いささか私的すぎる取材後記

第56回 RIVER WALK

2016.11.11更新



 生きていく人を、明日へと導いてくれるものはたくさんある。というより無限にある。
 夢、希望、憧憬、目標、愛情、恋情、友情、家族、名誉、栄誉、報酬。時には一杯のコーヒーや金曜日の乾杯だったり、人によってはオリンピックの金メダルだったりもするだろう。
 編集者・若林輝の場合、人より大きな意味を持っているのは「言葉」である。ある言葉がこの世界に存在することで、明日へと導かれている。本人はあまり自覚していないが、確実に導かれている。
 
RIVER WALK

 リバーウォーク、川歩き。響きも存在感も、とても美しい言葉だ。
「いや、別に言葉の響きが綺麗とか、そんなふうには思わないんです。僕にとって、川を歩くことは単純にずっと好きなことで、揺るぎないことで、偽りのないことで、幸福になれることなんです。ただそれだけで」

 現在44歳の若林は、9歳の頃、父親に連れられて足を運んだ多摩川に魅了された。当時は今よりずっと汚い川だったが、週末の行き先として最高の場所だった。川沿いを歩き、釣り竿を手に魚と格闘し、たゆたう流れを眺め、耳を澄まし、反射する光に見とれた。
 国立東京水産大(現・東京海洋大)に進学し、同大学院でサケやマスの研究に没頭した。
「僕にとってサケ科の魚はとても特別な存在なんです。多様性があり、何より美しいから」晩秋になると、中禅寺湖から流れる川沿いを3か月間、毎日11キロ歩いてサケの生態を観測した。
「毎日毎日、ただただずっと歩くとね、ああ、オレまた独り言を言っているよっていう独り言を言うようになります。そんな意味のないような不細工な経験が僕にとっては偽りのない喜びなんですよね」
 卒業後、釣り専門紙「週刊釣場速報」の4年間の記者生活を送った後、バスフィッシング誌「Rod and Reel」の編集者を8年間務める。現在はフリーランスでルアーフィッシング誌「SALTWATER」の編集を行っている。
 
 私が彼と出会ったのは10年くらい前で、名刺をもらった時のことを今でも鮮明に覚えている。メールアドレスのアットマークの前の文字が「riverwalk」となっていたので「なんかカッコイイですね」と告げたら、ちょっと嬉しそうに笑った。

 2012年、たったひとりの会社をつくったと聞いて、じゃあ名前はなんて言うんですかと尋ねると「株式会社RIVER-WALK」だった。
 
 2016年、ついに僕も雑誌をつくりましたよ、と聞いて、まさかと思ったら、誌名は「RIVER-WALK」だった。驚きというよりも、ただ深く心を動かされた。
 少しずつ積み重ねてきた会社の収益を投じて編集した一冊は本のようで、しかしやはり雑誌で、釣り愛好者ではない人に向けられ、それでも愛好者にも届くことを意図した出版物だった。
「どんな雑誌なんですか?と尋ねられてもうまく言葉に出来ないんですよ。それがいいんだ、と思っていましたが、今はちゃんと説明して表現してみたいと思うんです。まずは3冊やってみないことには」
 私は職業柄、平均よりは言葉に対する思いのようなものを持っていると思う。しかし、若林のように、生きることを導いてくれるような特定のフレーズ、キーワードを持ち得ていない。若林の一貫した思いとアプローチに強い憧れを抱く。
「川を歩くことはワクワクしたり、鮮やかなことばかりじゃないです。それでも、ただ気持ち良く歩く。風と音と匂いと。退屈でいいんです。でも、つまらない時に、射し込んだ一瞬の光や、ドキドキする記憶が蘇るようなことがある。そんな時、川歩きは鮮やかになります」






お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

北野新太(きたの・あらた)

1980年、石川県生まれ。学習院大学在学時に雑誌「SWITCH」で編集を学び、2002年に報知新聞社入社。以来、記者として編集局勤務。運動第一部読売巨人軍担当などを経て、文化社会部に在籍。2010年より主催棋戦の女流名人戦を担当。2014年、NHK将棋講座テキスト「第63回NHK杯テレビ将棋トーナメント準々決勝 丸山忠久九段 対 三浦弘行九段『疾駆する馬』」で第26回将棋ペンクラブ大賞観戦記部門大賞受賞。シリーズ「コーヒーと一冊」にて初となる単著『透明の棋士』を著す。

透明の棋士

バックナンバー