いささか私的すぎる取材後記

第31回 時には見出しなど忘れて(後編)

2014.08.09更新

*前編はこちらから

――ちょっと作品から離れて、柴崎さんてどういう方なんだろう、というところを伺いたいのですが...。大阪市で、今の大阪ドームがある場所で生まれたそうですが、同じ大阪出身の中村ノリが好きとか。
 「あ~。前、エッセイに書きましたね。お好み焼き屋のテレビでオールスターを見て、MVPになった中村ノリを見て泣いた、みたいな。同い年なんです」
――野球、お好きなんですか
 「大阪にいるとお天気みたいに身近なものなので」
――エッセイに「いつも街全体から阪神の動向が伝わってきた」と。ものすごい文章ですよね。
 「いや、大阪にいるとスポーツニュースを見なくても今、阪神がいいか悪いかは体感的に分かるんですよ。街の雰囲気で。東京に来たら全然分からなくなったのでビックリしました」
――ということは猛虎党?
 「どちらかというと地元の近鉄とか南海とかの方が好きだったんですけど。私、天の邪鬼なところがありまして。さっきの小説の話もそうなんですけど、こんなに一杯応援している人がいるなら、自分はしなくてもいいじゃないかと...。だから、虎ファンというのはおこがましいんです。でも、阪神が勝っているとみんな楽しそうだから、その方がいいなというのはあるんですよね。大阪だと女子の間で、誰がタイプ? みたいな話をする時もフツーに阪神の選手が出てくるので、すごい身近なんです。私は引退しちゃった下柳がすっごい好きで、下柳がいる時は阪神ファンでした。あーゆーボサッとした人がいいですよね。日ハム時代から中野猛虎会に入っていた話とかがホントに好きで」

――下柳は担当記者から恐れられる存在でしたが...。
 「そうですね。でも家に帰るとラブラドールをかわいがるんですよね。そういうところもいいキャラだなって。星野監督時代に阪神が日本シリーズに出た時、心斎橋で買い物してたら、隣にいる女子が電話してて『あーはいはい。で、先発誰なん? 下柳?』って。フツーにハタチぐらいの女の子に、3時ぐらいになると先発を聞く連絡網があるみたいで。すごい!って感動しました」
――最近の球界では。
 「東京に来てから情報が入ってこなくなって、追いついてないです。神宮に阪神戦を見に行ったことはありますけど。今はカープ女子が盛り上がっているらしいし、気にはなっているんですけど...。地方色があるチームはいいですね」
――本書に中にもシレッとヤンキース、レンジャーズという単語が。
 「そうですね。ダルビッシュは好きですね。面白いです。ダルビッシュとマー君のツイッターのやりとりは面白いですよね」
――「お前はこれからマサオからマサタに昇格」みたいなヤツですよね。
 「そうそう、それです!」

――そういう環境で育ちつつも、小4でジャン・コクトーの詩に影響されたというのも。
 「いや、でも野球選手とかが10歳ぐらいであの選手はすごい、って思うことはあるじゃないですか、そんな感じだと思いますよ」
――なんでしたっけ。シャボン玉がどうのという。
 「そうです。『シャボン玉の中には庭は入れません。周りをくるくる回っています』っていう詩なんですけど。当たり前のことを当たり前の言葉で詩にしているだけなんで、こんなに世界の見方を変えられるのはすごいって思って。その時はそういう風には説明できませんでしたけど」
――完全に今も影響を受けてらっしゃいますよね。
 「そうですね。コクトーの詩がなければ今のような小説は書いていなかったと思います」

――で「大岡越前」を見て、チャンバラがなくても時代劇は成立すると知ったとか。
 「小学生の頃はだいたい夕方から時代劇の再放送があって、最初は『暴れん坊将軍』とか『遠山の金さん』とか『水戸黄門』とかを見ていたですけど、だいたいパターンがあるじゃないですか。実は将軍様だった、とかお奉行様だったとかって。パターンの面白さがあって、時代劇ってそういうものだと思い込みがあったんですけど『大岡越前』を見た時に、あっ、こういう話の作り方も出来るんだって感動したんですよね。誰かがウソをついて騒ぎになって収まるだけの話なんですよね。刀を抜かなくてもちゃんと1時間の面白い話は作れるんだなと」

