インタビュー・ミシマガ「人」

 宮崎駿監督最後の長編作品『風立ちぬ』の制作風景をメインに、ジブリの1年間に密着した映画『夢と狂気の王国』が現在公開中です。
 監督は、2011年秋、自らの最期を段取ろうとする実の父を描いたデビュー作『エンディングノート』で絶賛された砂田麻美さん。今回はアニメ界を牽引する宮崎駿、高畑勲、鈴木敏夫という「3人の王」のいまを追い、彼らの魅力に加えて、光や影、構図の美しさ、笑いを誘う編集の妙で、冴え渡った秀作を仕上げています。
 砂田監督に、1年の撮影で見てきたもの、感じたことを伺いました。

 前編はこちらから!

(文:堀 香織)

第32回 『夢と狂気の王国』監督 砂田麻美さん(後編)―ひとつの時代の終焉―

2013.12.18更新

ジブリは「職人集団」

―― この映画の企画が舞い込むまで、ジブリ映画はよくご覧になっていましたか。

夢と狂気の王国

夢と狂気の王国


砂田大人になって初めて自分の意志で映画館まで行って見たのは『崖の上のポニョ』です。

―― 以前、ミシマガジン人インタビューの清水浩司さんとの対談で、「ポニョ」を見て自分が泣いたところが一般的ではないという話をされていましたね。

砂田私の視点がズレているのではなく、「ポニョ」がおかしいんだと思います(笑)。というのは「ポニョ」はいわゆるわかりやすい、起承転結がオーソドックスなストーリーに基づいていないから、どのタイミングで琴線に触れるかというのは、宝探しのようにいろんなところにあると思うんです。私の場合は、ポニョと男の子が疲れ果てて帰ってきて即席ラーメンを食べさせてもらうシーンで、食べている最中にポニョが寝ちゃったところで号泣したんです(笑)。この映画の監督は、本当によく子供のことを見て、観察しているんだという、その事実に感動して。おそらくポニョが好きな人たちのほとんどは、その人にしかわからないポイントで感動したり泣いたりしていると思う。『夢と狂気の王国』のなかで宮崎監督が「いま自分が作っているものはストーリーじゃないんだ」と言いますが、確かにここ何作品かに関してはこの映画がどうなっていくかわからないという、「映画に作らされている」というスタンスで作っているのではないかと思います。
 とにかく、こういう一見子ども向けに見えるアニメーション映画で、まったく謎のポイントで泣いたというのは、ものすごく強烈な印象として残っていた。だから、ジブリ作品の熱狂的なファンではなかったにも関わらず、このお話が来たときに断らなかったという理由は、たぶんそのポニョの強烈な感覚が残っていたからです。
 それと、エンドロールに関してもすごくビックリしたんですよね。スタッフ全員があいうえお順に並んでいた。宮崎駿という人だけでなく、その向こう側にある組織、ジブリという集団には何かすごいものがあるんじゃないかって。

―― ではそのジブリを撮ってご自身が変化したことはありますか。

砂田これからも映画を作っていくのであれば、何が必要で何が足りないかというのは毎日のように教えられました。具体的に「君の足りないのはこれだ」と教えられたわけではないけれど、やはりこの3人を見ていると否が応にも向き合わなければいけない......。
 やはり彼らの教養の深さやものの見方の幅広さが圧倒的なんです。ひとりひとりが、アニメーションというものを離れても世の中をいろんな厳しい目で見ている。働く者という点では私も宮崎さんたちも同じじゃないですか。だけど「人は本当にこんなに真摯に仕事に向き合えるのだろうか」と思うくらいまっすぐに仕事をしてらしたんですよね。鈴木さんはお酒も飲まないし、いつも雪駄を履いて、三食きちんと食べて、気がつけば笑っている(笑)。そして非常に真面目な方です。宮崎さんも高畑さんもお正月も休まず働いているし、芸術家ぶっている感じはぜんぜんない。ジブリは職人集団だなと思いました。スタジオジブリという大きな拠点があって、工場長がいて、職人たちが一斉に机に向かって同じ空間で黙々と作業をこなしていく。

―― 宮崎監督が引退会見のときに「文化人にはなりたくない。町工場のオヤジでいたい」と言っていましたが、やはりそのとおりなんですね。

砂田宮崎監督には究極的な遊び心や無邪気な感じと、侍のように1本筋が通った昭和の男というのが同居していて、一日にどれかが何度も顔を出す。『風立ちぬ』の主人公の声を決める会議で庵野秀明さんを思いつくみたいな、おもしろいことを仕掛けているときの宮崎さんというのは少年そのものですし(笑)。とにかくぜんぜん年齢を感じさせない方でした。


生まれゆくものと終わりゆくもの

夢と狂気の王国

―― 宮崎監督は「呪われた夢」という言葉を『風立ちぬ』でも登場人物に言わせ、ご自身も本作で口にしていますね。

砂田宮崎監督というのは常に物事を相反する2つのことを思う人じゃないかなと思うんですね。いい面と悪い面。人が熱狂的に「アニメーションは夢や希望である」と思えば思うほど、「そこには必ず影があり、文明の手先になっていくものがあるんだ」と考えている人だと思うし、バブルの時代に多くの人が浮かれてきたなかで「一刻も早くバブルが終わればいい」と思っていた人。自分のやってきたことが100%正しくて、自分はこの世界のためにやったきたのだと疑いなく思う人だったらたぶんああいう作品を作っていなかったと思う。常に矛盾を抱えていて、そこが宮崎監督の魅力の一部だと思うんです。だから『風立ちぬ』の堀越二郎という主人公を最後の作品に選んだことも、すごく納得がいく。呪われた夢......、でもあらゆる仕事が抱えていることだと思うんですけど。

