いささか私的すぎる取材後記

第44回 あのー、ご趣味は

2015.10.09更新



 壇上にいるノーベル物理学賞受賞者に私は尋ねた。「あのー...ご趣味は...」と。


 秋。スポーツ、芸術、食欲、クライマックス&日本シリーズの季節である。ところが、スポーツ新聞の社会面の記事を担当する私にとって、近年はノーベルウィークの到来あるいは襲来を意味する色彩が濃くなっている。
 何しろ日本人が獲りまくるのだ。過去の全受賞者は24人だが、2008年以降に半数の12人が集中している。「毎年誰かが獲る」という恐るべき単純計算が成り立つことになる。さらに毎年忙殺されるのは、あの方の文学賞受賞時の準備である。来年もか...。

 案の定、今年もオープニングの医学生理学賞で北里大特別栄誉教授の大村智さんが受賞。さすがに2夜連続は...などと言っていると御家芸の物理学賞で東大宇宙線(宇宙船じゃありません)研究所長の梶田隆章さんがノーベルウィナーとなった。候補に名前が挙がっている時点でバタバタバタ! カウントダウンでドキドキドキ...。受賞決定でダダダダダッシュ! というのがパターンだ。
 6日夜、中継映像の中でスウェーデン王立科学アカデミーの男性が読み上げる難解なスウェーデン語の中に「タカアキ・カジタ」という響きを確認した瞬間、私は東大へと向かった。
 
 赤門をくぐり、安田講堂を横目に進んだ場所にある山上会館なるアカデミックプレイスで行われた記者会見。梶田さんの「頭が真っ白で、何を話していいか分かりません」という微笑ましい第一声で始まったのだが、なんとも理想的とは言い難い方向に進んだ。
 ズラリと並んだ科学記者の皆さんは「ニュートリノに質量があることを証明したことの最大の意義」「アインシュタインの重力波の直接観測に挑むにあたっての決意」といった質問を投げ掛け続ける。もちろん大切なんですけど、もうちょっとお茶の間の共感と言いますか...。

 思わず私は挙手をし、指名を受け、社名と氏名を告げた後で聞いた。「研究を離れた時の先生の横顔について伺えたらと思います。たとえば御趣味は何なのでしょうか、休日にはどんなことをされてお過ごしになられているのでしょうか」
 すると、梶田さんは花畑の上に吹く春風のような笑顔で言った。「今、趣味と言えるようなものは何もなく...。休日は...たくさん寝させていただいています。ただ、アルコールはいただいていますよ」
 どう贔屓目にみても面白い回答とは言えない。私の記者人生の中でも「趣味はない」と答えた人は初めてかもしれない。しかし、梶田さんは意地悪をしたわけではない。研究一筋に生きる人の飾ることのない素直な思いなのだ。言わば、研究こそが趣味なのである。さらに私がしつこく「ア、アルコールは何を?」とブッ込むと「そうですねえ...。食事に合わせてビールでも日本酒でもなんでも」と答えを探す優しさを見せてくれた。

 翌日、梶田さんの生まれ育った埼玉県東松山市のご実家まで伺い、本当に素敵すぎる御両親と妹さんから、梶田さんが生まれてから今日までのことを聞いて聞いて聞きまくった。波乱万丈の逸話や抱腹絶倒のエピソードは皆無だったが、確かな足取りで一歩ずつ前進してきた人生の輪郭が鮮明に浮かび上がってきた。
 母の朋子さんが語ってくれた中で特に好きな話。
 「あの子、毎朝学校に行く前に『それでは学校に行って参ります』って言うんです。で『忘れ物しないでね』って言うと『お母さん、忘れ物をするというのは後になって気付くもので、今の時点で分かっていたら忘れ物じゃないんだよ』って。不思議ですよね」

 梶田先生、ノーベル賞受賞おめでとうございます。でも「趣味はありません」だなんて、縁談なら破談かと思われます。いつかまた同じことを伺いますので、研究以外にも何かご趣味を。

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北野新太(きたの・あらた)

1980年、石川県生まれ。学習院大学在学時に雑誌「SWITCH」で編集を学び、2002年に報知新聞社入社。以来、記者として編集局勤務。運動第一部読売巨人軍担当などを経て、文化社会部に在籍。2010年より主催棋戦の女流名人戦を担当。2014年、NHK将棋講座テキスト「第63回NHK杯テレビ将棋トーナメント準々決勝 丸山忠久九段 対 三浦弘行九段『疾駆する馬』」で第26回将棋ペンクラブ大賞観戦記部門大賞受賞。シリーズ「コーヒーと一冊」にて初となる単著『透明の棋士』を著す。

透明の棋士

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