インタビュー・ミシマガ「人」

 2014年、まだ烏丸三条に京都オフィスがあったころ、はじめて「坂ノ途中」のことを知りました。
 「株式会社 坂ノ途中」は、2009年、代表の小野邦彦さんが25歳のときに、友人3人で立ち上げた会社です。その名も「野菜提案企業」。持続可能な農業を普及するための企業活動を行っています。

 とくに目を引くのが、「未来からの前借り、やめましょう。」と掲げるスローガン。実は私たちは、「未来からの前借り」をして将来に負担を先送りすることで、今の低コストは実現しているのではないか?
 そう疑問を持っていたことが、会社を作るひとつのきっかけになったんだそう。

 ミシマ社の「シリーズ 22世紀を生きる」は、「もっと先のことも視野に入れたなかで、今を考えないといけないのではないか」と考えてはじめたシリーズです。それ以外にも、「100年続く出版社を」と「100年続く農業を」って、あれ? なんだか、根っこが似ている気がする......。無性に気になる会社、「坂ノ途中」。もっと知りたくて、代表の小野邦彦さんにお話を伺ってきました。

(構成・写真:新居未希、構成補助:黒田那智)

第37回 坂ノ途中 小野邦彦さん

2015.01.19更新


農業に携わるきっかけ

小野僕は奈良県の片田舎で育ちました。うちの親が自由な人で、僕が中高生の頃はあんまりあくせく働かずに、親戚から畑を借りて野菜を作ってたんですね。けどサラリーマンの家庭のほうが都会的でかっこいいなあと思っていました。しかも僕が中高生ぐらいのときに父の糖尿病が悪化して家庭が闘病モードになり、かなりヘルシーなメニューを食べて育っていたんです。だからアルバイトしたお金で焼肉屋や牛丼屋に行ったり、必死で肉を食べてました(笑)。

―― 必死で肉を(笑)。

小野そうしているうちに「社会に出たくない!」と全力で思い、大学に進学します。それで京都で一人暮らしを始めて、スーパーで初めて野菜を買ったわけです。それがもう......美味しくなくて、びっくりしたんですね。見た目は実家で食べていたものと似ているのに、水臭いしぱさぱさしていたり、こんなに美味しくないのかと。それまでは親のしていることや、奈良で育ってきたことに「なんでこんな暮らしなんやろう」と思っていたけど、あれはあれで価値があったのかもしれないなと。それが考えるきっかけや、現代の農業に興味を持って本を読んだりするきっかけになりました。


できるだけ迷惑をかけずに生きたほうがいいんじゃないか

小野でも、それは今だから「あのときそうだったのかな」という感じなのであって、当時は社会に出たくないという思いだけで大学に行ったので、やりたいことなんて何もなくって。夏休みにふらふらっと東南アジアなんかをリュック背負って旅したり、縁あって学生団体で運営する着物屋で働いたりしていました。そこで得た経験で「社会に出たくない」と思っていたところから解放されて、外を見る気になったんです。けれどその後、やるにしてもほんまに意味があると思えることを考えようと、休学してバックパッカーをしていました。
 僕は昔から、なんで人はこんなにいろんなものに迷惑をかけねば生きられないのかとかいうのに、興味というか嫌悪感みたいなものがあって。外に目を向けてみても、世界中に遺跡があって、いろんなところで文明は終わっている。なんでこんなにしょっちゅう、人間は滅びてるんやろうと。

―― うんうん。

小野でもそれって、だいたいみんな理由は一緒なんですよね。長い時間軸で人が物事を考えられなくなって、今の世代のためにしか動かなくなってしまったから。でももう少し長い目線で考えるべきだし、それにもうさんざん環境への負荷をかけているんだから、できるだけ迷惑をかけずに生きたほうがいいんじゃないか、と思ったんですね。それから、昔から身近にあった農業こそが人と自然との結び目であり、どんな農業を選択するのかということが、人が自然とどういう関係を創っていくかというのが象徴されるポイントなんじゃないのか、というようなことを考えるようになりました。
 それで、環境への負担が小さい農業を広げるような仕事をしよう、とバックパッカーの旅から帰国しました。けれど個人的に一旦社会人として修行を積む必要があると思っていたので、一度外資系の金融機関に就職して、2年東京でサラリーマンをして京都に戻り、今の会社を創りました。


