からだのなかの微生物

第3回 身体の「中」ってなんだろう? 前編

2015.05.07更新

 からだのなかで暮らす小さな生き物・微生物たちに関する「からだのなかの微生物」。
 今回は根本的な疑問に迫ります。


身体の「中」って、なんだろう?

 身体の「中」って、皆さんはどんなイメージを持っていますか?
 多くの方は、胃や腸をイメージされるのではないでしょうか。

 私たちは、ご飯を、口から食べて、胃腸に入れて、消化して、栄養を吸収して、残った不要物を、ウンチとして排出しながら生きています。生きている営みの基本とは、「食べて、出す」。この繰り返しです。
 この営みは、一見すると、「胃腸」という「身体の"中"」へ、食べ物を取り入れているようにも思えます。

 ですが、そう思えるだけで、実は、「『胃腸』とは『身体の"中"』ではない」、とも考えることができるのです。

 図1を見てください。

(図1)



 私たち人間の身体において、食べ物を取り入れる口から、食べ物の残骸であるウンチを出す肛門まで、一続きの管になっています(図1a)。
 これを簡単な模式図にすると、図2bのようなチクワのような構造として描くことができます。更に簡略化すると、図3cのように、ドーナッツのような構造として描くことができます。

 このように、図形として突き詰めていくと、私たちの身体における胃や腸というのは、ドーナッツの穴のようなものなのです。
 はたして、ドーナッツの穴とは、ドーナッツの"中"と言えるでしょうか。おそらく、ドーナッツの穴を"中"だと主張する人は少ないと思います。


胃や腸とは、ドーナッツの穴のようなもの?

 胃や腸は、身体の中とするよりも、「身体の外側から連続した存在」として扱うことができます。

 人の身体における「皮」と「胃腸の表面」は、いずれも身体と環境の境界となっています。
 皮が、身体と環境の境界となっているというのはわかりやすいですが、胃腸の表面も、環境との境界であるというのは、もしかしたら納得いかない方もいるかもしれません。

 ですが、ドーナッツの穴に指を突っ込んでみて、触る事のできるのは、ドーナッツの皮です。つまり、ドーナッツの穴の皮も、ドーナッツと環境との境界になっているのです。
 それと同じように、胃腸の表面というのも、ドーナッツの穴の皮と同じく、身体の環境との境界、つまり外にある考えることができるのです。

 一方で、「内」という表現もあります。「腸内」という言い回しは、よく聞きますよね。
 ドーナッツの穴は、ドーナッツの"中"とは言いがたいですが、ドーナッツの"内側"という表現をすることもできます。

 ですが、外と内の区別を厳密にすることは困難です。たとえば、図2のドーナッツの矢印で示した辺り。この辺りは外側でしょうか、内側でしょうか?

(図2)



 私たちの胃や腸の入り口である口。口は内側でしょうか、外側でしょうか。とくに、唇や歯について考えてみてください。口を開けているときは、唇も歯も外側に見えます(図3a)。口を閉じると、唇しか外側にしか見えません(図3b)。そして、唇をかたく巻き込むと、唇も歯も外側に見えなくなります(図3c)。

(図3)



 胃カメラを使うときは、口からカメラを通していきますが、とくに身体を切ったりせず、カメラがまで届かせることができるのは、からだの"外"と"内"が繋がっているからです。

 このように"内"と"外"というのは、明確な線引きをしにくく、"内"というのは"外"と連続した存在なのです。
(物体に空いた穴に関する空間的な意味については、数学分野において、詳しく研究されていると思うので、ミシマガジンでお馴染みの、独立研究者・森田真生さん(※1)に聞いてみたいところです)

 さて、私たちは食べ物を食べます。
 食べ物は胃腸の表面(上皮組織)で覆われた空間に入っていきます。
 この時点では、食べ物は、本当の身体の"中"に入っているといいきれません。あくまで"ドーナッツの穴"を通過しているだけです。
 それどころか、食べ物は、最終的にはウンチに変化して、胃腸という穴のゴールである肛門から出ていってしまいます。
 つまり、食べ物は、基本的に、身体の"中"には入ることはなく、空間的には、むしろずっと"外"(あるいは外から連続した"内")にいると考えることができるのです。

 さて、からだのなかの微生物のお話。
 「腸内細菌」は有名ですよね。腸にはたくさんの微生物、とくに細菌(バクテリア)の仲間が住んでいます。
 大腸菌、乳酸菌、ビフィズス菌・・・健康と食事に興味のある方は、よく耳にすると思います。彼ら腸内のバクテリアさんたちは、腸内という環境を形成している重要なメンバーです。
 腸の住人であるバクテリアさんの構成メンバーに偏りができたり、身体に悪影響を与えるような、いわゆる悪玉菌が増えたりすると、腸内環境が乱れたり、病気の原因になったりします。

 この腸内細菌たち、言葉通り、腸内で暮らしています。
 そして先ほど、腸とは、身体の"中"というよりも、身体の"外"に近いと考えることができる、という話をしました。
 ということは、私たちの身体に住んでいる微生物として、最もメジャーである腸内細菌さんたちは、実は身体の"外"に暮らしていると考えることもできるのです。
 人の身体には、何十兆もの微生物が住んでいるとも言われており、このことは、"身体の中の微生物"の尋常ならざる量としてよくアピールされます。
 ですが、その大半は、腸内細菌さんたち、つまり、身体の外の環境から連続した空間の住人たちです(※2)。そう考えると、確実に身体の中といえるところに住んでいる微生物は、案外少ないのかもしれません。

―― じゃあ、身体の"中"って何?
―― 本当の意味で、身体の"中"に住んでいる微生物はいないの?

 という疑問については、また次回の「身体の『中』ってなんだろう? 後編」でご紹介します。


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(※1)独立研究者の数学者、森田真生さんの連載→「数学の贈り物」
(※2)すなわち、「腸内細菌は、からだのなかの微生物ではないかもしれない」となりますが、この連載では、今後一切、腸内細菌の話をしないという意味ではありません。実際、第2回では、腸内細菌よりも更に「からだのなか」とは言いがたいような、目の表面にやってくるアカントアメーバの話をしました。腸内細菌たちについても、どこかで詳しく紹介したいと考えています。人間の身体というのは、生物学的にも哲学的にも、環境と連続した存在で、からだの外、内、中、どんな空間に住んでいたとしても、身体と微生物たちの暮らしは繋がっています。言葉の定義にとらわれず、今後も、からだに関係した微生物たちの話をしていきます。

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早川昌志(はやかわ・まさし)

1987年生まれ。微生物の研究をしながら、微生物に関する教材を作ったり、イベントの企画をしたりしています。

現在は、神戸大学大学院理学研究科生物学専攻博士課程在籍、日本学術振興会特別研究員(DC1)。

Twitterアカウント → @Markchloro

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