いささか私的すぎる取材後記

第19回 巨匠の作法

2014.01.08更新

 5人の記者を前にして、横山秀夫は「聞きたいことがあったら何でも聞いて下さい」と言った。私は意を決した。手元のアイスコーヒーをチューッと吸い込んでから「あの~」と切り出す。「自分・・・『64』とか『クライマーズ・ハイ』とかを読んでると、あーなんてグイグイと推進力を持った文章なのだろう、とか思ってしまうんですけど、書く上での心得みたいなものってあるんですか・・・?」
 横山は「あーなるほど・・・」と言って天井に視線を送った後、私の方に向き直してから頬を緩ませた。
「そうですねえ。何と言うかですね・・・」

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 私はアカデミー賞最優秀作品賞を受賞した映画に出演したことがある。
 ・・・・・・(甘美な余韻)。
 ウソをつくならもっとセンスのあるウソをつきなされ、新年早々イヤだわぁ、と思われた向きも多かろう。だが、悲しき虚言などではない。厳然たる真実なのである。
 何を隠そう、私は2005年の日本アカデミー賞で最高賞に輝いた映画『半落ち』で銀幕デビューを飾っているのだ(米アカデミー賞とは言っておりませぬぞ)。まあ、惜しむらくは出演時間わずか数秒で、セリフは「お姉さん!」のひと言のみなんだけど・・・。いわゆるエキストラってやつですね、ハイ。
 同作撮影中の2003年の暮れ、映画担当だった私に配給会社の宣伝担当の方が「『半落ち』にさ、報道陣がワーッと押し寄せるシーンがあるんだけどさ、北野くん、記者の1人やる?」と声を掛けてくれたのだ。当然の返事は「マ、マジすか! や、やります!」。
 葬儀場のシーンで、7人くらいの記者がドドドーッと樹木希林さんのもとに駆け寄って「お姉さん!」と迫る場面だった。印象に残っているのは共演? したエキストラの方々の情熱だ。各々、ちょっとでもいいポジションで映ってやろうという野心に満ちあふれており、テストではあやうくはじき飛ばされそうになった。なので本番では「オレも負けんぞ!」とカメラの前へ前へと向かってみた。後日、完成披露試写会で確認した際、間違いなくコイツはオレだ、という人物がスクリーンに映し出されていた。デビュー作にして引退作の淡い記憶である。

 撮影当日は現場取材も兼ねていた(つまり劇中記者でなく、リアル記者として)。法廷シーンの傍聴人としてカメオ出演した原作者に感想を尋ね、記事にする取材。原作者とは、もちろん横山秀夫である。作家は、判決に驚いて隣の人にヒソヒソと耳打ちをするという微妙な表現力を求められるシーンを堂々と演じ切っていた。撮影後、声を掛けると「も~心臓バックバクでした!」と実に嬉しそうに笑った。「僕にとって活字と映像表現は全く異なったものですからね。文法も作法も全く違いますから。スタッフの方々に完全にお任せしています」。作法という言葉に美学を感じた。

 あれから10年。昨秋、報道各社の記者向けの講演会で講師を務めたのが、上毛新聞記者から作家に転身した横山だった。終了後、せっかくの機会だからと名刺を手に並んだ5人の記者に対し、横山は「じゃあ、みなさんでコーヒーでも飲みません?」と控室に招いてくれたのである。

 冒頭の質問の答え。
「文章を音楽のように捉えることですね。徹底的に声に出して読んで、言いつかえるところがないかを確認します。だから句読点の位置とか、振る振らないは、かなり悩みます。仮に文法的におかしくても、リズムとしてここに読点を振るべきではないと思ったら振りません。すべて、読み手がいかに読むのかということを想定します」
「あとは、一枚の絵として考えることかな。本の場合なら、見開き2枚のページ上に広がっている絵だと思うようにします。パッと見てびっしりと字が続いている文章は読みにくいですよね。だから改行を挟み込んだりしてバランスを見ます。あとはそうだな、重要な言葉は極力、行を股がないようにすることですかね。印象が薄くなってしまうので。ページをめくってすぐのところに重要な一文が来ないようにする、ということもしています」
 作家というのは、そんなことまで考えているんだなと思った。最新刊「64」は出版寸前までいった原稿を出版社から戻し、3年間もの推敲の果てに世に放たれた作品と聞く。苦闘の背景を垣間見た気がした。
 別れ際、彼は言った。「新聞記者の書くような文章なんてつまらないって、僕は散々言われた。でもね、絶対に違うと思っててさ。だって、決められた短い分量でより良いものを提出しようとウンウン唸る作業を、毎日毎日繰り返している人間の文章が良くないものなわけない、って思うんだよね」

 他の記者が立ち去るタイミングを見て「半落ち」の撮影現場での話を振ってみようかと一瞬考えた。考えて、そんな必要はない、むしろ余計だ、と思い直した。あの時聞いた「作法」の秘密に、たった今触れることが出来たのだから、と。


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北野新太(きたの・あらた)

1980年、石川県生まれ。学習院大学在学時に雑誌「SWITCH」で編集を学び、2002年に報知新聞社入社。以来、記者として編集局勤務。運動第一部読売巨人軍担当などを経て、文化社会部に在籍。2010年より主催棋戦の女流名人戦を担当。2014年、NHK将棋講座テキスト「第63回NHK杯テレビ将棋トーナメント準々決勝 丸山忠久九段 対 三浦弘行九段『疾駆する馬』」で第26回将棋ペンクラブ大賞観戦記部門大賞受賞。シリーズ「コーヒーと一冊」にて初となる単著『透明の棋士』を著す。

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