人生、行きがかりじょう

「みんなのミシマガジン」創刊号の4月に掲載し、
大反響を呼んだ「就活生に告ぐ! 君はバッキー井上を知っているか?」。

目先のことにとらわれて、自分で自分をがんじがらめにするのではなく
いま、この、「行きがかりじょう」を生きる。
そう語るバッキーさんに、底知れぬ魅力を感じました。
この魅力をもっともっと、日本全国のひとに届けたい!!

ということで、なんとこの秋、書籍化が決定しました!!!

しかし、その人生について語られたものは、ほとんどと言っていいほどありません。
画家、踊り子、漬け物屋店主・・・それ、どういうこと?
そう、そのいまだ謎だらけの人生を、はじめてバッキーさんが語ってくれました。

バッキー井上氏の、映画より、小説よりおもしろい人生の一部を、
ミシマガジンでひとあしはやく、お届けします。

第3回 若者には時間がない

2013.08.18更新


時代の空気

 いま、行きがかりじょうって言いましたけど、自分がこんなふうになった理由をあえてあげれば、時代の空気というのもあったかもね。ああ。

 1970年くらい、俺らが小学生くらいまでは、たとえばテレビ・新聞・雑誌といった業界はまったくの別世界でした。
 それが70年代の後半くらいになると、普通の人でもできるんちゃうか、っていう空気になっていった。
 雑誌も、知り合いの人がカメラマンになったり。
 俺らでもそういう世界に行けそうな気がしたんです。それまでは、ごっついアッパーの人だけの世界で、賢いだけでは無理。家がそういう世界に入ってないとあかん。そんな感じがあったんですが。

 音楽も、ものすごく多様化しました。同時に服も多様化して。60年代なんかは、アイビーが流行ったらアイビー。
 けれど、70年代になると、そのままトラディショナルなアイビーで行く人もいれば、ヨーロッパ系のモードっぽいもの、もしくはウエスタンシャツを着て、ヘビーデューティーなアメリカのヒゲフサフサっぽい感じでいくとか。
 バーっと何もかも多様化して行きました。
 本もそうやね。当時、「なんでもできる」みたいな空気があったんちゃうかなぁ。時代として。
 そんな空気の中で、俺もそうなったんやろうね。


水道屋の「サタデー・ナイト・フィーバー」

 うちの親戚が水道工事の仕事をやってたんですよ。
 高校やめなあかんことなったときに、水道屋さんにお世話になりました。
 「人手足りひんし来て」って声掛けられ、住み込みで働きました。
 そして「ここで働きながら、大検受けよう」と考えてました。けどね。そこの仕事が、きついんですよ。もう、店(店と言った)に帰ったら山盛り飲んで食べさせてもうて寝るだけ。一番若手やし毎日フラフラになって仕事してた。

 ドロドロやし、汗もかくし、土も触るし、油も触るし。でも10代やろ。
 家帰って、すぐお風呂入って、ごはん食べて、そのまま寝れるか? 寝てられへん。
 意味もなくええ服着て、街に出かけたくなるんですよ。

 「サタデー・ナイト・フィーバー」のジョン・トラボルタ。あいつと一緒や。あいつは、ペンキ屋で毎日ドロドロになる。それが、家に帰ったら白のスーツに着替え、ディスコにくりだす。あれと一緒やった。
 意味もなく綺麗な服着て飛び出して行ったなぁ。手の爪の中、土と油だらけやのに。
 そんなんしながら結構がんばってました。わりと真面目やからね、何かやり始めたら。


これは損や

 でも、昼ドロドロになって、それを埋め合わせるために、晩に綺麗な服着て街に出かけて行ったりするのは損や、と思った。時代がこんななってるのに。

「この感じは損や」
 昼に自分が納得できればいい。時代がそんなんやから、広告とかメディアとかの仕事に携わることができれば、晩に綺麗な服着て出かけなくてもいい。そう思ったんでしょうね。
 デザインとかの世界は徒弟制度みたいなものやから、月にもらえるものも安い。
 それでもそっちの方が得やと思った。
 飲みに行っていると、「あの広告がカッコ良かった」とかいう話が出てくるような時代でしたからね。「あの広告のキャッチコピーがどうや」「この間のポパイのあれはカッコ良かった」とか言ってるわけです。

 昼ドロドロになって、夜綺麗な服で出かけてっていうパターンより、安月給でもそういう世界を目指して行った方がええ。その方がモテる、そう思いました。
 クリエイティブのことなんて、なんにもわかってなかったんですけどね。


 電話帳を見て、何社か電話をしたんです。
 でも、「美術系の学校出たの?」「作品を持って来い」とか言われるわけです。
 そんなん言われても......。
 僕はそんなところ行ってないし、仕事をしたことがあるわけじゃないし、作品があるわけでもないし、あっても年賀状くらいやし。
 それでずっと電話してたら、あるデザイン事務所で、「うちは募集もしてないのに、なんで君は電話してきたん?」って訊かれた。
 それで俺、こう答えたんやなぁ。
 「会社から出てきた人が綺麗やったし」。

 ほんまは、行ってもいなかったのにね。そしたら、電話越しに、お姉さんがクスクスって笑わはって、「ほな、社長に訊いといてあげるわ」と言ってくれた。
 翌日かその次の日に書け直したら、ほんまに訊いてくれていて、「納品係やったら来てもらってもええかも」、そう社長が言っていたということでした。

*「人生、行きがかりじょう」は、毎週水、日曜日に更新予定です

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バッキー井上(ばっきー・いのうえ)

本名・井上英男。1959年京都市中京区生まれ。
画家、踊り子などを経て、現在の本業は錦市場の漬物店「錦・高倉屋」店主。そのかたわら、日本初の酒場ライターと称して雑誌『Meets Regional』(京阪神エルマガジン社)などに京都の街・人・店についての名文を多く残す。独特のリズムと感性をまとった店語りは多くのファンを持つ。

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