インタビュー・ミシマガ「人」

 数多くの職人の方の取材をしてきたけれど、こんなに不思議な魅力を持つ方に会ったことがない――ものづくりの現場で数多くの取材をされてきたライターの鈴木隆文さんのご紹介で、『エアロコンセプト』というブランドをつくられた板金工の菅野敬一さんを知りました。

 親も、そのまた親も板金職人。筋金入りの職人として生まれ育ち、仕事を愛し、仲間を愛してきた菅野さんの工場は、ある日突然倒産。仕事はあるのに、お金がない。崖っぷちの状態で菅野さんが抱いた想い――「本当に自分が欲しくなるようなものを、自分の手でつくってみたい」。

 その想いを抱いたときから、不思議な偶然も重なり、菅野さんのオリジナルブランド「エアロコンセプト」が生まれます。そしてそれは、マーケティングを一切しないにも関わらず、ジョージ・クルーニー、ロバート・デニーロ、ユマ・サーマンなど海外の多数のセレブにまで愛されています。「エアロ・コンセプト」についてうかがううちに、お話は人生哲学へと発展。どうぞお楽しみください。

(取材・文・写真 星野友里)

第29回 エアロ・コンセプト 菅野敬一さん 内側をじっと見る

2013.07.28更新


お客さんの靴を磨く

――(お邪魔したオフィスにズラッと並ぶ靴を見て)靴もつくられているのですか??

菅野いやいや、オフィスにいらしたお客さんがね、いい靴はいているのに、ちゃんと手入れしていないのが嫌なのね。で、僕は靴磨きがめちゃくちゃうまいのよ。だから、私が手入れしてあげるからあとで送ってね、って言うと、送ってくるんだよね。だから靴がいっぱいあるの。裏までちゃんときれいにするんだよ。「こいつ裏まで磨いてる!」っていうのがいいのよ。

――自分のお客さんの持ちものにまでこだわりが!

菅野なかにはやり方教えてくださいっていう人もいて。教えてうまくなると、それはそれで面白いんだよね。自分のお客さん。なんとか感化せねばとね(笑)

――板金の技術に革を組み合わせた「エアロ・コンセプト」シリーズ。目の前にすると本当にかっこいいです。これは万年筆ケースですか?

菅野敬一さん

菅野うん、そうなんだけどね、一本しか入らないの。それはいいことだよね。便利とは全然逆にいっていることがいいよね。「一本用のケース」というのじゃなく「一本しか入りません」という言い方のほうが僕は好きなんだよね。


ものが入らないカバンがかっこいい

――ものをつくるアイディアはどこからくるのですか?

菅野大きく二つあって。一つは形じゃないところから。こういう音がほしいな、とか。潔さ、愛(笑)、そういうものから入ってくる場合もある。もう一つはこういうものがほしい、これを入れたい、このシーンでこういうのがほしい、ということ。じゃあ細かいディティールどうしようかなと考えていって、こういう曲面でこういう光り方するものが好きだなぁとか思いながら、形にしていく。

――ご自身の「欲しい」「好き」というのが原点なのですね。

菅野もともと自分のために好きなものを作ろうと思って始まってるから。デザインのことも、ものの売り方もしらないし。ただ、外国人が見たらどう思うのかな、というのはずっと考えてました。薄っぺらくてものが入らないカバンがかっこいいんだよ、という、それがどれくらい通じるのかなという期待がありました。だから、日本人よりも先に向こうの方に通じたというのは、うれしかった。

――逆にいえば日本の反応が鈍い・・・。

菅野たとえばカバンを締めるときのカチっという音がいいでしょ、といっても、いい音だけどそれがいくらなんですか、となると何と答えていいかわからないよね。便利機能がついているとかそういうことなら評価されるけど。世の中の価値観が違う方向にいっているのか、僕がとんちんかんなのか。

 でも自分の価値観を押しつけるのは嫌だね。感じる人は感じる。感じない人は感じない。おのずと感じてくれるのはいいけど、マーケティングとかして、無理やり感じさせるのは嫌。賛同してもらわないと進まないようでは困ってしまうので、売れなくて結構です、というのが僕のスタンスです。それでも成立するように生きるにはどうしたらいいかなと思って考える。その覚悟がないと、僕みたいなものづくりはたぶんできないと思う。


だれよりもそれを欲しいと思っている人

――マーケティングはしない。

菅野媚を売りすぎちゃうと、何を目的にやっているのかわからなくなっちゃうでしょ。お客様本位ですというけど、それは一番の間違いなんですよ。ほんとうのお客様本位にならない。僕のものを買ってくれるのは限られた人で、全員に好きになってもらうことは無理なこと。ぼくが最初のお客さんであり、ファンだから、自分がいなくなっちゃうと誰もいなくなっちゃうんだよ。いま世の中にあるたくさんの商品は、つくり手も含めて、だれよりもそれを欲しいと思っている人がいないんですよ。

――そうかもしれません。

菅野企業の人たちからよく、どうやったら「エアロコンセプト」みたいにうまくいくんですか?ときかれます。どうやったら儲かるかのハウツーをききたいんですね。それには、「売らなくてもいい、お金になんなくてもいいという気持ちになってみてください」と答えています。そうすれば、うまくいくかもしれないし、うまくいかないかもしれない。でも僕みたいになる可能性はあります、と。