――そんな中で文学に傾倒していくというのは、漱石が好きだったからとかそういうことなんですか?
 「そうですね。漱石もありますし、消去法というか...。漫画が好きだったんですけど、絵は下手で、これはないなと。あと映画も好きで中学3年からよく1人で映画館を見に行っていたり、高校は映画部に入ってみたりしたんですけど、どうやら映画は人にいろんなことを頼まないと出来ないらしいと知って、無理かと。小説は自分1人で出来るし、お金も掛からないので、自分には向いているんじゃないか。あと、漫画でも映画でも結局は言葉の部分に興味があるので、自分のやりたいことは小説なのかなと」
――高2で書いた短編ってどんな話なんですか?
 「17歳ってドラマとかだと殴り合いの喧嘩とかをするもんだと思っていたのに、別に何にもないなーっと思っている高校生の話です」
 ―それまた...。
 「あんまり今と変わらないです。ハイ」

――大学は写真部で。最近はパノラマ写真専門とか。
 「パノラマばっかり撮ってます。カメラを水平に動かして撮るんです。私が持っているのは最大で270度ぐらい収まるんですけど、動かして撮るから一枚の写真の中に時間差があるんですよね。現実を写しているんだけど、現実には存在しなかった光景が写るんです。そのズレが面白くて。パノラマ写真はアナログでは出来ない新しい体験でした」
――大学卒業後は機械メーカーで4年間お勤めに。
 「事務職社員としてはちゃんとやってました。でも書き上げた日の翌日とかは魂が抜けていて、ミスもけっこうしました。このままだと大きいことをやらかしそうだなあと思ったので会社を辞めたんですよね」
――一大決心。
 「いえいえ。職業作家になることが自分の人生の予定だったので、23で就職した時に30までに作家さんとして食べていけるようになる、と決めたので、23から30までを半分に分けて、半分まではお金をためて、あとの半分は貯金を使って小説を書こうと。で、本も一冊出したので辞めても親は怒らないだろうと思って辞めました」

――ムチャクチャ計画的ですね。
 「そうですね。小説を書く仕事をするんだとは思っていました」
――40歳になって、これからに対して描いている将来の予定というのは。
 「ずっと小説を書くんだろうな、ということだけがあって、それ以外にやることは全然思い浮かばないです。落ち込むこともあるんですけど、そういう時も次を書くしかないからな、と思います」
――こういう小説を書きたいというのは。
 「一冊書くごとに、こういうことを書きたいということは発生してきますし、今はもう少し時間が長いというか、昭和とか戦後とかの時代を書いてみたいと思います」

――流れからは全然関係ないのですが、アイドルについて考察された本もあるということで、最近注目しているアイドルは。
 「あのー、たくさんいてうまく言えないんですけど、NMB48の木下百花さんが好きで応援しています。面白いキャラで文科系女子というか。自画像を血のりにしてみたりとか、すごいいいキャラなんですよ。いわゆるアイドル好きの方にはウケはよくないかも知れないですけど。気になってブログとかを読むとすごく面白くて。なかなか選抜メンバーには入れないですけどね...。でも文科系女子には身に覚えがある感じというか。テレビは昔のドラマばっかり見ていて、先月はケーブルテレビの80年代の山田太一のドラマばっかり見ていて。田中裕子とか。田中裕子の...」
――まさに全盛期ですね。
 「なんだろうな...、魅力というか妖力というか、人を惹きつける感じに釘付けになってました」
――ジュリーと結婚するきっかけになった寅さんとかいいんですよね。
 「あ...見てないです」
――それで共演してくっついちゃったみたいな。
 「見ないと、ですね」

――あとですね、いちおうスポーツを標榜している新聞なので伺いたいのですが、かつてはジム通いを。
 「一瞬で...。私、ホントに体を動かすのが全般的に常に苦手で、三日坊主ならいい方で、だいたい1回。行っては辞め、行っては辞め、の繰り返しで。エッセイにジムに行ったとか、走りに行ったとか書くと、2週間後くらいに載るじゃないですか。で、会った人に『最近走ってるの?』って聞かれて『も、もう辞めました』と(笑)。だいたいそういう感じです」
――カポエラという競技も。
 「ちょっとやったら一緒に行った友達から爆笑されて。動きがおかしいと。あきらめが早いし、続かないんですけど、そんな中で小説だけがずっと続けられています」

