人生、行きがかりじょう

「みんなのミシマガジン」創刊号の4月に掲載し、
大反響を呼んだ「就活生に告ぐ! 君はバッキー井上を知っているか?」。

目先のことにとらわれて、自分で自分をがんじがらめにするのではなく
いま、この、「行きがかりじょう」を生きる。
そう語るバッキーさんに、底知れぬ魅力を感じました。
この魅力をもっともっと、日本全国のひとに届けたい!!

ということで、なんとこの秋、書籍化が決定しました!!!

しかし、その人生について語られたものは、ほとんどと言っていいほどありません。
画家、踊り子、漬け物屋店主・・・それ、どういうこと?
そう、そのいまだ謎だらけの人生を、はじめてバッキーさんが語ってくれました。

バッキー井上氏の、映画より、小説よりおもしろい人生の一部を、
ミシマガジンでひとあしはやく、お届けします。

第2回 なれなかった学生時代

2013.08.14更新


地元で下宿

 ......。
 そうやねぇ......俺、あんまり学生時代がないんよ。まぁ、学生というものになれなかったなぁ。とてもなりたかったんやけどね。


 でも同じ年くらいの大学生のツレはめちゃくちゃ多かった。
 そういえば京大の農学部の東の辺りで下宿もしてたなぁ。
 おかしいやろ? 京都に家あるのに。
 朝、大学生の奴と起きて、そいつと一緒に大学によく行きました。
 「ほな今日も暇やしつき合うわ」みたいな感じで。
 「今日のこの授業おもんないし学食行くわ」って学食行ったり。
 あとはそうやなぁ......ジャズ喫茶行ったりしてたな。

 下宿してたのは19歳の頃だと思う。下宿したって言っても、そんな何年もしてないよ。
5、6カ月かなぁ。
 静岡から来てる同大生(同志社大学)の男がおってね。飲んでたとき、街で逢うたんです。

 気づけば、ようしゃべるようになって、
 「なんでおまえ同志社やのに、京大の横に住んでんねん」
 って訊いたんですよ。そしたら
 「こっちの方がええんや。俺は同志社嫌いなんだ」
 「京大の奴らの方が、俺は性に合ってる」
 と言うから、「こいつ何言うとるんやろ」と思ってね。

 そのうちにそいつが下宿しているところに、俺も一緒に下宿するようになったんです。割り勘で。なんか憧れがあったんちゃう? 地方に行って、下宿してみたいっていう。


バイトからジャズ喫茶へ

 高校時代は不良ではありません。喧嘩をするタイプとかではない。
 でも、まぁ......不良と言ったら不良だったかな。先取り精神あったしね。タバコは映画のように吸ってたな。そんなんですわ。つかまるようなこととかはしないけど、お酒は飲む。酒を飲む場所に行くのは、かなり子どもの頃から好きだったからね。オモロかった。いろんな人がいる場所が。

 中学から高校に行って、夏休みとかアルバイトするでしょ? といっても、飲食店くらいしかバイトできるところなんてない。それでウエイターみたいな仕事をしました。
 〈ニュートーキョー〉とか、そういうビアホールかイタリアンかよくわからない店とか。

 それで河原町の辺りでバイトするでしょ。バイトが終わると、だいたい21時半とか22時くらい。
 それで、そこのバイトで知り合った大学生の人らが行くジャズ喫茶とかロック喫茶に、付いていくんですよ。ほんまそんなんばっかやな。

 どこに行かはるかわからないけど、とりあえずどっか行かはるんやなと思って、
 「どこ行くんですか?」「一緒に連れて行ってください」
 とか言って。エンドレスに付いて行く。

 でもね、たぶん先輩ら行く先を変えてると思う。
 ちょっと高校生付いてきたから、いつもは安い養老乃瀧とか行っているところを、「ジャズ喫茶でウイスキーでも飲んでるところ見せなあかん」って思っていたやろね。
 ちょっとカッコええと思われそうな絵面を考えて行ってたと思うな。


ヘンな店

 そういうところ行ったらどんどん吸収するでしょ。あの頃って。
 いまは少ないけど、その頃は普通にしゃべってても声が聞こえないくらいのボリュームところが多かったんですよ。顔ひっつけてしゃべらないとまったく聞こえないくらい。
 そこで、みんな眠りこけとるんですけどね。眠りこけてんのか、首振って乗ってるのか......。
 本読んどる奴は本読んどるし。タバコが山になってて、女とずっとしゃべってる奴とか、そんな連中がうようよしてました。
 ヘンな店ぎょうさんあったなぁ、その頃。

 〈スタディルーム〉っていう店。
 東山安井の方にあって、きついロックがかかってたんやけど、入ったらみんな靴脱いで、ふかふかの絨毯がひいてある洞穴みたいなところ。テーブルも何もない。ガーンて音鳴っててね。そんなとことか。
 〈飢餓〉っていうロック喫茶は、もう店じゅう全部真っ赤っかやったなぁ。床だけ黒で、後はもうテーブルもイスも全部真っ赤で。
 ビートルズしかかかってない〈六本木〉っていう店もあった。
 他にもいろんな店があった。
 昼コーヒー飲んでジャズ聴いてても千円もせえへんのやけど、晩に同じような感じで行くと、五、六千円。レジに時計がいっぱい入ってた。学生たちのね。俺も一回びっくりするような値段のときあったかな。


だんだん街に通じていく

 街には最初いろんな人と行きました。そのうちに、だんだん一人で行くようになった。
 流行ってる店に行っていると、他にどんな店があるのかだんだんわかってくる。

 店にチラシやら置いてあるでしょ。いまみたいに情報誌みたいなのないし。
 それで、どこそこに行ったっていう話をツレなんかにすると、ツレが自分のお兄さんに連れていってもらった店の名前出して「お前ここ行ったことあんのけ?」とか言うわけですよ。それでだんだん広がっていく。

 まぁ、酒場ライターとに向けてのウサギとび的な時期かな。いまから思えば。
 けど、酒場ライターになるなんて思いもよらへんかったけど。
 まぁ、酒場ライター自体、俺の造語やけど。そんなん、なろうと思ってたら、逆に酒場に通ってなかったかもしれんよ。
 行きがかりじょうそうなっていったわけで。



*「人生、行きがかりじょう」は、毎週水、日曜日に更新予定です

お便りはこちら

みんなのミシマガジンはサポーターの皆さんと運営しております。

バッキー井上(ばっきー・いのうえ)

本名・井上英男。1959年京都市中京区生まれ。
画家、踊り子などを経て、現在の本業は錦市場の漬物店「錦・高倉屋」店主。そのかたわら、日本初の酒場ライターと称して雑誌『Meets Regional』(京阪神エルマガジン社)などに京都の街・人・店についての名文を多く残す。独特のリズムと感性をまとった店語りは多くのファンを持つ。

バックナンバー