いささか私的すぎる取材後記

第58回 遠い日の声

2017.01.13更新

 壇上にいる吉岡秀隆に尋ねた。
 彼が主人公を演じたのは朗読をテーマにした作品だ。だから、声について聞いた。ちょっと出しゃばって質問した方がいいケースのような気がした。
 「とても印象的な声を持った役者さんだと思いながら今まで観てきました。純にしても満男にしても。自分の声について、好きか嫌いか、あるいはどのような声だと思って演じて来られたのでしょうか」
 小さな笑みを浮かべた吉岡は「あのー、ですね...」と語り始めた。
 ああ、あの声だ、と感じた。
 どうしてだろう。彼の声はどこか人の心を柔らかくする。
 

 極めて凡庸な日本国民であることを表明するようで、やや気恥ずかしい思いもあるが、物心ついた時から「北の国から」と「男はつらいよ」の熱心な視聴者であり観客だった。前者は連続ドラマからスペシャルドラマまでの全て、後者はシリーズ48作の全てを一度ならずとも観続けてきた。最初は親の影響で、その後は単純に好きだから観ていた。今になってみると、学校の授業より遥かに大切なことをたくさん学んだような気もする。

 「北の国から」で田中邦衛演じる黒板五郎の息子・純を、「男はつらいよ」で渥美清扮する車寅次郎の甥・満男を演じたのが吉岡だった。
 彼が演じる人物は、いつも揺れ動いていた。生きることに、恋することに、未来を見据えることに。伝えていたのは表情であり、言葉であり、声だった。
 子役だった彼が物語と並行して青年になり、大人になっていく姿は、自分が歩んでいく目の前の道に青春の轍として刻まれていった。

 18日に放送されるNHK BSプレミアムドラマ「朗読屋」は、妻に去られて絶望した男が朗読の仕事を通して再生していく物語だ。46歳の吉岡は、記者席の私に真っすぐな視線を向けながら言った。
 「自分ではいい声だなんて思っていないんですけど...コトー先生(ドラマ『Dr.コトー診療所』)を演じる時、監督から『純君の声のイメージが強すぎるから声を変えて下さい』と言われたんですね。その時初めて、声の印象って重要なんだなあと思ったんです。でも、どうですかいい声でしょ、なんて言うつもりは全くありません...何を言おうとしているんでしょうね、僕は...(笑)。でも、声はひとつの武器だと思っています。誰にとっても、どこか心地いい芝居をしたいな、と思っていると、声は重要な武器だなと思って、なんとなく意識することはあります。特に今回は朗読で伝えなきゃいけないということでしたから。でも、ずいぶんと悩みました。僕の声ではなく、役としての声にならないといけないので」
 訥々と語り続ける彼の声は間違いなく、幼い日に画面とスクリーンを通して聞いた声だった。

 1981年夏。「北の国から」第1回ロケ。11歳の吉岡秀隆の演じる純は、東京から富良野・麓郷の森の朽ち果てた小屋に到着すると、五郎に不満をぶつける。
 「電気がないッ!? 電気がなかったら暮らせませんよ!! 夜になったらどうするの!! ごはんとは勉強とか!! テレビはどうするの!! 冷蔵庫は!! ...アタ-ッ」
 自分の子供が幼いながらも大人びた言葉を話すようになってから、あの声を愛おしく思うようになった。

 2017年冬。あの声を届けながら、吉岡は私に語り掛けた。もちろん彼はもう少年でも青年でもない。でも、彼の声は今もどこか青春の名残を漂わせた。
 平凡な問い掛けをし、平凡な答えが返ってくる。
 たった2分程度の時間。ずっとドキドキしていた。ドキドキしながら、懐かしい一日のことを思い出していた。

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

北野新太(きたの・あらた)

1980年、石川県生まれ。学習院大学在学時に雑誌「SWITCH」で編集を学び、2002年に報知新聞社入社。以来、記者として編集局勤務。運動第一部読売巨人軍担当などを経て、文化社会部に在籍。2010年より主催棋戦の女流名人戦を担当。2014年、NHK将棋講座テキスト「第63回NHK杯テレビ将棋トーナメント準々決勝 丸山忠久九段 対 三浦弘行九段『疾駆する馬』」で第26回将棋ペンクラブ大賞観戦記部門大賞受賞。シリーズ「コーヒーと一冊」にて初となる単著『透明の棋士』を著す。

透明の棋士

バックナンバー