――エッセイには旅行をあまりせず、海外経験2回、まだ北海道・沖縄にも上陸してないと書かれていましたが...。
 「北海道は行きました。海外も増えて5回になりました。メルボルン、オーストラリア、ニューヨーク。全部仕事です。自力で旅行に行けなくて。誰かが強制してくれないと行けないんです」
――じゃ、バックパッカーとか...。
 「もう考えられないです。不安で何も出来ないです。泊まるところも決まってないとムリです。自力だと計画段階で心配になって疲れていけなくなっちゃいます。仕事だと、行くと言ったら行かないといけませんけど」
――それこそ賞金の使い道とかどうするんですか。どっか行くか~とかなんないんでしょうか。
 「自分だと挫折するので、この10年間、行った旅行は仕事か冠婚葬祭だけです。幸いにも仕事で行けることがあるので良かったなと思います。10月に雑誌の仕事でアメリカに行くので、それは楽しみです。誰か言ってくれれば行くんですけど。言ってくれないと、いつまで経っても行けない」

――あと、ちょっと失礼なのですが、5月に尿管結石になってしまわれたとか...。もう大丈夫なんですか。
 「ハイ。石、出ました。1か月後ぐらいに出ました。ホントに痛くて。ウワサには聞いていましたけどホントに痛かった。1回なった人はまたなりやすいみたいで、脅えてます。もう1回なったらどうしよう...」
――人生で最も...
 「ハイ。人生でいちばん痛かった。突然来たので。だんだん痛くなるとか、なんかおかしいなとかがなくて、いきなりMAXの激痛が突然来まして。連休前にコレ(受賞作)を書き上げてボロボロだったんですけど、連休の終わり頃に、あーやっと落ち着いたと思って部屋を片付けていた時に激痛が。一歩も動けなくなりました」
――当然の救急車ですよね
 「あ、でも一応、みだりに呼んではいけないと思って、相談ダイヤルみたいなのにまず掛けて症状を言ったら『それは救急車呼んで下さい!』って。で、呼んでいいって言ってるんだから呼ぼうと。で、救急車で運ばれてそのまま入院しました」
――そんな痛みが急に襲い掛かってきてヤバイと思いませんでした?
 「最初は結石だと分からなくて腸とかなのかなと...。何か分からないけど痛い、というのは地獄のようでした。原因が分からないと痛み止めも打てませんと。判明するまで時間が掛かって」

――これも失礼なのですが、独身でいらっしゃる...。
 「ハイ」
――結婚願望みたいなものは。
 「願望というか、御縁があればそれもいいんじゃないでしょうかという...。したいともしたくないとも、どっちもない感じですね。『きょうのできごと』の映画の時かな、取材で夕刊紙さんに『30でいまだ独身』って書かれて(笑)。30でいまだって言われちゃうのかなと(笑)」


 以上である。以上の文章に見出しなどつくわけがない。ただ、全体を通して柴崎さんという方がどんな人なのかが伝わればと思う。そんな原稿があってもいいはずだ。


 ただ、私は職業病として後悔の念を禁じ得ない。柴崎さんがタモリ好きという事前情報を把握しておきながら、質問することを失念してしまったのだ。散歩が好き、という柴崎さんのことだ。あの番組について尋ねれば、いろいろと語ってくれたに違いない。
 悔しい。実に悔しい。私は「新芥川賞作家 次の夢は『ブラタモリ』復活」という見出しを、永遠に葬ってしまったのである。

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北野新太(きたの・あらた)

1980年、石川県生まれ。学習院大学在学時に雑誌「SWITCH」で編集を学び、2002年に報知新聞社入社。以来、記者として編集局勤務。運動第一部読売巨人軍担当などを経て、文化社会部に在籍。2010年より主催棋戦の女流名人戦を担当。2014年、NHK将棋講座テキスト「第63回NHK杯テレビ将棋トーナメント準々決勝 丸山忠久九段 対 三浦弘行九段『疾駆する馬』」で第26回将棋ペンクラブ大賞観戦記部門大賞受賞。シリーズ「コーヒーと一冊」にて初となる単著『透明の棋士』を著す。

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