農業をやりたい人はたくさんいる

小野実は今、農業をやりたい人ってわんさといるんです。農業をしたい人が集まるイベントには、すごい数の人が押し寄せる。そしてその人たちのうちの7割強は、どうせやるなら環境に配慮した農業をしたい、というようなことを言います。実際に農業をしている人で、有機農業をしている人なんて1%もいないくらいなんですけどね。

―― え、1%! そうだったんですね......。よく目にするので、もっと多いものかと思っていました。

小野しかも現代の農業では、担い手がいないなどいろんな理由で農地がどんどん空いていっていて、日本の全農地の10%以上が空き農地になっているんです。じゃあ「やりたい!」という人を空いている農地に送りこめば、日本の農業は大きく変わるんじゃないのと思うのだけど、これが全然うまいこといっていないんですよね。
 新しく農業をやりたいような人たちは、栽培技術に関してはすごく勉強する。けれど売り先は作れないんです。新規就農で借りられる農地は、もちろん空いている農地なんですけど、そこは周りに比べて条件が悪いから空いているわけなんですよ。そんなところで作るから、栽培技術が高くても生産できる量は少量不安定になるんです。少量不安定なものを扱いたがる会社って、ないんですよね。

―― うーん、なるほど......。

小野でもそういう野菜って、ハンドメイドなわけじゃないですか。服や靴だったらハンドメイドのものとしてすごく丁重に扱われるはずなのに、野菜だと流通屋さんが買わない。これは、売る側の問題なんじゃないかと思うんです。だから僕たちは不安定な野菜をハンドメイドの野菜と捉え直して、その価値をちゃんと伝えながら売れる会社を創ろう、ということをやってきています。


「〜だったらオッケー」は大きな誤り

―― 最近はロハス系の雑誌も増えてきていて、有機農業を賞賛するような雰囲気を感じていました。けれど有機農業も、何でもオッケーというわけではないんですよね?

小野それはそれでいいところもあるし、悪いところもあると思っています。まず基本的に、「〜だったらオッケー」みたいな勝利の方程式、絶対正義があると思うこと自体が大きな誤りであると思うんですよね。それは有機農業に関してもまったくその通りで、農薬や化学肥料を使わない=環境負荷が小さい では決してない。
 たとえば有機肥料っていうのは、遅効的なんですね。有機肥料は分子が大きいから、それを土地の微生物が噛み砕いて無機化して、小さくなったものを植物が吸う。だからじわじわ効くんです。わけをわかっていない人が有機農業をやると、不安になって肥料を入れすぎる。肥料過多の農業は水質汚染につながるし、できる野菜の品質も落ちます。

―― なるほど。

小野一方で、わけがわかったうえで化学肥料を使ったり、ここぞというタイミングで農薬をかけるのが上手な人って、やっぱりいるんですよね。そういう人のほうが、よっぽど環境への負荷って小さかったりする。
 だから基本的には「〜ならオッケー」というところで思考停止になるのではなくて、たとえば農業の世界でも「考える農家」をどうやって増やしていくかが大事だと思っています。それは、消費者だってそうですよね。



自分たちはどうなのか、考えてほしい

―― 7年後のオリンピックですら遠いと感じるような時代の流れにいるなかで、「100年先を考えた農業をする」というのが素敵だなと思いました。

小野僕は割と、近視眼的な生き方に腹を立てているんですよね。たとえば「未来からの前借りをやめよう」という言葉には、すごい毒がある。要は、一部の年上の人たちに対して「あなたたちは未来からの前借りをして、今の楽しいシニアライフを送ってますよね?」というメッセージでもあったりする。でも、たいてい前借りしてきた人たちは鈍感になっているから、気づかないです。自分たちに突きつけられているって気づかなくて、「そうや、小野くんの言う通りや〜! あははははは!」と言うわけですよ(笑)。