 ほんとうに本人が好きだとしても売れるかどうかはわからない。僕だってわからない。今だってわからない。わからなくていいと思います。


内側をじっと見ている人は大丈夫

――自分が何が好きかっていうのも、なかなかわからないことも多いですよね。

菅野敬一さん

菅野あなたの好きなことはなんですか?と言っても、好きなことを言える人ってそんなにいない。そこなんだよね。自分の中をじーっと見て行くと、自分が好きなものはどんな人にもあるはずなんだけど、それに価値があると思っていないんだよね。
まわりにもそこを見ている人がいない。昔はそれに気づかせてくれる大人がいたし、逆に、向いていないものは向いていないと、はっきりものをいうやつもいっぱいいた。

 内側を見ている人の方が正しいよ。派手さはないけど、内側をじーっと見れる人は大丈夫だよ。正しい。幸せになるのは派手じゃなくていいんだから。自分が心地よく生きらればいいんでしょ。内側にしかないんだよ。

――就職活動をしている学生さんにも伝えたい言葉です。

菅野僕も自分の好きというのをどうやってやろうかなというのは一生懸命考えました。人さまに迷惑はかけないで、なにかしらお金につながっていけば、わがままほうだいに生きていける。勝手でしょ。でも勝手が一番いいじゃない。みんななかなか勝手にいかないから、相手の同意を求めるにはどうしたらいいか、っていう方向にいくよね。

――そうですね。

菅野でも基本的に、人って放っておくと、自分のしたいこと、内側に向かっていく。今日より明日、明日より明後日、新しい業界のひとにどんどん会う、という時期があっても、そのうち結局内側に戻ってくる。それならはやく気づいちゃった方がいいんじゃないのと。実際自分を解剖してても、人を見てても、やっぱりこいつこっちにいくんだろうな、だって昔からそうだったもん、って思うんですよね。

 あと僕は写真が好きなんだけど、写真は後ろを振り返ったときに被写体があるんだって、うちのおじはよく言ってた。けっこうそんなもんなんだよな。

――なるほど。


死ぬっていうのはありがたい

菅野敬一さん

菅野それにね、僕はあと12~13年で死んじゃうからね。

――まだまだそんなお年ではないですよね?

菅野まあもう62歳だから。仮にあと50年生きるとしたって、宇宙の中で考えたらそんなに変わらないよね。そう思えば思うほど、まわりのものに影響を受け過ぎてはいけない。あと13年は雑念をいれないぞ、というところに結論が出てきた。

 引退するとか具体的なことじゃなくて、そういうふうに想った瞬間から、考え方が変わってきて、自分のいるものといらないもの、好きなものと嫌いなもの、はっきりしてきた。一見魅力的なものがきても、ぶれない。自分の幸せがだいたいこんなもんだな、というのがわかったから。それ以上のものはいらないし、余計なものがくっついても幸せじゃないだろうな、っていうのがわかってきたから。

――死ぬっていうのは大きい。

菅野死ぬっていうのがあるっていうことは、ほんとうにありがたいことだね。なんぼでも生きるようなものの言い方する人がいるけどね。不思議だよね。生きているあいだなんだよ。幸せを感じるというのも。
いつかは朽ち果ててなくなる者の方が、思いが残る。だから消えてなくなるものは素晴らしい。愛おしいというかね。なくなるというのがいいんだよね。そこに感激するのはまあ人間のエゴで、自然界はそういうふうにできているんだよね。

――そうですねぇ。

菅野僕のとこね、庭に野良猫がいるんだけど、その生態系が面白いのよね。勝手な雰囲気のつかずはなれずなんだけど。見てると勉強になるよね。幸せそうだし。人間から見るとこれは厳しそうだなと思ったりもするんだけど、全体で見ると納得のいく行動をするのね。それがいいなと思って。サスティナブルとかウィンウィンとか言わないわけよね。安定しているな、バランスとれているな、と思う。

――サスティナブルとかウィンウィンとか(笑)

菅野人間は脳みそがでかすぎるからな。おれだって自分では馬鹿だと思っているけど、そういうふうにうまれちゃってるから、いろいろ考えるしね。仕方ないよね。自然界に反することを受け入れちゃうこともあるだろうし。

 だからできるだけ幸せに生きるには、自分の中をじっと見る。見たほうが幸せだと。自分の寿命があるということ、そう長い間じゃないということもわかる。そうするともったいなくなる。名声がとか、あがめたてまつられるとか、預金通帳に数字が並ぶとか。それも幸せなことだけど、そっちの方が強くなっちゃうと、ほんとうの心の満足がなくなっちゃうということに気づいたんだよね。

 死ぬときはお金はいらないし、拍手も聞こえないし。外側から何かを得てくるんじゃなくて、自分の中にあるんだよな。そっちの方がずっと心地がいい。このオフィスに夕日がさしてきて、なんともいえないいい感じになるとか、そういう幸せの方がいいなって。

――そういう気持ちで、ものづくりをされているんですね。

菅野文章を書ける人みたいに、自分の感動を、モノに込めて、自分が一番好きなものをここにつくるしかない。だから想像だけど、僕がつくったものは自分の子どもで、買ってくれた人のところについていって、なんか言っているんだと思うんだよね。しゃべってるんだなと。それが、よかったなと思う。


・・・お休みの日にうかがったにもかかわらず、取材は半日におよび、工場を見せてくださり、たくさんのお話をきかせてくださり、オフィスに夕日がさす"いい感じ"も体験させてくださいました。菅野さんのつくったものたちは、本当に世界中で「しゃべって」いるのだろうなと実感した取材でした。菅野さん、同行いただいた鈴木さん、本当にありがとうございました。

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ミシマ社編集チーム

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