人生、行きがかりじょう

第4回 広告会社に潜り込む

2013.08.25更新

 もぐり込んだその会社からですね。僕がヘンになっていったんは。
 ほんまに信じられないほどカッコ良い事務所でねぇ。ピアノがあって、古い正統派のビリヤード台があって、洋書や美術書がずらーと並んだ巨大な本棚が置かれ、ガラスケースにはウイスキーが並んでいて。 
 当初は、グラフィックデザインをメインでやりたかったんです。平面の広告を。でもその会社は、ファッションショーとかディスプレイとか、イベント系が主軸のところやったんです。もちろんグラフィックもそこで一緒に展開されていくんやけど、軸はイベント系。 
 グラフィックの世界に登場するような人よりも派手なんです。グラフィックってわりと地味な人も多い。でもファッションショーは、実際にモデルさんに来てもらってオーディションするわけで。ショーの音楽の打ち合わせに音楽のディレクターが来たりアーチストが来たり、見たこともないような女の人やモデルがどんどんやって来る。背が高くて眉毛がヒューってなってる女の人とか。とにかく派手なんです。

 そら、ちょっと前まで水道屋やってて、爪ドロドロなってた奴が、広告業界に入り込んで、「よっしゃ」と思っていたら、見たこともない派手な人、洒落たオフィスが待っていた。出来過ぎとるわけですよ。
「はぁ、ビリヤードしながら打合せするんかぁ」「ピアノあるのはなんでやー」、ぽかんと口を開けるくらいしかできない。
 納品行くときに乗る車も、シトロエンのトラックでね。Dr.スランプ アラレちゃんに出てくるバスみたいなやつ。走ってるだけでみんながジーって見はるようなトラック。それも真っ赤の。もうびっくりするようなトラックやで。むちゃくちゃカッコええ。それで納品に行くわけ。納品......。あくまでやってることは地味でした。


天才がショーを救った。

 展覧会で、絵や写真のキャプションボードをウッドラックで切って作る。やってることはひたすら地味でしたねぇ。写植屋さんに走ったり、トレスコープで一日中紙焼きしたり、タバコ買いに行かされたりとか。
 でも、そこでいろんな経験をした。
 面白かったですよ。納品係といっても、納品は毎日あるわけちゃうし、ファッションショーで使う小道具を買いに行ったりとか、台本用の紙を買いに行ったりとか。出入りしている人たちも派手な雰囲気はあるけど、実はやってることは地味なんです。カメラマンはじっとポジを見て選んだり、スタイリストもいろんなところに服を借りに行ったり並べたり縫うたり。実際は地味です。しんどいし。

 特にイベントが多かったので、ミスしたら取り返しがつかないので、ものすごく緊張はしました。たとえばファッションショーの最初に、音がボンと飛ぶとか、照明が落ちるとか、パネルがどうかなるとか、なにかひとつでも取り返しつかないわけです。そやからものすごい緊張しました。グラフィックとかでも緊張すると思うけど、イベントは、その日のその時間しかないから。
 先生も恐かったからね。わざと恐くしてるんですよ。ほんまはやさしいんやけど、わざとピリピリとした空気だして、演出されるんですよ。みんながパッと張り詰めるように。

 あるとき、どこかの地方の会館で、ショーの最後に風船飛ばすことになっててね。ところが、リハのときに、風船が3つくらい飛びよった。けど、会館の天井って高いから取れない。そのまま上に風船あったら、最後に風船飛ばすのがばれてしまう。
 先生が怒ってね。「ヒデオ、お前なんとかしろ!」と命じられた。
 本番まで時間がないし。脚立とかハシゴでは届かない。輪ゴムで撃ち落とそうとしてもあかん。――そこで出たんですよ、このスパイ、あるいは手練れが。
 一個の風船の上の部分に両面テープを付けて、天井の風船に引っ付けた。そうして見事に取れた。
 まぁ、俺が取っているところを先生は見てなかったけど。打ち上げのとき、「ところでヒデオはあれどうやって取ってん」って訊かれた。それで答えたら「うーん」と言うてた。まぁそんなもんですよ。褒めへんわな、そんなことで。


 そこの会社は、社長が何もかも指示するところでね。とにかく、怖いんです。
 社長は、気が乗ってくるまでは仕事しない。
 仕事乗るまでは、将棋したり、麻雀したり、お酒飲んだりしはるんです。こちらは待つしかない。
 僕は割とどれも付き合えたんで、オモロがらはってね。
「とりあえずお前は残っとけ」っていつも指示されてました。朝、昼は納品行って、夕方から夜は先生の遊びに付き合ってました。先生は、夜中に仕事しはるんで、そのときに手伝うんですよ。普通のスタッフは8〜10時くらいに帰るんですけど。
 将棋でも、他のスタッフは先生には勝てないけれど、僕は割と互角の戦い。ビリヤードも互角の戦い。お酒も強いしね。歌も古い歌をよう知ってるから、仕事以外のことは割と付き合わされた。
 先生は夜中からしか働かへんけど、こっちは朝から掃除やら納品に行くわけで。きつかったなぁ。
 けど、それが割と得したんちゃうかな。20代の前半やったからね。なんかいろんなコトで吸収したんやろうね。

