インタビュー・ミシマガ「人」

 宮崎駿監督最後の長編作品『風立ちぬ』の制作風景をメインに、ジブリの1年間に密着した映画『夢と狂気の王国』が現在公開中です。
 監督は、2011年秋、自らの最期を段取ろうとする実の父を描いたデビュー作『エンディングノート』で絶賛された砂田麻美さん。今回はアニメ界を牽引する宮崎駿、高畑勲、鈴木敏夫という「3人の王」のいまを追い、彼らの魅力に加えて、光や影、構図の美しさ、笑いを誘う編集の妙で、冴え渡った秀作を仕上げています。
 砂田監督に、1年の撮影で見てきたもの、感じたことを伺いました。

(文:堀 香織)

第31回 『夢と狂気の王国』監督 砂田麻美さん(前編)―魅力的な3人の王―

2013.12.17更新

夢と狂気の王国
監督・砂田麻美さん

破綻しないトライアングル

―― 映画『夢と狂気の王国』はどのような経緯でスタートしたのでしょうか。

砂田『エンディングノート』の公開後に、とある会社から「ジブリを撮ってみませんか」という依頼を受けたのですが、ひとつだけ条件として決まっていたのが、宮崎(駿)監督と高畑(勲)監督にはいっさいインタビューできないこと。2作目としてフィクションも準備していたこともあり、すごく興味はあるけれども難しいかなと1カ月くらい悩んだんですが、その間ジブリの作品を見たり関連書籍を読んだりするなかで、これはやったほうがいいんじゃないかなと思ったんです。それでやらせて頂きたいですと返事をしました。
 その後、プロデューサーの鈴木(敏夫)さんにお逢いして企画の相談をしたのですが、なかなかOKが出なくて。私も"最初に設定した結論を導くためのドキュメンタリー"を撮りたいとは思ってなくて、だったらどんなものならいいのだろうと......。追いつめられて「映画にしたい」という話をしたら、初めて鈴木さんのリアクションが大きく動いたんです。

―― 宮崎監督と高畑監督に一切インタビューできなくても映画にする、と?

砂田絶対インタビューも撮ると(笑)。 絶対に撮れると信じていました。

―― 宮崎監督の『風立ちぬ』の制作が佳境の2012年秋から劇場公開されるまでののべ1年、ずっと撮影されていたそうですね。300時間撮られたとか。

砂田300時間以上だと思います。

―― それを2時間にまとめるのには相当な苦労があったと思いますが、まず宮崎監督についてどのような印象をもたれましたか。

砂田宮崎監督は最初からとても穏やかで、やさしかったんです。サービス精神がものすごく旺盛で、逆に気を使わせてしまって申し訳ないなと思うくらい。本当にチャーミングな方でした。ただ、やはり『風立ちぬ』の佳境でしたから、描いているときに横にカメラを持って突入していくという毎日のなかで、一日のどのタイミングで近寄って行くかということに関しては本当に最後の最後まで悩みながらやっていました。

―― タイトルを初めて聞いたときにジブリに「狂気」と使えるのは砂田監督しかいないなと個人的に思ったのですが(笑)、これはいつごろ決めたのですか。

砂田GWごろですね、タイトルを発表しなければいけなかったので。そのころは『風立ちぬ』のCMや、主題歌の「ひこうき雲」のPVなども撮っていて、半分自分はジブリのスタッフなんじゃないかと思うくらいで(笑)。鈴木さんのプロデューサー室が3階にあり、その部屋の一席をいただいて常駐していたのですが、鈴木さんに一日何度も「砂田さーん」と呼ばれ「はーい」と返事をして何か頼まれるという(笑)。本当なら被写体と取材者という距離があって、外からずっと観察しているものだと思うんですが、だんだんと自分の家族を撮った『エンディングノート』みたいな、自分がその輪のなかにいるという感じになっていったんですね。
 それで毎日一緒にいて、鈴木さんって本当に天才的な人だなと思った。十五段階くらい先のことを常に考えているんですよ。どこまでが計算された言葉なのか、どこまでが自然に発せられた言葉なのかわからないくらい、常人ではないものの考え方をする。でも日常は至って自然体。宮崎さんの狂気というのは、ぜんぜんレベルは違いますが、私も作り手として理解できる部分がある。でも鈴木さんの仕事の仕方というのは、本当に日々驚かされた。
 しかも鈴木さんも宮崎さんも高畑さんもトライアングルを成して、どこも破綻しないような形で30年以上くるくると回っている、それが狂気だなと感じたんですよね。ただ最終的に編集の過程において、一見して理解できる分かりやすい狂気のシーンを入れることができなかったり、意図的に落としたりした部分はあります。

―― なるほど......。半分スタッフのような状況だったということですが、居心地はいかがでしたか?

夢と狂気の王国

砂田居心地はすごくよかったです。狂気と言うと、現場が殺伐として、みんなが怒鳴り合って、ストレス満載なんじゃないかと思うかもしれないけど、真逆なんです。本当にみんな穏やか。だからこそ怖かった。あれだけの興行収入があって、これだけ話題を世の中に提供しているのに、なんでこんなに平和なんだろうと。

―― その状態を言葉にするときに、ためらいながらも「狂気」とつけた?

