いささか私的すぎる取材後記

第5回 一発狙い

2013.06.06更新

第5回 一発狙い

 帰国報告会見の開始から20分ばかりが経過した。会場を埋め尽くした報道陣から定番の質問が出終わった頃合いを見計らって、私は手を挙げる。そして壇上の三浦雄一郎に尋ねた。

「人はなぜ山に登るのか、と昔から問われてきました。今、80歳でエベレストを登り終えた三浦さんにとって、どんな答えになるのでしょうか?」

 三浦の口元が緩んだ。出発前にした質問を思い出したんだろうな、と私は思った。

 私は、単純かつ根本的な質問をすることを好む傾向がある。
 2006年、巨人での最終登板を終えた後の桑田真澄にはベンチ裏で「桑田さんにとって、200勝とは何なのですか」と尋ねた。
 2012年、通算タイトル獲得期数を歴代1位とした羽生善治には、当日の会見で「なぜ羽生さんは特別に強いんですか」と聞いた。
 日頃のインタビューなどでも「あなたにとって~とは何なのか」といった類の問い掛けを多くしている気がする。これ、実はあんまり有効ではない。まず答えにくいし、答えるには時間を要する。さらには、聞けたとしても、リアルタイム性を欠くために記事の材料になりにくいからだ。

 それでも聞いてしまう。なぜか。もしかしたら、ものすごい言葉が返ってくるかも知れないと期待するからだろう。打率は1割台だけど、芯に当たればスタンドインという打者のフルスイングに、たぶん似ている。ジャーナリスティック的価値のある談話を引き出したいという意識はもちろんあるが、記者である前に人間として、特別な人に根源的な問い掛けをしてみたいという欲求に駆られるのだ。

 3月22日、カトマンズに出発する前のインタビューでも、私は三浦に「人はなぜ山に登るのか」と聞いた。傘寿の冒険家は答えた。

「やっぱり、そこに山があるからだ、という答えしかない気がしています。富士山に登るのは登りたいから、と言うしかないのと同じで。山の存在そのものが夢を駆り立てるんです」

 5月29日の会見での答えは少し違った。

「人類が持っている移動本能じゃないかと思うんです。あの山の向こうには何があるのだろう、頂上からは何が見えるのだろうと。人類に移動本能がなく、最初に誕生した場所だけで暮らしていたら災害や病気で滅んでいたでしょう。今、宇宙まで行こうとする原点は我々のDNAに刻まれた好奇心であり、冒険心であり、移動本能なのだと。そんな本能に動かされるのが、やはり山に登る理由なのだと思います」

 力強くなった言葉は、三浦がエベレストで得た何かを雄弁に物語っていると思った。

 ちなみに桑田真澄と羽生善治の話。
 18番は「僕の美学です。目標に向かって努力を続けることが男の美学だと思う。今までも、そう信じて生きてきました。200勝は達成できないかもしれない。でも、到達するために生きていくことが僕の美学だと思っています」
 と答えてくれた。7年経った今も、不思議な余韻が残っている。

 将棋の神様は「う~ん、そうですね~」と笑顔を浮かべながら天井を見上げ、5秒くらい考えた。そして、何かを言い掛けようとして中断し「やっぱり、ちょっとわからないです、ハイ」と笑った。
 私はこれから何度でも羽生に同じことを尋ねるだろう。そして、いつかコッソリと聞き出してみたいと思うのだ。あの時言い掛けた、秘密の言葉について。

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北野新太(きたの・あらた)

1980年、石川県生まれ。学習院大学在学時に雑誌「SWITCH」で編集を学び、2002年に報知新聞社入社。以来、記者として編集局勤務。運動第一部読売巨人軍担当などを経て、文化社会部に在籍。2010年より主催棋戦の女流名人戦を担当。2014年、NHK将棋講座テキスト「第63回NHK杯テレビ将棋トーナメント準々決勝 丸山忠久九段 対 三浦弘行九段『疾駆する馬』」で第26回将棋ペンクラブ大賞観戦記部門大賞受賞。シリーズ「コーヒーと一冊」にて初となる単著『透明の棋士』を著す。

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