いささか私的すぎる取材後記

第28回 名優の流儀

2014.07.04更新


無名塾稽古場にて

 ああ、あんみつですか・・・。ありがとうございます。先日の新聞記事を読んで下さったんですね。「男の別腹」でしたか・・・。もともとは飲んべえなんですけどね。80過ぎて好きになりました。ありがとうございます。後でいただきます。

 本はおかげさまでなかなか評判のようで、感動したというお手紙を頂いたりします。これまでにも何冊か本を書きましたが、読んで下さる方を意識するあまり、気恥ずかしい本になってしまったりもしました。やはり自分で書きますと、役者ですからね、多少の虚偽が入ってしまう恐れもありましたので今回はライターの方にお願いしました。数年掛かりましたが、非常に熱心に取材を続けて下さいまして、自分で書いたような錯覚に陥りました。老いぼれの生き様です。皆さんにどう読まれているんでしょうか。

 初めはお断りしようと思ったんですけど、無名塾を始めて40年になりまして、これまで200人くらいが通過してきているんですけど、そいつらに遺言のひとつも言えたらと思いました。次世代の若者たちにも。照れくさいのですが。タイトルは私から「未完」としてくれないかとお願いしました。これも恥ずかしいところなんですけれども。

 名作に出会い、名監督に出会い、運のいい俳優人生を続けてきたのですけど、なんだか成し遂げたという気持ちが、役者としてこれをやったという仕事はまだ出来ていないような気がするんです。80を過ぎても蝋燭を灯しながら暗い道を歩いているような気持ちになります。基本的に天職ではないと思っているんですね。役者を。もう60年間やってきたわけですけど。同級生の宇津井健も亡くなって、むざむざ生きています。

 でも、喜んでもらいたい、感動してもらいたいという気持ちはまだありまして、まだ演じたい芝居が10本くらいあるんですよ。本当に欲張りというか・・・。生きていなければ代役にやってもらおうと思っています。今だって「ロミオとジュリエット」の公演を終えたばかりですし。一昨日が千秋楽で。105回ですよ。ハードなんてものではないです。プレーイングマネージャーですからね。

 道楽といいますが、楽な道ではありません。厳しいです。因果な商売を始めちゃったもんだと思います。挫折していく若者も大勢います。でも、役者は歌え、歌手は語れ、ではありませんが、おこがましい言い方かもしれないけど、生き様、死に様、面白さを見てもらって、ああ、劇場に来てよかったなと思ってもらえるものをつくりたいんです。

 主役もたくさんやりましたけど、映画会社の専属ではありませんから変わった役をやって生き延びてきました。やっぱり裕次郎さんのような人はスターの風格がありましたよね。彼のための企画を彼が演じるというような。

 デビュー作はエキストラで出た「七人の侍」でした。何百人も見ている中で黒澤監督から何時間もダメ出しをされて、こんな屈辱的なことはないと思いました。ものすごく尊敬していましたし、大ファンでしたけど。もし偉くなったとしても、もう絶対に黒澤さんの映画には出ないぞと思いました。

 で、実際に「用心棒」でオファーが来た時、黒澤さんに「監督はお忘れかもしれませんが『七人の侍』に出させていただいた時に、もう出ないと決めたんです」と言ったら「あの時のことはよく覚えている。だから君を使うんじゃないか」と言われました。すぐに出ることを決めました。
 プロフェッショナルといいますか、役者として不器用だった私が一念発起する機会になりました。黒澤監督が私を役者にしてくれたんです。

 「かくて自由の鐘は鳴る」での原節子さんとのキスシーンもけっこうな話題になりました。それまで原さんの接吻のシーンは真横から撮らなくてフリをするだけだったんですけどけど、成瀬巳喜男監督は「ちゃんと唇を合わせてね」って。すると原さんのマネージャーさんは「原は長年、清純な女優としてやってきたんですからダメ」と言うんです。でも成瀬さんも退かない。で、私が原さんに「あのう・・・」とお願いしてみると「ああ、いいわよ。おやんなさい」と。プロですよね。

 俳優学校をやっていますが、学校でやらなくても天才というのはいましてね。持って生まれたものが80%、技術は2割くらいです。10代の大竹しのぶと出会った時は、天才だと思ったものですね。

 無名塾を40年やってきて、最初からこれはすごいなと思ったのは役所広司ですね。入塾試験であんまり大きな声を出しすぎて気を失ったんです。山で遭難して死にそうになって『誰かいないかー! ヤッホー!』と叫ぶ場面で倒れたんです。で、おい大丈夫かと駆け寄ったらなかなか二枚目じゃないかと。彼はずっと素朴な人間でスターづらもしないし。あの時のままのような気がします。

 真木よう子さんは初めから素質がありました。いきなり「どん底」に抜擢しまして。でも、ウチにはそぐわなかったのかもしれません。朝6時からランニングするとかムチャなことをやらせたりしますから。でも最近、会いたいと言って下さっているみたいですね・・・。ええ・・・。とっても優秀だったんですよ。

 最近やっと気が付いたのは、作品と役柄を見て役に扮するんじゃなくて、自分自身を作品と役柄に暴露していくということなんですよね。役が持っているものは自分も持っているはずなんです。だから素っ裸になって飛び込んでいく。役になりきるなんて出来ません。気が狂っているわけじゃないから。自分自身は自分自身なんです。
 いつかは辞めなきゃいけないですけど、引退宣言をするつもりはありません。引退興行をしたらカムバックできないですからね。

 でも、舞台に立っていると女房からの、そろそろねって声も聞こえてきます。あんまり無理をしないでねって。いつも劇場のいちばん後ろに女房がいると思って演じています。
 なんだかとめどもない話をしちゃったな。記事、どうぞよろしくお願いします。


 私のような若僧に対してさえ、丁寧語と敬語を貫くのが仲代達矢の流儀だった。



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北野新太(きたの・あらた)

1980年、石川県生まれ。学習院大学在学時に雑誌「SWITCH」で編集を学び、2002年に報知新聞社入社。以来、記者として編集局勤務。運動第一部読売巨人軍担当などを経て、文化社会部に在籍。2010年より主催棋戦の女流名人戦を担当。2014年、NHK将棋講座テキスト「第63回NHK杯テレビ将棋トーナメント準々決勝 丸山忠久九段 対 三浦弘行九段『疾駆する馬』」で第26回将棋ペンクラブ大賞観戦記部門大賞受賞。シリーズ「コーヒーと一冊」にて初となる単著『透明の棋士』を著す。

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