いささか私的すぎる取材後記

第43回 いささか私的すぎる取材日誌

2015.09.11更新

7月2日(木)
なでしこジャパンが快進撃を続ける女子W杯。負傷離脱したFW安藤梢の代わりにシロクマのぬいぐるみ(通称・安藤ベア)をベンチに鎮座させたのがチームワークの証、なーんて話になっているので、NPO法人「日本テディベア協会」に取材。事務局長からは「佐々木監督はスゴイです。女子のハートの掌握術を知っています」と感嘆の声。

7月5日(日)
女子W杯決勝前日。密かに?MF澤穂希と中学の同級生だった将棋の中倉宏美女流二段に取材していた話をガッツリ書く。「不良の男子たちが近隣の中学校とケンカする時、なぜか澤さんのところに相談に行くんです。『澤には言っとかないとヤバいぜ』みたいな」。...さすがです。ご結婚おめでとうございます。

7月6日(月)
女子W杯決勝当日。神奈川県綾瀬市のパブリックビューイングでMF宇津木瑠美のファミリーを取材。お兄さんは語る。「瑠美は小学2年の時にリフティング3000回とか出来ちゃってた子でした」。どの世界も頂に登りつめるのは超人なのです。

7月12日(日)
五輪種目採用を目指すボウリングの国際大会で観客席の床板が外れて2人が軽傷を負う事故が発生。大会後、報道陣に囲まれた全日本ボウリング協会の武部勤会長(小泉政権時の自民党幹事長で「偉大なるイエスマン」を自称していた人です)がなぜか逆ギレしてくるの巻。

7月13日(月)
将棋の三浦弘行九段結婚の記事を書く。将棋ファンをこんなにも笑顔にさせるニュースなどない。数日前、取材と称して高崎市まで赴くと、三浦先生はわざわざ車で駅まで迎えに来てくれた。17歳下の奥様について語る時、頬を赤らめながら「ヨメは...」と言う姿にキュンとする。お幸せに。

7月15日(水)
日本将棋連盟・谷川浩司会長インタビューを提稿。10年ほど前、赤坂プリンスホテルの和食屋の個室に森内俊之九段、羽生善治四冠、佐藤康光九段との4人で集まり、将棋界の未来について語り合ったとの話にシビれまくる。ウェイターが将棋ファンだったら間違いなくビールをこぼしただろう。「たしか...ワリカンだったと思います」とおどける谷川会長の笑顔は、笑顔なのに気高い。

7月16日(木)
第153回芥川・直木賞選考会。又吉直樹さんの受賞を想定した取材をしまくっていたため、期待していたところ...ビンゴ!(古い!) 新芥川賞作家に初めて小説を依頼した文芸春秋の編集者・浅井茉莉子さんと著者との物語などを書きまくる。親交の深い作家の中村文則さんは笑いながら明かしてくれた。「いきなり初対面で『フルーツポンチ』の村上健志さんと『しずる』の村上純さんを紹介されて『これが本当のW村上(村上春樹、村上龍の両作家を指す言葉)です!』とボケられましたけど、ボケに気付きませんでした」

7月17日(金)
休日...だけど、里見香奈女流王位の就位式に赴く。終了後、インタビュー。里見さんについては今度書きます。

7月18日(土)
新国立問題について舛添要一東京都知事が下村博文文科相にキレる様子を取材した後、スカッシュ界で「神」と称される坂本聖二さんの記事を最終提稿。坂本さんの取材ではいつも必ず実技指導がある。コート内をパタパタと走り回りながら壁に向かって一生懸命パコパコ打ち込んでいたら、30分もせず瀕死状態に。しかし、神は助け舟を出さない。出さないから神なのだ。「絶対に拾えないようなボールでも絶対に拾うんだと思って追えば拾えることが多い。諦めない姿勢が活かされやすいスポーツなんです」。深い。

7月23日(水)
翌24日で東京五輪まで残り5年。1975年、麻雀に明け暮れるだけの学生だったのに一念発起してボートを始め、5年後にはモスクワ五輪男子シングルスカル代表となった津田真男さんの記事を提稿。「1年あれば人は変われる。目指すところの90%くらいには達することができる。あと10%の空白を埋めるために、5年という月日は適していると思います。5年あれば何だって出来るんです。もちろん時代は違うし、競技もそれぞれ。でも、飛びついて頑張ってみれば、五輪にだって行けるかも知れないということは今でも変わらないと思うんですよね」。さすがに五輪は目指してないが、勇気をもらう。ちなみに偶然にも、坂本さんも津田さんも故・山際淳司による不朽の名作「スローカーブを、もう一球」の一編に主人公として描かれた男たちだ。...となると、いつかは江夏豊さんにも話を聞いてみたいものだ。

7月25日(土)
たまにある外電モノ。ハルク・ホーガンが人種差別発言をしてWWFから解雇された、との記事を書く。「オレは制御不能の嵐の中にいる。神は神の望む場所へとオレを運んでくれるだろう」とツイートしたホーガンについてデーブ・スペクター氏に論じてもらうと「砲丸投げ選手に転向して東京五輪を目指すか、政治家になってハルク法案をつくってほしい」とのこと。

