に間近に自分が当事者として体験したのはこれが初めてで、考え方や感じ方が変わった気がします。

砂田幸せそうな家族を見るとすごく複雑な気持ちになる、と書かれていますよね? それもすごくわかるんです。父は「70年も生きられたんだし、幸せだ」と言っていたし、私もそうだと思うし、そこに悲壮感はない。それでもやっぱり、両親が揃っていて愉しそうにしている様子を見ると、単純に「いいな」と思う。前はそんなふうに「いいな」と思うことはなかったから・・・。そう思うことは私にすらあって、だから清水さんはもっともっと辛いだろうなと思って・・・。

清水それはきっと、どっちが辛いというものではないですよ。砂田さんのお父様、お嬢さんにそこまで想ってもらえて、本当に幸せですね。

作品に課したルール

第24回 映画監督 砂田麻美 × ライター 清水浩司――愛する肉親の生の記録を作品にするまで(前篇)

清水ぜんぜん関係ない話、していいですか? 実はこの本の取材で、逢ってお話する時間がないということで電話取材を受けたんですが、実際雑誌が出て読んでみると、そのライターさん、記事の最後を「・・・と、清水さんは無念の表情を浮かべながら語った。」としめていたんです(笑)。

砂田え〜! それはないよ〜!(笑)

清水「電話でオレの表情まで、見えてたのか? テレビ電話だったっけ!?」みたいな(笑)。まあ、それは些細な例だけど、どこまでが嘘、フィクションでいいのかの線引きって難しいなと思うんです。やっぱり作り手として、ついついオイシイ方向に脚色したくなる気持ちはわかりますから。

僕はこの本に関して言えば、嘘はないというか、事実をねじ曲げてはない。もちろん使わない部分と使う部分という取捨選択や、演出や脚色は多少入っていますが、「なかったことをあったことにしない」という線引きというかルールを自分に課しました。逆に映像は嘘はつけないと思うから・・・、

砂田いや、映像もすごい嘘をつけますよ。

清水そうなんですか?

砂田どのカットを使うか、どう繋ぐか、どういう効果音を使うかとかで、すごく嘘をつける。

清水そうか、そうですよね。文章と同じだな。ただ、僕はこの本については「ルールとして嘘はつかない」と決めました。そうでないなら全部書き直して小説にすればよかったわけで、これはブログのときの文章を、いわばナマで、撮ったときのフィルムをそのまま使いたかった。嘘をついたらドキュメンタリーとしての緊張感や純度の高さを損なってしまうと思ったから。

砂田さんが『エンディングノート』で自らに課したルールはありますか?

砂田撮影中は自分がいま回すべきだと思うときしか回さない。自分の生理に忠実にした。作り手の視点になると、どうしても「ここは押さえておきたい」「撮っておきたい」というふうになるので、それが厭でずいぶん長いこと回せなかったんです。だけどそういう欲を完全に失くして、「別に何も映ってなくてもいいや」と腹を括ったら、どんどん回せるようになった。

清水仕事として請け負った撮影だったら、そんなことはできなかったですね(笑)。

砂田「回せませんでした、ごめんなさい」とは言えないですよね(笑)。

清水でも、「ここは撮っておきたい」「突っ込んでおきたい」という作り手の砂田さんと、「撮りたいときだけ撮ろう」という娘としての砂田さんがいて、すごく揺れるなか、それはきっぱりと前者を諦められたんですか。

砂田そういうふうに揺れるだろうなと思って厭だったんです、撮りはじめは。

清水どうしても欲が出る。

砂田最初のほうはそういう葛藤自体が煩わしかった。でも本当に完全に割り切ってからは、そういう葛藤すらもなくなって、ビデオをオンにしたら自分が撮りたい瞬間まですうっと撮れるし、ここまでだと思ったら自然にオフにできた。最後の5日間とかは特にそうですね。何を撮っていたか、正直覚えていなかった。編集したときに初めて何を撮っていたかわかったんです。

清水ちょっと違うかもしれないけど、僕も「書いている」という感覚は後半のころはなかった。「書かされている」というか、伝えなくてはいけないこと、残さなきゃいけないことを、ただもう筆記者という役割として書いていただけなので、変なエゴはなかったですね。

