いささか私的すぎる取材後記

第21回 闘志について語るときに渡辺の語ること

2014.01.22更新

 

 年季が入りすぎて暖房が故障してしまったのか、喫茶店の店内はヒンヤリと底冷えがした。外にいるときとほとんど変わらないくらいだった。スラックスにドレス・シャツ一枚の渡辺明は「ちょっと寒いですね。着ていいですか?」と言って、例のウィンドブレーカーに袖をとおした。

 ブルーマウンテンの香りに満ちていたはずのコーヒーカップは必然的に2つともカラになっている。「お代わり頼みます?」と提案すると、彼は「大丈夫です」と小さく言った。正直、遠慮は無用だった。私は熱いコーヒーを胃に流し込む欲求に駆られたが、忍耐の局面だ。話の続きを聞こう。

「ちょっと伺いにくいんですけど、やっぱり竜王位というのは特別なものだったんでしょうか」
 過去9年間、彼が最も多く耳にした単語のひとつだろう。「竜王」という言葉の勇壮な響きを聞いて、渡辺は少し淋しそうな顔をした。私の問いかけが「・・・だった」と過去形だったせいかもしれない。迂闊だった。
「最初はあんまり実感がなくて・・・。いや、いまだに実感がないんですよ。タイトルを取られるのは2回目だったんですけど・・・」


 渡辺明は1984年4月、東京都葛飾区で生まれた。幼少期からアマ強豪の父に将棋を叩き込まれ、史上最年少(当時)の小4で小学生名人に。棋士養成機関「奨励会」入会後は破竹の勢いで昇段を重ね、00年、いずれも後に名人となる加藤一二三、谷川浩司、羽生善治に次ぐ史上4人目の中学生棋士となった。03年の王座戦で早々とタイトル戦に登場し、羽生をフルセットまで追い込む。翌年には棋界最高位「竜王」を森内俊之から奪取。以降、前人未到の9連覇を達成し、史上初の永世竜王の称号も獲得した。昨年は王将、棋王を連続奪取して史上8人目の三冠に輝いた。
 だが、10連覇を目指した昨年10~11月の竜王戦で森内に1勝4敗と屈する。代名詞となった称号をついに失ったのである。
「名乗っている時間が長すぎて、なんかあだ名みたいになっちゃってましたから。取られてしまったあとも竜王と呼んでくる人もいますからね。でも、いつまでもそれじゃ時の竜王に失礼ですし・・・。そのうち慣れてくるんでしょうけど、10年近く続いたものを変えるのはなかなか・・・。1年くらい経てば慣れるんでしょうけどね、自分も周りも」

―― 実感のない中でも失冠を意識させられる瞬間ってあるんですか?

「棋譜用紙にも竜王とは書かれないし、色紙にも書かないし。あ、でもボーッと書いてると竜・・・ってやっちゃいそうになります。だから色紙は気をつけながら書いてます。時間が解決するとは思うんですけど、やっぱり長かったんで・・・。
 自分では持っているタイトルに順番をつけているつもりはなくて、持っている数だけ意識しているつもりではあったんですけど。やっぱり長かったぶん、ダメージはありました。
 今は持っているタイトルをいかに守っていくか、ということに集中していますけど」

―― しかし新竜王の森内さんは名人戦でも羽生さんの挑戦を4-1で退けたり、充実している印象があります。実際に盤を挟んだ感覚としてはどうだったんですか?

「自分の出来が極端に悪かったとは思えないので、相手に上回られたのかなと。自分が4-0で勝ったとき(2009年)とはあきらかに違いがありました。現状では自分の力が足りなかったんだと思います」

―― それにしても森内さんにしても羽生さんにしても、40代でも頂点に君臨していますよね。なぜ彼らの20代前半の頃のように新しい世代が時代を席巻できないんでしょうか。

「それだけ羽生さんたちの世代が出てきたときの技術革新が大きかったんじゃないですかね。将棋をロジカルに捉えるようになって定跡の整備が始まったと言われているんですけど、そこの革命が大きかった。だから後発組はどうしても(新たな技術革新を生むのは)難しいところがあります」

―― 王座戦で中村太地さんが羽生さんを追い詰めたり、若い世代も台頭していますけど、ここ10年くらいは羽生世代を相手に渡辺さんが孤軍奮闘する、っていう構図が基本的には続いていますよね。

「世代間のことはあんまり考えたことがないんですけど、同世代とタイトルを争うことがないのはさみしいということはありますよね。子供のころはおじさんより同世代と指すほうが楽しいじゃないですか。おじさんたちに勝つようになっても、実は同じような力関係の子どもたちがいるんだと。で、30年くらい経ってもタイトル戦で戦っているという。
 羽生さんや森内さんたちはそうじゃないですか。そういう楽しみは今のところないかな、というのはありますけど、だからどうというわけでもなくて。楽しみがないだけで有利とか不利とかは思わないです」

