じゃり道本屋さん日記

第22回 本屋さんでお店番をしながら思い出したこと

2016.07.06更新

 月に一回来るか来ないかのお客さんだった。文庫本を1、2冊買って行く程度だったとおもう。どんな本を買って行ったのかも特に覚えていない。たくさんのお客さんの中のひとり。「カバーは一冊だけかけといて。あとのはいらん、かけんでいい。もったいないから。」と、いつもいう。

 杖をついていた。足が悪いのだろう、左足をちょっとひきずりながら体を不自然にかたむけて本棚をえっちらおっちらながめていた。いつものように会計をすませ、もらったお札をレジにしまい、ふと目をやるといつもの杖がカウンターの上にポツンと忘れられ横たわっていた。おきゃくさーん、とおいかける。足を引きずったおじいさんは数十メートルも進んでいなかった。「ありがとう」と杖を受け取り、「歩いて来とるんや」とその人は言った。店からすこし離れたところにある家から歩いて来ているという。普通の人でも20分くらい、足の悪い老人なら1時間ちかくかかるかもしれない。そうですか、お気をつけて、と言って見送った。

 何週間かして、その老人は店に入り、目が合うとかすれた声で言った。「歩いて来とるんや、健康のためになあ。家にいてもボケるやろ。せやから歩くんや。ほんで本買いにくるんや。」ありがとうございます。暑いでしょうに、気をつけてくださいね。そういうとまたえっちらおっちら文庫本を選び、帰っていった。

 「この宮部みゆきゆう人がなあ、おもしろうてなあ。」またしばらくしてやってきた老人は手にした本をみつめて言った。「だいたい家にそろってる。最近は新しいのもでえへんしつまらん。この人のはほとんど全部読んだ。」そしてまた言った。「勝竜寺のへんから歩いて来とるんや。本なんか読んでもどうもならんのやけどな。歩くついでに本買うんや。」

 またあるとき老人はいった。「東野圭吾て、この人の本、読んだことあるか?なんやいっぱいあってわからへんなあ。どれがおもろいんやろ。」一番新しいのはこれですよ、というと「どうかなあ。」と首をひねり、宮部みゆきを買って帰った。「歩いて来とるんやで。」

 夏の暑さは平気らしかった。冬はあまりこなかった。時代小説は好きではないようだった。推理モノが好みのようだった。ほしいものはだいたい自分で見つけてきた。新聞の切り抜きを持ってくるときもあった。店になかったら取り寄せを頼まれた。コイズミさん、という名前だと知った。

 なにかおすすめを提案できるわけでもない。ただ淡々と選んでいく。ひとことふたこと交わし、そして歩いて帰る。

 数年前に勤めていた別の本屋でのなんでもないやりとりを、急に思い出したのにはたぶんなんの意味もない。
 ミシマ社の本屋さんには、「わー、ミシマ社にずっと来たかったんです。やっとこれました。」「いい空間やねー。」と歓声を上げてくださる方がたくさんいる。黙って本棚を眺め、ひとまわりして帰って行く方もいる。「近所なんです、また来ます」と言ってくださる方もいる。
 「歩いて来てるんやで。」といってくれるおじいさんは、まだ、いない。


【お知らせ】
「コーヒー坊や」のコーヒータイム!
7月8日(金)17時ごろから

コーヒー坊やこと池田くんが、自家焙煎したコーヒーを提供いたします。
素人ながら本気でやります!
コーヒーの香り漂う本屋さん。空間丸ごと楽しんでいってください。




7月の開店日(毎週金曜日)
1日、8日、15日、22日、29日、30日
※今月の土曜営業日は30日です。
OPEN 13:00 - CLOSE 19:00



ミシマ社の本屋さん
京都市左京区川端通丸太町下る下堤町90-1
営業:毎週金曜日、月に一回どこかの土曜日
   13:00〜19:00
電話:075-746-3438
京阪・神宮丸太町駅2番出口から南へ徒歩1分
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ミシマ社の本屋さん

出版社・ミシマ社が運営する小さな本屋「ミシマ社の本屋さん」。2014年3月まで京都府城陽市で営業しておりましたが、京都市内にて2014年10月3日(金)より営業再開。毎週金曜日、最終土曜日の13:00~19:00の開店です。

京都市左京区川端丸太町下る90-1
京阪神宮丸太町駅から徒歩1分

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