7月30日(金)
担当を外れて相当な歳月が経つものの、巨人軍のコラムを書く。鈴木尚広外野手のスパイクに刻まれた文字は...。

8月2日(日)
たまにある外電モノ。米国テキサス州の夜、庭でアルマジロに遭遇してビビった男性が拳銃を発砲し、弾が命中...したもののなんと跳ね返り、自らの顔面にヒットして負傷してしまった話を書く。オーマイゴッド。

8月5日(水)
五輪エンブレム問題で佐野研二郎氏の会見へ。質疑応答の冒頭で「騒動浮上から一週間、どんな気持ちで過ごしていたんでしょう」とシンプルに尋ねてみると「出張先のニューヨークで報道を目にして驚いたと同時にものすごいショックでした。正直つらいなと思いました。どうしてこういうことになってしまったのか、正直分からないところもあって、かなり不安な時間を過ごしました」

8月6日(木)
甲子園開幕当日。開成高野球部と灘高野球部が東大球場で激突、という注目の現場を独占取材。両校コーチが「頭悪いよ!」との共通ワードで選手を叱咤していたのに感動。

8月11日(火)
日航機墜落事故から30年という節目を前に、当時上毛新聞記者として現場を取材した作家・横山秀夫さんの一人称記事を書く。1985年8月12日からの数日間、横山さんが何を考え、何を見て、どのような時間を過ごしたのか、なぜあの事故の取材が作家を志す契機になったのか、どのような思いから『クライマーズ・ハイ』は生まれたのか。取材を終えた後、横山さんが言った言葉を私は生涯忘れないだろう。いつか文章にしたいと思う。

8月14日(金)
今度は戦後70年の節目を前にジャーナリストの田原総一朗さんの一人称記事を書く。1945年8月15日正午に自宅のラジオから流れる玉音放送に耳を傾けた11歳の少年が81歳になった今、遺言として後世に伝えたいこと。

8月15日(土)
茅ヶ崎サザンビーチにサメが出ました取材。烏帽子岩を見つめながら、脳内再生されるメロディーはもちろん「遠く~遠く~離れ~ゆくエ~ボシラインッ」。サメはトンカチみたいな頭の形をしているシュモクザメだから大丈夫との結論。

8月17日(月)
甲子園での早実・清宮幸太郎内野手ブームを受け、同校の地元・国分寺へ。ナイン行きつけの定食屋さん「淡淡」で「清宮丼」構想などを聞いて、書く。翌日のTBS系「ひるおび」のスタジオで早くも出演者全員でバクバク食べておりましたな。

8月18日(火)
大塚家具の経営権を巡り、家具屋姫との骨肉バトルに敗れた父・勝久さんが一家具職人として出直すとの話を聞きつけ、記事に。匠の技を光らせる「匠大塚」なる新会社、注目です。

8月20日(木)
再び甲子園モノ。優勝した東海大相模の行きつけのお寿司屋さん取材。そんなんばっかかよ、とどうぞお笑い下さいまし。大将いわく高校時代の原辰徳監督は超大食いだったそうですが、大田泰示選手は意外に小食だとか...。

8月25日(火)
奨励会三段リーグ初参加について里見香奈女流名人に聞くため大阪へ。公式戦21連勝を飾った後、インタビュー。今度書きます。

8月30日(日)
たまにある外電モノ。アフリカ南部スワジランド王国の国王ムスワティ3世の14人目の妻を選ぶ伝統行事に参加するため、首都ムババネ近郊の王宮に向かう途中のトラックが事故を起こし、荷台に載っていた少女65人が死亡したとの記事を書く。なんのこっちゃ。ムスワティ3世...調べれば調べるほど暴君です。スワジランド...調べれば調べるほどとんでもない国家です。世界は広い。

9月7日(月)
千葉市中央区の竜巻被害取材。現地に行ってみると、サッカーJ2ジェフ千葉の本拠地「フクダ電子アリーナ」に超近いことが明らかに。「ジェフ本拠地危機一髪!」なる記事が掲載されるも反響はイマイチ。

9月11日(金)
午前1時、将棋会館。A級順位戦の行方尚史八段対渡辺明棋王の感想戦。連勝者同士の直接対決に敗れた行方さんの手元にはミネラルウォーターのペットボトルが3本、カラになったまま置かれていた。2リットルが1本、500ミリリットルが2本あった。中盤の勝負所の検討をしている時、グラスの中にわずかに残った水をクイッと傾けた彼は「土下座外交になっちゃいましたね」と自嘲した。嘲りの言葉にも勝負師の響きがあった。

茅ヶ崎サザンビーチ

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

北野新太(きたの・あらた)

1980年、石川県生まれ。学習院大学在学時に雑誌「SWITCH」で編集を学び、2002年に報知新聞社入社。以来、記者として編集局勤務。運動第一部読売巨人軍担当などを経て、文化社会部に在籍。2010年より主催棋戦の女流名人戦を担当。2014年、NHK将棋講座テキスト「第63回NHK杯テレビ将棋トーナメント準々決勝 丸山忠久九段 対 三浦弘行九段『疾駆する馬』」で第26回将棋ペンクラブ大賞観戦記部門大賞受賞。シリーズ「コーヒーと一冊」にて初となる単著『透明の棋士』を著す。

透明の棋士

バックナンバー