いささか私的すぎる取材後記

第33回 宿命を生きる

2014.10.10更新


 15歳の少女は言った。
「囲碁が無くなったら死ぬしかないです」
 ティーンエイジャーには縁遠いはずの「死ぬ」という言葉を、柔らかい笑顔のまま口にする。まるで放課後の予定をクラスメイトに告げるように。何の外連味も衒いもなく。
「私から囲碁を取ったら何も残らないです。辞めたいと思ったことはないですし、挫折したと思ったことも正直に言うとないんです。囲碁は人生そのものだと思っています」
 未成年という意味では、まだ少女かもしれない。しかし、人格から言えば彼女はもう大人だ。そして、生きている世界を語れば、勝負師ということになる。

「もうすぐ16歳になる15歳」を世間のスタンダードで考えてみると「高校に通い始めたばっかりだから、まだ進路のことを深く考える必要もないよね。とりあえず部活がんばろ、あとは友達といっぱい遊ぼ」といった年頃のはずだ。差し当たってのリアルな不安は迫っておらず、茫漠とした希望を抱えたまま選択を留保できる幸福な季節だ。多くの人々にとっては。

 ただ、世の中にはわずかながら、幼くして生きるべき道を発見してしまう人がいる。
 留保の余地などなく。揺るぎない確信のもとに。

 囲碁棋士・藤沢里菜の場合、転機は6歳の時に早くも訪れた。兄が打つ盤上の石に惹き付けられた。
「楽しそうだなあと思って碁会所に週末通い始めたんですけど、すぐ毎日になりました。不思議なんですけど、最初から強くなりたいっていう意志がはっきりあったんです。とにかく毎日楽しくて。あっという間に時間が過ぎて、気が付いたら今になっていました、というような感覚なんです」
 土日は朝から晩まで、平日は学校から帰ってきて夜まで、母親にお弁当を届けてもらい、小さな体で乗り出すようにして盤上に向かった。
 家族で旅行に出掛ければ、旅先でも碁石に触れたくなった。
「他に興味があるものなんて何もなくて。珍しいんでしょうか...」

 あるいは「血」が藤沢を導いたのかもしれない。
 独創的な棋風でファンを魅了する一方、破天荒な私生活で話題を振りまき続け、昭和の囲碁界を彩った故・藤沢秀行名誉棋聖を祖父に持つ。
「でも、おじいちゃんがすごい人なんだって分かったのは囲碁を始めてからで、周りの人から聞かされてようやく『へー』って思ったくらいなんです」
 小3のある日、手紙を渡された。
「今度、合宿についていらっしゃい」
 伝説の無頼棋士は、自分と同じ道を歩もうとする孫娘の情熱に期待を寄せた。
「でも私、まだ小さかったし弱かったので行かなかったんです。今思えば、タイムマシンに乗って戻りたいくらい。すごく惜しいな、と思う。ものすごくかわいがって下さいましたけど、盤を挟んで打てたことはあまりなかったので」
 小5の時、日本棋院の院生となり、正式に藤沢秀行名誉棋聖門下に。1カ月後、祖父は83歳で波乱万丈の生涯を閉じた。
 直後、祖父が遺した名局選「飛天の譜」の棋譜を並べてみた。最後の弟子は思った。
「誰にも真似できない碁です。今とはまったく感覚が違って」
 今、全盛期の祖父と100番勝負を戦ったとしたら何勝できると思いますか、と気まぐれに聞いた。
「1勝できるかどうかだと思います。1勝できたら褒めてほしいです。勝てる気しないです」
 翌年、小6でプロに。史上最年少記録を42年ぶりに更新した。中学には「義務教育なので」行った。授業はちゃんと聞いていたが、時折は思った。
「今、研究会に行けていたらなあ」
AKB48ファンになり、当時のエースだった前田敦子を好きになったりもしたが、卒業コンサートを観に行った夜を最後に「あっちゃんと一緒に」卒業した。高校に進学することなど、まったく考えなかった。

 地を先行させる実利重視の棋風。厚みで力をため、感覚で攻めていく名誉棋聖とは正反対のスタイルだ。 「昔は力碁が好きで。戦闘で討ち取っていくのが好きだったんですけど、プロの石はなかなか取れないので...最近ようやく今の棋風が落ち着いてきたと感じるようになりました」
 戦い、勝ち、気が付けば「史上最年少」の称号も増えた。立ち止まることなく、全力疾走を続けていく。
「さすがに負けた日はつらいですけど、悔やんでいる暇はないので」

 自分の中に特別な何かが宿っている、と思うことはないのだろうか。
「いやいや、ないです。そういうのはないです...」
 数秒後に続けた。
「でも、おじいちゃん...秀行先生が見守ってくれているのかも、と思えるような瞬間はあります。これからも秀行先生が見守ってくれているなら、怒られないように努力しないと」
 藤沢秀行名誉棋聖は「強烈な努力」という言葉を座右の銘とし、後世に遺している。


 10月8日、藤沢里菜二段が向井千瑛女流本因坊に挑戦する第33期女流本因坊戦5番勝負が開幕した。
 第1局。序中盤で劣勢に立たされた挑戦者だが、女流本因坊の一手のミスを契機に流
れを変える。最後は大激戦を制し、大きな1勝をさらっていった。

 藤沢は16歳になった。
 これからも、幼い日に描いた夢の真ん中を遠い先まで走り続けていくだろう。
 藤沢秀行や趙治勲や井山裕太や、あるいは羽生善治のように。
 そんな一生が持つ鮮やかさや強さについて、凡庸なる自分は何とも言えない憧憬を覚えるのである。

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

北野新太(きたの・あらた)

1980年、石川県生まれ。学習院大学在学時に雑誌「SWITCH」で編集を学び、2002年に報知新聞社入社。以来、記者として編集局勤務。運動第一部読売巨人軍担当などを経て、文化社会部に在籍。2010年より主催棋戦の女流名人戦を担当。2014年、NHK将棋講座テキスト「第63回NHK杯テレビ将棋トーナメント準々決勝 丸山忠久九段 対 三浦弘行九段『疾駆する馬』」で第26回将棋ペンクラブ大賞観戦記部門大賞受賞。シリーズ「コーヒーと一冊」にて初となる単著『透明の棋士』を著す。

透明の棋士

バックナンバー