―― そんな羽生世代との戦いについても書かれたのが『勝負心』(渡辺の新刊)だと思いますけど、文中では「勝負心」を「勝負をする上での心構え」と定義しています。
 いわゆる相手を倒そうとする「闘志」とは微妙にちがうようにも感じるのですが、渡辺さんは将棋を戦ううえでの闘志というものはあるんでしょうか。こないだ羽生さんにも同じことを聞いたんですけど・・・。

「闘志ですか。闘志・・・。闘志はないですね」

―― ないんですか。

「だってボードゲームですからね、基本的には読みじゃないですか。読みだから闘争心は無くてもできる。対局中は感情的にはフラットですね。相手によって変わるわけでもないですし。まあ、自分のほうが有利だという前評判の対局では負けたくないっていうのはありますけど。負けるとすぐ『力が落ちた』ってなりますからね。ただ、盤上での闘志はなくても、競争を勝ち抜いていくんだっていう普段の意欲は持っていないと、とは思ってます。意欲がないと研究しなくなりますからね。
 動機はそれぞれで『勝ちたい』でも『負けたくない』でも『負けるとカッコ悪いから負けたくない』でも『お金が欲しいから』でもなんでもいいと思うんですけど、意欲がないと普段の研究はできないですよね」

―― 意欲ですか。

「将棋ってキャンプで体をつくってから指すわけではないので、いきなり指せと言われても指せちゃうんです。1カ月間何もしないで、いきなりタイトル戦やってくれと言われてもたぶんできちゃうと思うんですよ。で、極端にパフォーマンスが落ちるかと言ったら、どうも落ちないような気が最近はしていて。
 だから、対局の場での闘志はないんですけど、意欲はないとできない仕事かなとは思います」

―― なるほど。

「好きで始めた将棋で、まあ今は将棋が好きで普段の研究をしているわけじゃないんですけど。棋士は恵まれていると思うんです。
 対局をして生計が成り立つというのは。嫌なことをしなくていいんですからね。世の中、嫌な仕事をしている人がいっぱいいる中で。他人との利害関係が無いのは、生き方としてラクと言えばラクなんです。全部自分なので。普段の縦社会のストレスもないし、自分の成績が悪いから部下が尻ぬぐいでどこかに飛ばされちゃうとかってことはないですから。
 だからせめて研究くらいしようよという義務感はありますよね。それすらしなかったらホントにダメダメじゃんと(笑)。で、研究しないで本当に力が落ちてしまったときは対処するのは難しいと思いますし」

―― でも、そういう立場は努力なり実力なりで獲得したわけですよね。

「いや、でも今の自分の技術が自分の努力によってあるのかどうかすらわからないんですよ。
 自分の場合は父親が将棋の強い父親で、小学生の頃に教わって、教室も決めてもらって、で、先生や師匠にも会ってというのは極端な話、自分の選択ではないですから。体だけ運んでパチパチ指していたら身に付いていた技術なので、自分で得たものなのかすらわからないんです。実は自分がやってきたことなんて本当は1割もないのかもしれない。わからない以上は研究くらいしないと」

―― 同じような環境を与えられた人は他にもいますよね。そういう中で突出したのはやっぱり先天的な要素があるんでしょうか。神様が与えた、じゃないですけど。

「自分が人並み以上の努力をしてきたとは思えないので。だとすると変な話ですけど、才能が占める割合は多かったと思うこともあるんですよね。棋士や棋士を目指す人はみんな努力していますから。奨励会を退会していった人も。仮に努力に大差がなくても、必ず順位が付いちゃうっていうのはありますよね。タイトルがあって、順位戦や竜王戦にはクラスがあって。誰かがチャンピオンになるし、トップグループも形成されてしまう」

―― でも、才能だけで頂点を極められるほど甘い世界ではないと思いますけど。

「でも20歳くらいまでは才能でなんとかなっちゃってたというのはあると思います。人並みくらいの努力はしていたのかもしれないですけど。でも、ハタチを過ぎてタイトル戦とかに出られるようになって、自分には何が足りないんだろう、と自分の意志による努力というものを考えるようになりました。12、13歳からやりたいことを我慢して、なんてことをしてたら続かなかったと思いますよ。
 あとは性格的な向き不向きみたいな部分はあると思います。奨励会も例会(対局日)は月2日で、残りの29日間は監督やコーチがいるわけではないので自分で取り組んでいくしかないんですよね。そういうのが自分はわりと得意だったので。でも、性格だって自分で形成するものじゃないですからね。両親の影響だったり、生まれながらにして決まっているものかもしれませんし」

―― ものすごくご自分を客観視されますよね。クールというか・・・。著書の中の「私はロマンを求めたりしない」という言葉も印象的でした。将棋にロマンを求めまくってる私としましては・・・。