砂田ブログが本という形になり、いま自分の手を離れ、読者に届いて、それは一般化、普遍化されたという感じはありますか。

清水これが普遍化されているのかどうか、僕はいまだにわからないですね。最初は自腹で本にしてお世話になった方々に配りたいと思っていたけれど、自費出版はお金がかかるし、「逆に少しくらいお金が入ってこないかなあ」と姑息なことを考えはじめて(笑)。

で、知り合いの編集者に本として出版できるレベルかどうか訊いたんです。そうしたら「出版したい」と言ってくれて。でも基本は身内で起こった事件でしかないので、それを赤の他人が読んでどう思うのかはよくわからない。

砂田私もまったく同じですね。もし父が亡くなってすぐぐらいに周りの人に「それ、まとめてごらんよ。作品になるかもよ」と言われていたら、たぶんこんな映画はつくれなかったと思う。ある意味無欲だったというか、こんなに通らない企画はないだろうと思うから(笑)。

清水企画?(笑)

砂田これまでにもドキュメンタリーの企画をたくさん企画会議に提出して、すげなく却下されていますが、なかでも「がんになった父を娘が撮った」なんて企画、絶対「それ、いいね!」ってならないですよ(笑)。そういう期待をまったく持たずにつくったんですよね、今回は。

そういう意味で、今後はここまで自分の「作りたい」という欲求に基づいてつくれることはないんじゃないかと思う。だけどそこに限りなく近づけてつくっていかないと、たぶん嘘は見破られる。「誰のために、何のためにつくったの?」と疑問に思う映画がたまにあるけど、そうならないようにしなくては、と思います。

清水そうですね。

砂田しかし、企画を決めている人たちというのは何を基準にして決めているんでしょうね?(笑)「売れるってなんだろう?」「何を根拠に言っているんだろう?」とよく思うんです。スティーブ・ジョブズに「これは売れないね」と言われれば、そうかなって思えるかもしれないけど(笑)。

結局「ダメ」にしても、「これは売れない」と即答するんじゃなくて、同じくらい悩んで「これはちょっと難しいね」って言ってほしいんですよね。・・・ごめんなさい、話がズレちゃって(笑)。

清水いやいや、熱弁に聞き入ってしまいました(笑)。

後半につづく

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ミシマ社編集チーム

砂田麻美(すなだ・まみ)
1978年、東京都出身。慶應義塾大学総合政策学部在学中よりドキュメンタリーを学び、卒業後はフリーの監督助手として、河瀨直美監督、岩井俊二監督、是枝裕和監督などのもとで映画製作に従事。初監督作品となったドキュメンタリー映画『エンディングノート』が10月1日より東京、北海道、愛知、大阪、京都、兵庫、福岡などで公開、順次全国ロードショー。また9月16日には小説『音のない花火』(ポプラ社刊)を出版。

第24回 映画監督 砂田麻美 × ライター 清水浩司――愛する肉親の生の記録を作品にするまで(前篇)

(C)2011「エンディングノート」製作委員会
映画『エンディングノート』オフィシャルHP 新宿ピカデリーほかにて公開中

第24回 映画監督 砂田麻美 × ライター 清水浩司――愛する肉親の生の記録を作品にするまで(前篇)

小説『音のない花火』 

清水浩司(しみず・こうじ)
1971年、広島県出身。フリーライターとして活動し、共著『文藝レアグルーヴ〜いまぼくたちが読みたい日本文学の100冊』(マーブルトロン/中央公論新社刊)、清水春日名義で青春小説『ぼんちゃん!』(小学館刊)などを発表。2009年に結婚したヨメ(1971年、福島県生まれ。元書店員)に、出産前にがんが見つかり、ブログ「がんフーフー日記」をスタート。2011年4月に闘病ドキュメント『がんフーフー日記』(川崎フーフ/小学館刊)を出版。

第24回 映画監督 砂田麻美 × ライター 清水浩司――愛する肉親の生の記録を作品にするまで(前篇)

単行本『がんフーフー日記』 
ブログ「がんフーフー日記」 

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