―― ジブリの終焉みたいなものは感じましたか。

砂田うーん......、このような本当に一人一人が強いエネルギーを持った3人が集まるという奇跡的なことは、これはもう起きないと思うんです。ぜんぜん違うところにまったく違う形のものは生まれてくるかもしれないけれど、いまの状態が同じように継続していくということはないと思う。つまり私たちはその奇跡の状態を味わえた世代だった。同時に、ジブリだけではなく、世の中が大きく変わってきているんだなというのをこの1年で感じました。彼らは芸術品を作っているつもりはないと思うけれど、やはりそこに魂をこめて作りだしていて、まさにそのクリエイティブの生まれ方は世の中全体からどんどん減っていると思う。手作業の仕事、あらゆる表現の自由が失われつつあるなかで、ひとつの時代が終わっていくんだなというのは撮りながら感じました。

―― 撮りながら終わりの寂しさも抱えていた?

砂田寂しい想いというのはないんです。やはり撮っているときは「いま生まれゆくもの」を見ているから。終わりゆくものと生まれるものが交差してXになっている状態を自分は撮っていたのだと思います。自分自身も映画を生もうとしていましたし、終わりを描こうとか終わりに向かっていく物語を作ろうという気持ちはまったくなかった。でも、すべてのものは失われていく。それは自分が常に意識していることです。そういう意味で、必ずそこに終わりゆくものは映りこむのだとは思います。

―― 『風立ちぬ』の公開後に宮崎監督が引退会見をされましたが、それについてはどう思われましたか。

砂田会見をすることには驚きましたが、引退そのものについてはそんなに驚きませんでした。むしろ「なぜ引退するんですか」ということを訊くのは愚かなことだと思ったので、それをしようとは思わなかった。映画を見れば、宮崎駿という人がどれくらい映画に全身全霊で取り組んでいるか、72歳でそれを続けていくということがどういうことなのかはわかるようにしなくてはいけないと思いました。

―― 会見直前に待機されていたホテルの部屋で宮崎監督を遠くから見守っていて、いきなり手招きされますね。あそこから始まる一連のシーンは本当に見事でした。

砂田1年間撮っている最中ずっと「これで最後だ」「これでおしまい」「もう本当に辛いから」などと言っていたけれど、私は話半分に聞いていました。さっきも言ったように宮崎さんはすごく対極なことを言う人なので、「楽しそうでしょ?」とニコニコした顔で言われて「楽しいですか?」と訊きかえすと「楽しくないですよ!」って言う人(笑)。そういう表面的な言葉だけで宮崎さんをとらえようとすると非常に難しい。だからおそらく会見当日の日も「寂しいですか」と訊いたら「ぜんぜん寂しくないですよ」と答えたと思うんです。だからそういうことよりも、その人の遠くから見える後ろ姿や醸し出される表情を重ねていくことのほうが映画にとっては大事だと思ったんですよね。
 宮崎さんからもよく人の内面を映像で描こうと思ったらアップじゃダメだと、「ずっとアップにしててもそこには何も映っていないよ」と言われました。引退会見の朝にも言われたんです。そうするとなかなかカメラを取り出せなくて(笑)。アップにして「どうですか、いまのお気持ちは?」とはさすがに訊けなかった(笑)。

―― 最後に。宮崎駿とはなんぞや、という答えは出ましたか?

砂田宮崎駿とはなんぞやと言えたらすごいですよね(笑)。
 ......以前は孤高の芸術家というイメージというのが多かれ少なかれあったと思うんです。私たち凡人にはまったく理解できない芸術家で、ひとりこもって描いているという。でもそういう宮崎さんよりも、本当に「町工場のオヤジ」とご自身が言っていたように、職人を率いていく工場長として毎日毎日同じことを繰り返して身を粉にして働いてきた人だという印象はずっと強まりました。そういう意味では私たち働くすべての人の延長線上にいる人。まったくぜんぜん違う世界の天才なのではない。芸術家集団を見ているというよりは、昭和という時代の本当に第一線で働いてきた人たちの背中を、私はずっと見つめていたのだと思います。

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砂田麻美(すなだ・まみ)

1978年、東京都出身。慶応義塾大学卒業後、フリーの助監督として是枝裕和監督らに師事。ドキュメンタリー映画『エンディングノート』(2011年)で山路ふみ子文化賞、日本映画監督協会新人賞など多数受賞。宮崎駿監督作『風立ちぬ』の主題歌となった荒井由実「ひこうき雲」のPVや、「auジブリの森」のCMの演出も手掛けた。著書に『音のない花火』(ポプラ社)。


第31回 『夢と狂気の王国』監督 砂田麻美さん(前編)—魅力的な3人の王―

©2013 dwango
映画『夢と狂気の王国』オフィシャルHP 新宿バルト9など全国公開中(配給:東宝)

第31回 『夢と狂気の王国』監督 砂田麻美さん(前編)—魅力的な3人の王―

小説『音のない花火』 

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