からだのなかの微生物

第5回 細胞のなかの微生物

2015.08.13更新

 私たちの身体は、たくさんの細胞からできています。
 その数、約60兆(※1)。ひとつひとつの細胞は、基本的に1mm以下の非常に小さな存在ですが、それらが60兆個も集まって、私たちという「大きな」身体を作りだしています。

 前回までは、「人間の腸内というものは、チクワの穴のようなもの。ではその腸内に住んでいる微生物を、本当に『からだのなかの微生物』と呼んでもいいのだろうか?」というお話をしました。
 そのチクワの身、ようするに私たちの身体を作っているのは「細胞」です。細胞は、私たちの身体の部品のようなもの。そしてさらには、この細胞の中で暮らしている「微生物」がいるのです。
ということで、今回の話題は、「細胞の中の微生物」です。


細胞の中の微生物

 私たちの細胞の中にいる微生物は、いろいろな種類が知られています。しかし微生物には病原性を持つものが多いので、細胞の中にいるといっても、常にいるとは限りません。「細胞に侵入する」と言うほうが、より適切かもしれません。
 細胞の中に侵入する微生物たちには、例えば、以下のような仲間たちが知られています。

・赤痢菌
・一部の大腸菌(腸管侵入性大腸菌)
・レジオネラ
・マラリア原虫
・トキソプラズマ
・トリパノソーマ
・リーシュマニア
など(※2)

 病名と微生物の名前が同じものも多いので、名前を聞いたことのあるものも多いのではないでしょうか。これらの細胞に侵入する微生物たちは、それぞれ違った特徴的な生き方をしているので、個別に紹介していきたいのですが、その前にすこし、第3回・第4回の記事に引き続き、「外と中」についての話をしましょう。


細胞の「中」ってなんだろう?

 身体をレンガ造りの家に例えるとすると、細胞はその家を形作っているレンガです。身体はたくさんの細胞が、レンガのように積み重なってできています。ただし、細胞がレンガと違う点は、細胞はレンガのような硬いものではなく、膜でできた非常に柔らかなものであるということです。
 膜でできたものとしては、シャボン玉や風船を想像するとわかりやすいです。けれど、細胞は膜の中が高濃度の液体で満たされているうえに、中にはさまざまな構造体が含まれています。シャボン玉や風船とは、そこが大きく異なります。


 とはいっても、細胞の膜に穴を開けると、膜が破裂してしまい、中に入っていた液体や構造体が飛び出してきてしまいます。この点は、シャボン玉や風船に似ていますね。お祭りなどにある水入りのヨーヨー風船を想像してみてください。穴を開けると破裂して水が飛び出すという、悲しい経験をされた方もいるのでは?

 しっかりとした身体を作り出している細胞ですが、ちょっとでも穴が開くと簡単に破裂してしまう、もろい存在でもあります。
 では、細胞の中の微生物は、どうやって細胞のなかに侵入するのでしょうか?
 単純に穴を開けると(図1)のように破裂してしまい、入ろうとしていた細胞そのものが無くなってしまいます。どうやら、何か工夫が必要なようですね。

 実は、多くの微生物は、穴を開けずに「膜ごと侵入する」という方法を採用しています。


 「膜に穴を開けると破裂するのなら、そもそも穴を開けなければいいじゃないか!」というのが、編み出された戦略なのです。

 風船を想像してみてください。
 風船に、針で穴を開けると簡単に弾けてしまいます。ですが、優しく触ると、指でへこますことはできますよね。更にがんばってみると、風船に指が包まれながら、だんだんと内側へぐいぐい押し込んでいくこともできます。
 細胞に侵入する微生物も似たようなことをしています。細胞の膜をぐいぐい押し込みながら、自分自身を細胞の膜で包み込んで、細胞の内側へと進んでいく。そして最終的には、細胞の膜をくびり切って、膜で包まれたまま、細胞の内側へ入ります。
(私はやったことはないのですが、大きなシャボン玉に息を吹き込むと、同じように、大きなシャボン玉の中に、小さなシャボン玉を作ることができるそうです)

 このようにして、微生物は細胞の「中」に入ります(例外もありますが)。たとえば、マラリアの原因となるマラリア原虫は、人の赤血球細胞の中に、膜で覆われた状態で侵入します。

 でも、ちょっと考えてみて下さい。細胞の「中」と言いましたが、本当にそれは「中」でしょうか?

 一見すると、細胞の「中」に入ったようですが、微生物は膜で覆われた状態です。
 微生物がいる空間。それは、あくまで膜の中です。この膜の中、図のように色を塗ってみるとわかりますが、もともとは外の空間でした。


 はたしてこの微生物は、本当の意味で細胞の「中」に入ったと言えるのでしょうか・・・?
 うーん、細胞の中って、何だろう?


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※1)人の細胞の数が約60兆個というのは、あくまで推定値である(1つの細胞の重さを1 ngとして、60 kgの人間は60 kg ÷ 1ng = 60兆の細胞があるとしている)。最近のより詳細な研究では、37.2兆個と推定できるという報告がされている(Bianconi et al. (2014) An estimation of the number of cells in the human body.)
※2)ウイルスも細胞の中に侵入する存在であるが、ウイルスは他の微生物と著しく異なる特徴があるので、このリストには載せなかった。

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早川昌志(はやかわ・まさし)

1987年生まれ。微生物の研究をしながら、微生物に関する教材を作ったり、イベントの企画をしたりしています。

現在は、神戸大学大学院理学研究科生物学専攻博士課程在籍、日本学術振興会特別研究員(DC1)。

Twitterアカウント → @Markchloro

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