―― (笑)。

小野伝わってないなあと思いながら「いやあ、ありがとうございます」って言うんだけれど、ほんとはそういう人たちにはたと立ち止まって、自分たちは未来からの前借りをしてきたんじゃないかと思ってほしいんです。結局そうやって「小野くんの言う通りや、がはははは!」と言えちゃう人は、想像力が欠如していて、目の前のことしか考えられない。だから将来の世代に負担を先送りするし、地理的な遠くのことも想像できない。「未来からの前借りをやめよう」も「100年先も〜」も、想像力を刺激するスイッチを押したいと思って、そういう言葉を選んでいる部分があります。


多少いびつであろうが、社会にインパクトのある形を

小野でも結局僕たちは格好つけたところで、「売れない野菜、誰か買ってよ」という会社なわけです(笑)。けれどそんなの、普通にしていたらまったく売れそうな気がしないですよね。だから最初は飲食店向けに販売して、「プロが認めた野菜ですよ」というハクをつけたり、工夫をしていました。
 すると徐々に売上が伸びてきて、だんだん本当に少ししかない野菜や、一瞬しか出ない野菜が売りにくくなってきたんです。これは、このままいったら自分の目指したい方向と全然違うなあと思ったので、その当時の出荷所の3分の1を改装して、八百屋にしました。自分たちの八百屋があれば、少ししかない野菜でも売れるなあと思って。


―― 最近は、ウガンダなど海外とのやりとりも増えてらっしゃるとか。ウガンダに行こうと思ったのはどうしてでしょうか?

小野そうやって規模が拡大していき3年くらいで食べていける感じになり、新しいことをやれてるなという実感も持ちつつありました。けれど同時に、痛感することもあった。
 僕はそれまで、小さくてもきれいなビジネスモデルを作り、「こんなことに意味があるんじゃないですか」という例を示すことで、いろんな地域で類似の取り組みが生まれ社会が変わっていく......というような形を描いていました。でも実際は、いろんな人が褒めてくれるけれど誰も真似しない。みんな笑顔で寄ってくるけれど結局なにも変わっていない、という事実。なるほど、小さくてきれいなことをするとこういうことになるのか、というのをすごく痛感して、多少いびつであろうが、社会にインパクトのある形を作らねばならないと思ったんです。

 その多少いびつでも本当に意味があることの一例として、2年半くらい前から東アフリカのウガンダに行っています。僕らが最初にやり出したのが、ウガンダの雨が降らなくなってる地域で胡麻を作ることです。胡麻は乾燥に強いので、気候変動で雨が降らなくなっている地域でも作って、現金収入が得られます。そして、それを日本が消費国として責任をもって買う。胡麻って湿度に弱いので、こんなに雨が降る日本で無理やり胡麻を作るよりも、適した気候で栽培して日本で運ぶほうが環境負荷も下げられるし、乾燥化に悩む地域の生産者にとって所得確保の選択肢となる。今は胡麻以外にも、たとえばバニラビーンズなどいろんなものを輸入してきています。
 ほかにも、京都の山間地域で自社農場を運営し研修生の受け入れを始めたりもしています。

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 活き活きとこれからの展望や、どう動いていくかを話す小野さんの瞳の裏には、とんでもなく大きな炎が燃え盛っているような気がしました。
 農業や、自分が食べているものについて、もっと知りたいなあ。そう思ったのと同時に、これから「坂ノ途中」のみなさんがどんなことをされていくのか、想像するだけで嬉しくなりました。出版と農業、形は違えど、心は通っている!(...気がする!)




<お店情報>

小さな八百屋 坂ノ途中Soil
*文中にも登場する、坂ノ途中さんが経営されている八百屋さんです
〒601-8437
京都市南区西九条比永城町118-2
(九条大宮下る、3軒め)
電話:070-5347-0831
定休日:なし(年末年始を除く)
営業時間:10:30-19:00
Twitter:@soil_saka

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ミシマ社編集チーム

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