砂田そうですね。でも「狂気」とつけたときに、ジブリの関係者の皆さんが誰も異を唱えなかったのは、たぶんそういうことなんだと思います(笑)。


「忍者になれ」という教え

―― カメラはご自分でずっと回されたそうですが、どんな苦労がありましたか。

砂田なるべくたくさん回さないようにしようと努力していました。あまり回しつづけると、この瞬間だというときに感覚的に鈍ってしまうので、だらだらと撮らないで、できるだけ撮る量は少なく、と。
 やはり相手が宮崎監督だったりすると「今日で最後かもしれない」という感じがするんですね。何か問題が起きて出入り禁止になるとか(笑)、やはり「明日も必ずある」という保証は何もないから、そうするともっともっと回したくなる。宮崎監督の話って、一日一冊本ができるんじゃないかというくらい興味深いので、どんどん回したくなるんです。でも実は私、そもそもカメラを回すこと自体が得意ではなくて。インタビュー中にカメラをテーブルに置いていて、何かいい話になったときに、自分でカメラを持ち上げて話を聞くということが本当にできない。

―― 躊躇するのですか。

砂田ものすごく躊躇する。何度も「ああ、これは本当にいい話をしているな」と思った瞬間はあったんですが、回さないこともたくさんありました。

―― 躊躇する、ということを含めて、宮崎監督と関係性を築けたのですね。

砂田一度、宮崎監督に「私、本当はカメラ回したくないんです」って言ったことがあるんです(笑)。そうしたら「それくらいでちょうどいい」って言われたことがあって。プロとしてはおかしい話ですが、すごく心に残りました。

―― カメラを回すのが苦手とは到底信じられないほど、魅力的な時間や珠玉の言葉がいくつもありました。

夢と狂気の王国

砂田ジブリを、そして宮崎さん、高畑さん、鈴木さんをまったく知らない状態から回しています。最初はわからないという恐怖があるので、回しちゃう。何かを映さないといけないということばかりに頭がいってしまうので、ずっと回していることが多かったんですが、だんだん自分なりに少しずつ理解を深めていくなかで、カメラというものを「不安を解消する材料」には使わなくなってくる。もっと自分の目で、肉眼で見るような気持ちのほうが強くなってくるんです。

―― そうなんですね。他に印象に残っていることはありますか。

砂田宮崎監督に初めてカメラを回す日の朝に「今日から撮影させていただきますので、よろしくお願いします」と言ったんです。それが、大事な会議が始まる前で、あとで鈴木さんに「おせっかいかもしれないけど、あれはあのときに言うべきことじゃなかったんじゃない?」と言われて。私としては何も言わずにカメラを回し始めるとういのは危険極まりない、ほとんどテロ行為という感じなので(笑)、驚いたんですが、「気配りという言葉から"り"を取ると何になる?」と言われ「気配ですか?」と言ったら「そう」と。「取材というのはいかに気配を出し入れするか、自分の気配を出すとき出さないときの差引で決まるんだから、ああやって大事な会議の前で緊張している宮さんに撮らせてくれというよりも、すべて終わって、気持ちが楽になっているときに、言ったほうがいいんじゃない?」と。「取材って忍者にならないといけないんだよ、忍者になりなさい」って言われたんです。

―― 「くノ一」になれ、と(笑)。

砂田そう(笑)。一般的な常識で考えれば始まる前に挨拶するのは基本じゃないですか。でも鈴木さんの言うことにはハッとさせられて、それからはいかに自分の気配を消すか、どのタイミングで人に挨拶したり話しかけるかというのは、100%はうまくいかなかったけれども、常に考えていました。

―― 鈴木さん......、やはりとてつもない名プロデューサーなのですね。

砂田最近の人は気配りが過ぎて、本当に相手にとって必要なものなのか、それとも自分本位のものなのか混同してしまっているとおっしゃっていました。いやー、本当に"タイミング王"ですね(笑)。すごいです、いつもそのタイミングが。


後半につづく
(明日、更新します!)

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砂田麻美(すなだ・まみ)

1978年、東京都出身。慶応義塾大学卒業後、フリーの助監督として是枝裕和監督らに師事。ドキュメンタリー映画『エンディングノート』(2011年)で山路ふみ子文化賞、日本映画監督協会新人賞など多数受賞。宮崎駿監督作『風立ちぬ』の主題歌となった荒井由実「ひこうき雲」のPVや、「auジブリの森」のCMの演出も手掛けた。著書に『音のない花火』(ポプラ社)。


第31回 『夢と狂気の王国』監督 砂田麻美さん(前編)—魅力的な3人の王―

©2013 dwango
映画『夢と狂気の王国』オフィシャルHP 新宿バルト9など全国公開中(配給:東宝)

第31回 『夢と狂気の王国』監督 砂田麻美さん(前編)—魅力的な3人の王―

小説『音のない花火』 

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