<彼女>の撮り方

12月5日水曜日に、渋谷の SPBSにて行われた、『<彼女>の撮り方』刊行イベント「ぼくらのユースフルデイズ。〜「好き」が仕事につながった、その理由。〜」の後編です。思春期のお話から、テーマは仕事へと移り変わります。「思春期」「情熱」「バランス」。好きを仕事につなげていくための3つのキーワードが浮かび上がってきました。

文:大滝 空、写真:渡辺佑一

『<彼女>の撮り方』刊行イベント「ぼくらのユースフルデイズ。〜「好き」が仕事につながった、その理由。〜」(後編)

2013.01.16更新

「好きを仕事にする」ということは、もがき続けるということ

『<彼女>の撮り方』刊行イベント

三島お話聞いて思ったんですけど、ユースフルデイズというのは、「モテたい」というのが絶対に強くありますが、そのあと、仕事上でも同じものが出てくるんじゃないかなと思うんです。自分がどうやらこの社会のなかで頭が出ていない、息苦しいと言うか、先もよう見えないし、答えもわからない。人生のいつの時代にも誰だって「ユースフルデイズ」に戻れるんじゃないかなと。結局「もがいている時代」のことですよね、ユースフルデイズって。

青山そうですよね。

三島今でも僕、そうかなと思っていて。仕事にしても、生きるにしても。だから僕ユースフルデイズを完全に脱却したって人は、上がった人だと思うんです。

光嶋上がりたくないよ、ぼくは。

三島そう、上がりたくないじゃないですか。すべてがわかった気になると僕はもう。

光嶋ユースフルデイズじゃなくなる。

三島なくなると思うんですよ。不安になったり、おののいたりということのくり返しかなあと思っています。好きを仕事にするっていうか、結果そういうふうに言えなくもないけれど、僕としてはずっと、もがきつづけている。

青山んーむ、そうですね、好きを仕事にしている人は、上がってないです。上がった時点で、好きじゃなくなる。僕は『<彼女>の撮り方』のなかで「さよならユースフルデイズ」って章をつづっているんです。そういうもがきと青春と、訣別しようと思って全力でこの本を書いたんです。で、書いて、訣別した「気でいる」。そう言う意味では「上がったつもりでいる」っていう結論になっているんです。でも結局上がれていないっていうことも最後には触れています。

三島そうそうそうそう。

青山でも、上がろうとはしています。

光嶋そうですよ、もがいているってことは、上がろうとしているんですよ。

三島少しでも楽したい、気持ちいい場所に居たいとは、常に思うし、思っている時は必ず苦しい。思春期って、ユースフルデイズってそうですよね。追っかけ回してる時って、わけわかんない。でも、これは青山さんの才能だと思うんですけど、青山さんは、ずーっと追っかけ続けている自分が、だいすきですよね。

光嶋んはは!

一同

青山うん、うん、そうなんですよね。自意識問題って言うのが、<彼女>の撮り方やユースフルデイズの根底にあるんです。僕の生きる上でのメインテーマっていうのは「自意識」だと思っています。だから自意識について書きたいし語りたいんです。

三島ははあー。

青山「自分は空っぽ」ってところから始まっているんですよね。俺には何もない。

光嶋それはこう、悲観なんですか? コンプレックスというか・・・。

青山もう、マイナスの極みですね。自分は部活も全然打ち込んでなくて、勉強は子どもの頃からずっとやってるから頭はいい。でも子どもの頃の頭の良さって、自信にならないですよね。格好悪いんですよ。ガリ勉。

光嶋ああー。

青山テストも、「お前いつもいい点ばっかだよな」とか嫌み言われたり。勉強ができることを誇りに思えればいいんですけど、できなくて、逆にコンプレックスになっていく。逆に運動が苦手で、今だったらスポーツできなくてもなんてことはないんですけど、当時だと足早い奴が王者、みたいな。

三島そうですよね。

青山サッカー部だとモテる。もう、どう考えても僕、モテなくて。・・・モテないんですよね。結局、モテないと思うからモテないんですよ。自分に自信がないからモテない。
自意識過剰になっていって、女の子としゃべる話題もない。そんななかで、写真を見つけて撮り始めたら、ガラッ、と変わったんですよね。

