いささか私的すぎる取材後記

第51回 天の川と木村

2016.06.17更新

 カウントダウンが終わると、無数の青の光が輝き始めた。
 わあ、という声が広がった。

 6月1日、午後7時半。東京タワーの夏の風物詩になっているらしい「天の川イルミネーション」の点灯式。地上150メートルの大展望台の天井を覆い尽くす16万個ものLEDに、光が灯された。夕日の名残が消えたばかりの窓外の夜に、キラキラと反射している。
 
 通常、このような取材は仕事を忘れて楽しんでしまうものなのだが、今夜に限っては光に見とれる気分にはなれなかった。
 私には急がなくてはならない場所があった。手元のスマートフォンを数分毎に凝視し、画面に表示されている将棋盤の上の駒の動きを見つめた。

 第57期王位戦挑戦者決定戦は終盤を迎えていた。
 中段の隙間で延命に苦慮している後手玉の耐久力は、私には計りかねた。
 まだ終わらないでくれ、と願い始めた7時53分、液晶に「やがて豊島が駒台に手を置き、投了を告げた」と表示された。
 豊島将之七段に勝ち、羽生善治王位への挑戦権を得たのは木村一基八段だった。
 高鳴っていた鼓動は、さらに早くなった。
 それらしい写真と、東京タワー観光大使の甘やかな談話を入れた短い記事を送った私は、夜景など目もくれずにタワーを降り、タクシーを拾い、千駄ヶ谷の将棋会館へと急いだ。

 木村は順位戦A級通算4期、棋戦優勝2回、将棋大賞受賞6度の経験を持つ42歳の棋士である。奨励会三段リーグで13期戦った後、23歳で四段昇段を果たす。デビュー直後から快進撃を始めて「勝率男」と呼ばれた。棋風から命名されたニックネームは「千駄ヶ谷の受け師」。プロフェッショナルの真髄を感じさせる盤上技術とは裏腹に、コミカルで明晰な語り口の解説もファンの心を捉えている。私も観戦記を担当させてもらったことなどを通じ、人柄に触れてきた。
 タイトル挑戦者となるのは今回で6度目だが、過去に獲得経験はない。木村へのエールは将棋ファンの間に静かに響く通奏低音になっている。

 8時20分。将棋会館に到着する。レンガ造りの建物の目の前に立っても、全く人の気配を感じない。夜戦に入り、盤上が激しくなればなるほど、静けさは深くなる。
 階段を駆け上がり、3階の記者会室に荷物を置き、カメラを手に4階の特別対局室に急ぐと、まだ感想戦は続いていた。間に合った。いや...間に合ったと言えるかどうかは分からなかった。

 主催紙による局後の取材が終わった後、承諾を得て、木村にいくつか質問をする時間をもらった。 
 やはり羽生に挑んだ2年前の王位戦は激闘(2勝4敗1持将棋)となった。どんな記憶として刻まれているのだろうか。
「40を越えて、もうそんなに挑戦は出来ないだろうと思っていたので、負けた後は力が抜けました。最後、陣屋(対局場)での打ち上げで酔っぱらって、みんなに抱えられて...(笑)」
 
 2年前に挑戦権を得た時、羽生を「虎のような人」と表現した。共に研究会も行う羽生とは、どんな存在なのか。
 「技術もですけど、心がタフだと思います。負けが込んだとしても、きちんと糧にして、きれいに忘れたかのように臨んでいることは真似しようと思ってもなかなか出来ないことで、すごいことだと思います。名人を失冠しましたけど、切り替えるのは上手な人ですから」
 
 名人戦で28歳の佐藤天彦八段が羽生を破って新名人となり、棋聖戦では23歳の永瀬拓矢六段が羽生に襲い掛かろうとしている。時代が新たな局面を迎えたような空気の中での挑戦権獲得に、きっと多くのファンは励まされるような思いでいるのではないだろうか。
 「天彦さんにしても永瀬さんにしても、努力していることが実を結んでいます。こちらも負けないようにやろう、と思うのはいつも意識していることです。ただ、意識していてもなかなか出来ていないところでもあるんですけど。私より年上で私より成績のいい人はたくさんいますし、あんまり比べるものでもないかなという気はします。でも...思い掛けないご褒美をもらえたかな、とは思っています」
 
 最後に尋ねる。「木村先生にとってタイトルとは何なのでしょうか」と。
 「獲ったことがないので分からないですけど、あまり意識してもしょうがないかなと思います。でも、番勝負を戦わせていただくので、コンディションを整えて精一杯頑張りたいと思います」

 丁寧に言葉を選びながら朗らかに語る木村の声を聞き終えた後で、私が考えていたのは己の資格についてだった。
 私は主催紙の記者でなければ、盤側に座り、一挙手一投足を見つめた観戦記者でもない。控室で勝負の趨勢を見守り、検討に参加していたわけでもない。ついさっきまで東京タワーの大展望台でイルミネーションの写真を撮っていた人間なのだ。
 そのような自分に、将棋会館特別対局室という聖なる場所に座り、取材をする資格などあるのだろうか。木村にとって最も切なるものについて尋ねる資格などあるのだろうかと。
 
 社に戻り、雑務をこなした後に真夜中の千駄ヶ谷に再び向かった。

 山手線の車内でずっと考えていた。
 資格などないかもしれないが、私は木村のことを誰かに伝えたかった。
 いつも将棋教室で木村から指導を受けている人のために。
 私と同じように、木村が再び大舞台に上がることに励まされている人のために。

 地下の部屋で続いていた祝勝会の席の片隅に座らせてもらった。将棋のために生まれ、将棋のために生きていく人々と過ごす夜は、私にとって何より代え難い時間だ。

 ワインを注いでもらうのにまごついている間に、木村はスッとグラスを差し出してきた。
将棋を始めたばかりの少年の頃、こんな表情をしていたんだろうなと思えるような、無垢で含羞を含んだ顔のままで。
 私は「おめでとうございます」と言った。
 祝福の一言を伝えること以外に、私に出来ることなど何ひとつなかった。
 グラスを合わせると乾いた音がした。


 真夏の王位戦は7月5日に開幕する。
 短冊に願い事を書くには少々齢を取りすぎたが、ささやかな祈りを心に抱いている。

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北野新太(きたの・あらた)

1980年、石川県生まれ。学習院大学在学時に雑誌「SWITCH」で編集を学び、2002年に報知新聞社入社。以来、記者として編集局勤務。運動第一部読売巨人軍担当などを経て、文化社会部に在籍。2010年より主催棋戦の女流名人戦を担当。2014年、NHK将棋講座テキスト「第63回NHK杯テレビ将棋トーナメント準々決勝 丸山忠久九段 対 三浦弘行九段『疾駆する馬』」で第26回将棋ペンクラブ大賞観戦記部門大賞受賞。シリーズ「コーヒーと一冊」にて初となる単著『透明の棋士』を著す。

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