「派手なことをやればいい、というわけではないですからね。プロならいくらでも派手な戦術や戦法で戦うことはできます。でも、理論的に構築されたものかどうか、というのは別の話で。どういう生き様を見せようとか、カッコいいからこう見せようとか、どう見られるかは考えてないですね。どう生きていけばラクかは考えますけど(笑)」

―― 今後伸びしろがあるかどうかはわからない、というのも大胆な意見かと思います。

「25歳くらいまでは、技術や知識が積み重なっていた感覚はありました。でも25、6のときに、もう現代将棋は知っている、戦後の強い人の・・・大山(康晴)先生、中原(誠)先生、米長(邦雄)先生とかですね、の将棋も一通り知っている、となったときに、もう伸びしろないかもなと思いました。で、下手に指し口だったり形勢判断の感覚をいじったりすると悪化するかもしれませんからね。あとは、その場その場の正答率を上げたり、ただ経験を積んでいけばいいって。でもまあ、そこからなんだかんだやってきて、今はよくわからないですね。どう伸びていけるかは」

―― 将来こうありたい、という理想はあるんでしょうか。

「自分の意志なのかどうかわからないですけど、今はある程度は技術があるという事実はあるので、立ち位置的にはそういう技術を発揮して戦って、伝えていけたらと思いますね。タイトル戦とかは後世に伝えていくことになりますから。
 たとえば自分は今、30になるところなんですけど、50、60年くらい経って、自分が80とかになったときの棋士たちがお手本にするような将棋を指したいですね。やっぱり僕らも一時代を築いてきた棋士の将棋を手本にしてきましたから。記録の面ももちろんありますけど」


―― 年が明けたら羽生さんを挑戦者に迎えた王将戦が開幕します(取材は12月28日に行った)。番勝負の直前ってどう過ごすものなんですか?

「あんまり特別なことはしませんよ。100%の準備ができればいいとは思いますけど、年間を通して戦いがあるので常に100%というのは難しいです。
 自分の場合は結婚もしているし子供もいるので、普段の生活があってなかなか100%は難しい。だから8割くらいの力を常に発揮できるようにとは心がけてます。人生に一度きりの国家試験を受けるなら100%でやりますけど。土日は競馬をやったり、息子のサッカーを見に行ったりしますし。生活サイクルが変わっていく中で、どう対応していくか、いいスタイルを身に付けられられるかということですかね」

 スタイルという言葉を聞いて、瞬時に浮かんだのは羽生のことだった。羽生は先日のインタビューで言っていた。「大切なのは、情報技術の発達とか今現在の外的な要因に対して、自分の持っているものをいかにうまく生かしきれるかということ。自分のスタイルや持ちあじを、いかに使っていけるかということを常に考えていないといけないと思っています」
 渡辺と羽生の言葉は、奇妙なほど正確に交錯していた。

 会計を済ませて店を出ると、渡辺は入口のドアの前で待ち「ご馳走様でした」と頭を下げた。先輩にランチをおごってもらったサラリーマンみたいに。なんだかおかしかった。

 当日夜、お礼のメールを送ると、すぐ返信があった。
 「こちらこそお世話になりました。寒いお店を選んでしまい、失礼しました(笑)。元気なお子さんの誕生をお祈りしております」
 帰りぎわ、もうすぐ生まれそうなんですよね、と私が告げたひと言を、渡辺は気にかけてくれた。思えば、渡辺は20歳で男の子の父親となったベテランパパである。もらったメールの一文は、彼の子供への愛情を逆に表現しているようにも思えた。

 インタビュー翌々日の未明、次女が生まれた。私は生まれたばかりの子供を腕に抱きながら思っていた。母子ともに健康に生まれてくれた理由の何パーセントかは、渡辺明の祈りによるものなのかもしれないんだな、などと。独り善がりに。

 年明けの6日、写真撮影のため渡辺と再会した。子どもが無事に生まれたことを伝えると「おめでとうございます。それは何よりでした」と穏やかに笑った。対局室では決して見たことのない彼の素顔に触れたような気がして、私は嬉しかった。

 一週間後の第63期王将戦7番勝負第1局は、渡辺明王将が挑戦者・羽生善治に先勝した。難解な終盤戦に突入した後、自玉の不詰みを完璧に読み切った渡辺は、羽生の6連続王手をヒラリヒラリとかわして投了に追いこんだ。
 王者の将棋だった。

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北野新太(きたの・あらた)

1980年、石川県生まれ。学習院大学在学時に雑誌「SWITCH」で編集を学び、2002年に報知新聞社入社。以来、記者として編集局勤務。運動第一部読売巨人軍担当などを経て、文化社会部に在籍。2010年より主催棋戦の女流名人戦を担当。2014年、NHK将棋講座テキスト「第63回NHK杯テレビ将棋トーナメント準々決勝 丸山忠久九段 対 三浦弘行九段『疾駆する馬』」で第26回将棋ペンクラブ大賞観戦記部門大賞受賞。シリーズ「コーヒーと一冊」にて初となる単著『透明の棋士』を著す。

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