三島へえー。

青山自意識過剰時代が訪れるんです。「俺は写真やってるぜ」って。いけるぜ、みたいな。別にモノにもなってないし、仕事もしてないんだけど、勘違い時代なんです。

光嶋それも大事ですよ。カンチガイ時代。

青山カンチガイ時代に関しては、この本ではあまり触れてないんですよね。

三島触れてないですね。でも、カンチガイ時代ありますよね。


青山でもそうなってくると、そこから自己卑下時代になっていくんですよ。膨らんでくる自意識が、なんか、それって違うよなって感じてくる。まわりにも写真家ってすごいですねーって言われるようになるけど、実際にそんなことはないので、それから自己卑下みたいなカタチになっていって、要するに必要以上に謙虚な時代になっていく。そんな自分を『<彼女>の撮り方』で出しました。

情熱の対象が「恋愛」から「仕事」へと変わっていく

『<彼女>の撮り方』刊行イベント

光嶋自意識といえば、やっぱり好きな人って、その人も好きなんですけど、その人と居る時の自分が好きというのもありますよね。

三島うんうん。

光嶋他者があっての自分って無数にあるじゃないですか。自分を見つめるきっかけが、他者を見つめるためのカメラだったというのが、面白いのかなって。写真の面白さって、実は、ずーっと見ていると、ファインダー側の撮っていて見えないはずの人間(写真家)に対して、シンパシーを感じるようになるんですよね。そういう肉声が聴こえたようなとき「すごい写真に出会った」と感じますね。

三島そうですね。

『<彼女>の撮り方』刊行イベント「ぼくらのユースフルデイズ。〜「好き」が仕事につながった、その理由。〜」後編

『吉高由里子 UWAKI』(吉高由里子 著、青山裕企 写真、マガジンハウス)

青山写真には何が写るんですかと聞かれた時に、3つのものが写ると僕は答えます。ひとつめがコミュニケーション、ふたつめが視点です。写真家は、見たもの、視点を写すことがひとつの個性になっていくので。そしてみっつめは、「距離感」が写ると思っています。「距離感」が写ると言うことを、この『<彼女>の撮り方』では書いたつもりです。

吉高由里子さんの『UWAKI』というフォトブックを出した時の話になりますが、『UWAKI』は、浮気をする吉高由里子、女優吉高由里子と浮気をするというのがテーマなんですね。だから、それを撮らなければならない。

光嶋妄想ですよね。

青山そうなんです。で、できるわけないじゃないですか(笑)。

一同

青山できるわけない、できるわけないんですよ。できるわけないんだけど、やらなければならないっていうのが、仕事。だけどやれるのが、写真のすごさ、たのしさなんです。

光嶋それがさっきの写真なら嘘がつけるという所につながっていくわけですよね。

青山そうなんです。吉高由里子さんと浮気もできるし、アイドルとデートもできる。・・・モテてますよね、って話なんです。

三島うんうんうん。

青山でもべつに仲良くなることもない。心底何もない。撮っている時と撮った写真の仕上がりだけを追求しているので、だからそのために、何にでもなるんです。浮気相手にもなるし、ぼくも普段はあんまりしゃべらないんですけど、無口な女の子の、笑顔を見たいなと思ったら、全力でがんばってしゃべったりする。

三島青山さんの話を聞いていて、面白いなと思うのは、思春期の時のパワーを、ぐつぐつと煮込んで、エネルギーにかえて仕事をしているんです。当時は自分でもコントロールできないパワーみたいなのがあって、そのせいで辛かったり、うまくいかなったことってたくさんあるはずなんです。

でも青山さんはそこを直視して、今の自分の自意識とのつきあい方や、そういうものに全部1個1個向き合っている。だからこうして撮れているのだと思います。光嶋さんはどうですか? 思春期時代の感覚と今の自分は、結びついていますか?

光嶋思春期のエネルギーというのはたぶん、情熱って言葉に変えてもいいと思うんです。思春期の頃を中学校高校の6年間にしぼると、まだ建築に出会っていないし、生き様、というのも考えてなかったので、95%くらいはどうやって女性にモテるかってことを考えていたような気がします。

アホな時代もあったんですよ。僕も幻想の洞窟を経ているつもりです。それが徐々に異性にモテるという所から、仕事なり社会的な地位なり達成感に情熱を注ぐ場所が変わっていくんですよね。それは、自我に関わってくると思います。だからそこでリンクするのかなって。

普通の人だからこそ、世代を超えてつながっていける

『<彼女>の撮り方』刊行イベント

三島この前、光嶋さんとした対談のなかで面白かったのが、光嶋さんは、もう、高校生くらいの段階でとにかくこの歴史に名を残す人間になると決めてる。で、そっから一切ぶれてないんですよ

光嶋そうですね。

三島で、建築家になろうと決めたのは?