 で、先輩のスタッフがぽろぽろ辞めて行ったりもしたんで、なんでもかんでも「お前やっとけ」とか言われるようになった。
 やったことないのに。
 そのひとつが、ファッションショーの進行の役目でした。

 「進行」は、ファッションショーで、舞台の裏で、台本に合わせてモデルを出したり、引っ込めたりする仕事。いろんなトラブルが起こってねぇ。インカム(耳に当てる機械)が突然聞こえへんようになったりね。先生の「キュー」が聞こえへんかったりする。
怖いやろ。
 いまみたいなクオリティの高いインカムじゃないから。
 上手・下手に離れている進行が、本番中に身振り手振りで「インカム聞こえてへんやん」「どうする?」ってことになるよなぁ。客席後方のミキサーの辺りにいる先生に聞きに行くこともできない。ならしゃあないし、俺らで「適当に出そう」という合図をかわした。俺は下手の進行で、もう一人は俺より年上やし上手の進行やってたんやけど、勝手にするタイプちゃうし、しゃあないやん。ジェスチャーで「僕が合図出すから、兄さんも合わせてください」って伝えた。先輩より俺がえらいような感じやけど、しゃあない。出さへんかったら穴あくでしょ。そしたら最後にきっと先生に怒られるもん。
 台本見て、リハでやったこと思い出して、そのタイミングでええ加減にと出してたね。
「さあ行こ!」って。
 そりゃあもう、先生怒ってた。途中で先生からのメッセンジャーが飛んで来て、「インカム無理やから、袖から俺の合図を見ろ」って言われた。けど、遠いし暗いし見えない。先生の合図もなにも見えない。
結 局、テキトーや。それに、進行が舞台袖で「どうしよう」と動揺してたら、モデルにもそのノリが伝染する。そやから「ええ表情つくっていこ!」とパーンと言って送り出した。
でも、なんでそんなことできたかと言うと、あとで先生とアジャストできる自信があったから。将棋指したり、ビリヤードしたりしてね、「すいませんでした」と謝る。なんとか断絶のままにはならへんっていう自信があったから。それはめちゃくちゃあったなぁ。


ボツ企画「Hi-DEO BALL」

 入って一年もしないうちに、ホテルの子ども夏祭りの企画をぜんぶ任されたりね。大人も子どもも楽しめる夏の子ども祭りというものを。
 そのとき事務所忙しかってね。「そんなん俺ら担当してられへん」「ネタも全部お前が提案してやれ」って言われた。
 やったよ。
「ヒデオボール」っていうの。
 企画通らへんかったんやけどね。2メートルくらいのボールを使ったやつあるやろ。でかいボール押して行くやつ。そのときは俺そんなん知らなかったんやけど。

 俺、こんなん遊びでようやってたよ。「オエディッヒ・ノイウエ(OEDIH NOIUE)」とか。HIDEOを逆さまにしてね。なんかドイツっぽいやろ。スイスっぽいというか。「ヒデオボール」のヒデオもカタカナちゃうで。「Hi-DEO BALL」。企画書では「ハイデオボール」と読ませてね。
 先生らは「あ、ヒデオや」ってわかってた。そやけど、向こうのクライアントはわからない。普段は「井上さん」「井上くん」と言ってるからね。下の名前がヒデオなんて知らない。いまも先生は、昔話になると、「ヒデオボールってお前、あれはまいったのぅ」と言わはる。
 企画書は全部俺がつくったけど、それをチェックするのは先生。クライアントにプレゼンするときも、俺の隣にいて、笑ってはったけどね。サマーフェスの子ども祭りやったと思うけど、絶対ヘンやったと思う。だって水道屋の俺が任されてんねんで。

 ファッションショーで、ナイト役で出たこともある。
 先生が演出していた、ウエディングドレスのショーの最後に、中世の騎士みたいな格好をして。お姫様をエスコートする騎士の役や。そのワンシーンだけに男のモデル呼ぶのも勿体ないからね。「最後の方やし、お前(進行の役目)終わってるやろ」と言われた。「男の服なんか着るだけやんか」「化粧で顔あんまり見えへんしお前やっとけ」って。
 ほんま、むちゃくちゃやったなあ。

 モデル8人、先生、スタイリスト、照明、音響、舞台監督、進行とかだいたい20人くらいでキャラバンするときもあるんですよ。北陸の町を4カ所くらい回ったこともあった。機材やら積んでね。
 めっちゃ楽しいんや。
 できるだけ人員を減らして行きたいから、みんなで協力して何でもする。たとえば、当時のごっつい機材なんかも自分たちで運んだ。ほんま重量運搬みたいな感じやった。モデルさん以外は全部みんなで同じことした。楽しいで、あれ。
 喧嘩もある。モデルさんたち、仲悪くなったりしはるんですよ。恐いですよ、女の人。「なんで私の部屋が窓際じゃないの?」とかね。恐い。
 なあぁ。

*次回は9月1日(日)に掲載予定です

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バッキー井上(ばっきー・いのうえ)

本名・井上英男。1959年京都市中京区生まれ。
画家、踊り子などを経て、現在の本業は錦市場の漬物店「錦・高倉屋」店主。そのかたわら、日本初の酒場ライターと称して雑誌『Meets Regional』(京阪神エルマガジン社)などに京都の街・人・店についての名文を多く残す。独特のリズムと感性をまとった店語りは多くのファンを持つ。

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