光嶋思春期のほんとうに最後ですね、高3の頃。

三島高3で決めているんですよ。

光嶋高校時代にジョンレノンを聞いたり、村上春樹を読んだりしてました。彼らが羨ましいと思ったんです、単純に。村上春樹って人は死んでも世界中の人に読まれるだろうし、ジョンレノンはすでに死んでるのに、関係ない俺にジョンレノンの「let it be」を弾いてみたいと思わせる力ってすごいと。俺もそうなりたい! って思ったときに、僕には絵しかなかった。

そして絵から建築を見いだしたんです。そこからは、「建築家になって魅力的な空間をつくりたい」という暗闇の一点の光を目指して、とにかくひたすらもがいている感じですね。

三島お二人に共通している所って、いまのふたりが建築家と写真家である原点が、思春期、ユースフルデイズにあることだと思うんですよ。

光嶋そうなんです。建築家になりたいっていう原点は、妄想というか情熱の力によってその輪郭がはっきりし、階段を一歩ずつ上っていく感覚に近いですね。

青山バチッと決めた瞬間って、そこからぶれがないって話があったんですけど、モテるモテないとは別の軸で、写真家になろうと決めた瞬間が24歳のときに僕にもありました。そこから、ぶれないですよね

光嶋ぶれないのは、「わからない」からですよ。さっき「暗闇の一点の光」って言ったのも、 僕にとっての理想的な建築というのが、何かわからないから、楽しいんです。好きをどこまでやれるかっていうのは、情熱の向いている先がどれだけ遠いかってことだと思います。自分の理想の建築があるわけではなくて、それを一緒に探りたい。

自分の自我と敷地とクライアントと、建物を使うひとたちに対する想像力を、どれだけその感度を上げれるかということに、僕は全力投球したい。そこには絶対的な正解ってものがなくて、それぞれの答えだけがたくさんある。

青山うん、うん。

三島僕も同じような感じです。編集者としてとにかく面白い本をつくる! という方針なんです。非常に抽象きわまりないんですけど。でね、わからないから、やるわけじゃないですか。そして面白いものに少しでも近づいていく時というのは、限りなくこちらが「無」になっていくんです。

光嶋ほぉー。

三島僕の編集者としての理想は、とにかく、もういない、かのようにすることです。

青山たしかに三島さん、これだけ、面白い本をつくりたいっていう情熱でいっぱいなんですよ。だけどその情熱を、まったく押し付けてこないですよね。それがすごい。『<彼女>の撮り方』は、関わったみんなが奇跡だと思ったくらいの、スゴい本ができたと思っているんですけど、誰も、最終設計図を見通せていないままだった。でも、面白いものができる気しかしない、って三島さんはそう思い続けている。もちろん書き手としては「・・・大丈夫かな」と思っているんですけど。

三島「絶対に面白い本になるから大丈夫です」としか言っていなかったかも。

青山でも面白くするにはここをこうしたら、っていうのは、ないんです。

光嶋え、そうなんですか?

三島・・・それはケースバイケースですよ(笑)。

一同

光嶋ミシマ社の本ってプロレスの話があって、いきなり写真家のポエティックなものがあるとおもいきや、内田先生のまじめな、文体論! みたいなものもあって。その多様性っていうのは、三島さんがある程度「無」に近いから、成立してるんじゃないかと思うんですよね。僕は建築家としてそのスタンスにすごく共感します。

三島それが僕自身が編集という仕事を通して、自分のなかになかった世界を自分のなかに見ていきたいと思っているからです。それは、旅をするのと同じ感覚です。編集を通して追体験している。『<彼女>の撮り方』なんか、まさにそうです。

青山でも、本を書いて自負するところもあるのは、僕やっぱり凡人だなって思うことですよ。でも、凡人だからいいのかなと思っていて。隙がある。だからこそ世代を超えてつながっていけることが、絶対にある。

光嶋ユースフルデイズという、誰もが通る幻想の洞窟という、普遍的なところにたどり着いているから。

三島この本を読んでいると、自分がどうだったか必ず思い出すんですよね。それがいちばんの、この本の効用だと思っていてあのころ自分、本当に何も持ってなかったなっていう。ずっと苦しかったなってこととか、そういうことを思いながら、ずっと編集してました。

突き詰めた100%と、徹底的に諦めた0%。その中間を目指していく

光嶋1個最後に質問をしてもいいですか? 青山さんが撮られている女子高生の写真に、特に如実にあらわれていると思うんですけど、アダルドビデオが極限のエロスだとして、アートとしてのヌードがある。そのふたつを単純な軸だとすると、青山さんの写真は、軸の間の非常に絶妙な所に居ると思うんです。この絶妙な感じをどうやって撮れているのかというのを聞きたいんです。

というのも、少し前に写真家の川内倫子さんと対談したなかで、すごく印象に残っている言葉があったんです。川内さんが写真を撮る瞬間というのは、ご自身の感覚を一度「無」にしたときの身体的反応を捉えようとしているそうなんです。だから彼女の写真を見た人も、川内さんが感じたであろうことを共有できる。それを聞いたとき、あ、ちょっと待てよと。エッチな写真を撮っている人は、自分がエッチな気分で撮っているから、その写真を見た人もエッチな気分になる。じゃあ、この絶妙にエッチな写真を撮れている、青山さんは一体・・・。青山さんのこの鍵の部分を教えていただきたいです。

青山わかりました。教えましょう。

三島おお〜! 教えましょうと来ましたね!

一同

青山折角なんで、どこにもしていない話をします。まさにいまおっしゃられたことなんですけど、バランスだけなんですよ。

光嶋バランス・・・?

青山バランス感覚だけで成り立っている写真なんです。というのは、僕はあきらめているんです。写真を撮る時もあきらめている。人物写真は、女の子に限らず、思い通りに行くわけがないんです。でも、じゃあ100% を追わないってことではなくて。突き詰めた100%のものと、徹底的に諦めた0%のものの間のどこを切り取るかということを、常に考えて撮っているんです。

光嶋それがバランス。踏み込んじゃいけないゾーンというのはあるんですか?

青山そこは確実に把握しています。でも撮る時は、すごい踏み込んだ所までいく。だって、踏み込まないと作品にならないから。エロいものを見たい、とも思うんですよ。でもそれを徹底的にコントロールしている。たとえばスカートのなかが見える見えないぎりぎりという作品も撮るんですけど、必ず女性に「見えるかもしれないので、スパッツ履いてください。」という打ち合わせを、綿密にやっています。

三島ほお〜。

青山でもそれは、そういう作品を撮る為に、全力を尽くしていることにすぎないので、そういう意味では、いわゆる絶妙なことを、僕は自信を持ってやっているんです。でも、自信をもってやってるぞってことは一言も言わない。

光嶋そこが生命線なんですね。

青山はい、生命線です。どっちにも振り切れる自信もあるので、すごくエロく撮ることもできるし、まったくエロくないものも撮れる。それはエロって軸じゃなくても、自分を出してこない女の子に対しても、自分を出せるような写真も撮れるし、あえてそのまま素で出さない写真も撮れる。その中間を保つというのが、いちばん難しいんですよ。

光嶋それって三島さんの言う透明になる「無」の状態に少し似てますね。どちらにも行ける自負があるっていうのは、エロで行くと決めうちしていないからこそ、その軸で言うと中間が狙える。ちょっと一歩引いた、空っぽの自分からしか生まれないって言うのは、それはすごくいい視点ですよね。どっちにも振れるって言うのがすごく示唆に富んでいる気がしますね。・・・いい話しました。

青山はは。そうですね、ほんとに。『計画と無計画のあいだ』というのも・・・。

三島そう、そういうことを言っているんです。出版の世界で言えば、広告的なものと、芸術的なものですよね。なぜか二者択一になりがちなんです。そうではなくて、その両方を行き来する、しかもその行き来する幅が大きければ大きいほど、自由度も高い。だから、どちらかに突き進むとよくないというのは、けっこう僕の思う所でもあるんです。あ、ちょうど最後、こんな話になりましたね。

青山そうですね、うまくまとまりました。

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青山裕企(あおやま・ゆうき)

青山裕企

写真家&「ユカイハンズ」代表。
1978年愛知県名古屋市生まれ。2005年筑波大学人間学類(心理学専攻)卒業。2007年「キヤノン写真新世紀」優秀賞(南條史生選)受賞。
サラリーマンや女子高校生など“日本社会における記号的な存在”をモチーフにしながら、自分自身の思春期観や父親像などを反映させた作品を制作している。
著書は『ソラリーマン』『思春期』(ピエ・ブックス)、『スクールガール・コンプレックス』(イースト・プレス)、『吉高由里子 UWAKI』(マガジンハウス)、『つきあいたい』(扶桑社)など。
好きな食べ物は、抹茶系全般とココイチのカレーと一蘭のラーメン。好きな動物は、ペンギン(グッズ収集家)。誕生日の覚え方は、「よい子(4.15)」。
長所は、晴れ男。座右の銘は、「愛嬌は、老けない」。

旅して一番好きな国は、アイスランド。行きたい国は、ブータンとイエメン。近頃ハマっているのは、昔よく聴いてた曲をリバイバルすること。
子どもの頃の夢は、お天気おじさん(気象予報士)。
現在の夢は・・・やっぱり秘密です!

青山裕企・ホームページ

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